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 気がつくと、僕はブリッジの自分の席に座ったままだった。しかし、どうにも違和感がある。その正体は、斜め右下方向から僕の体を引っ張っている加速Gだった。いや、重力かもしれない。アインシュタインの等価原理によれば、これらは全く同じ物なのだ。いずれにせよ、無重力になれた体には少々辛いものがある。


 何が起きているんだ……?


 窓の外は完全に真っ白だった。しかし目が慣れると、無数の白い雪の粒が風に乗って真横に飛び去っているのがわかる。典型的なブリザードの光景だった。


 ということは……IXS110はどこかの惑星に不時着した、ってことか?


 船のセンサーによれば、重力は1G。気圧 998 hPa。気温 -42℃。大気組成は窒素78%、酸素21%、アルゴン 0.99%、CO2 0.01%。地磁気もある。全てのデータは地球とほとんど同じだが、CO2 が若干少ない。外に出ても十分呼吸出来るだろうが、未知の病原体が心配だ。僕は宇宙服を着たまま外に出てみた。


 一面の雪景色だった。視界は悪いが見える範囲ではそこは平原のようだ。地面にはパウダースノーが降り積もっている。この惑星がその周囲を回っているであろう恒星は見えないが、その存在は空全体が灰色がかった白色光で満たされていることからも明らかだった。おそらく我が太陽系の太陽とほぼ同じスペクトルなのだろう。ふと、雲が薄くなったのか、その光の源である恒星らしきものの輪郭が見えた。見かけの大きさは太陽と同じくらいだった。


 僕は IXS110 の船体を見回す。さすが、銀河放射線やブラックホールのジェットと潮汐力に耐えるように作られているだけのことはある。頑丈なものだ。不時着しても大きな破損はないようだった。しかし……


 もうこの船体は、ここから動くことは出来ない。残された燃料ではメインエンジンはおろか補助エンジンですら数分も動かせないだろう。僕はここで寿命が尽きるまで過ごすしかないのだ。


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 それから、地球時間で数日が過ぎた。この星の一日の長さはちょうど24時間だった。そして……ブリザードは続いていたが、一度夜に晴れ渡ったことがあった。星を観測してみたが、見慣れた星座が全くない。やはりここは、地球とは違う、別な惑星なのだ……


 と、思ったのだが……


 夜空に一つ、半円状の大きな天体があった。この星の衛星なのだろう。だが……


 それは見かけの大きさも、表面の色や模様も、地球の月にしか見えなかった。


 そして。


 明るく輝く一等星。その動きを観測すると、金星のそれに完全に一致した。肉眼で見える範囲で火星と木星らしき星も見つけたが、その動きはやはり太陽系のそれらと全く同じだった。


 この星に着いて以来、ずっと僕の胸の中に抱いていた仮説は、どうやら正しかったようだ。


 この星は、地球だ。


 ブラックホールがその時間反転解であるホワイトホールと接続し、ワームホールとなっている、という理論は昔から唱えられていた。しかし……


 よりにもよって、その出口が地球だったとは……


 ここは一体地球のどこなんだろう。あまりにも寒すぎる。そして……


 ここは一体、どの時代なんだろう。


 地球から見れば、事象の地平面の近傍では時間の経過が遅くなる。そこをくぐり抜けてきた IXS110 が到達したここは、とてつもなく時間が経った未来なのではないか。もしかして……地球はまた、本格的な氷河期に入ってしまった、ということなのか?


 人類はどうしたのだろう。既に絶滅したか、スペースコロニーや他の星に移住しているのかもしれない。だが……月を見る限り、そこにあるはずの基地はなかった。廃棄されてしまった、ということか……


 皮肉なものだ。せっかく願いか叶って、地球に帰れたというのに、誰もいない未来では……


 もはやここで生きていても意味が無い。僕は冬眠装置を凍結モードにして、眠りにつくことにした。冬眠状態と凍結保存クライオニクス状態は完全に異なる。冬眠は生きて眠っている状態で、心臓も動いているし代謝も緩慢だが続いている。しかし、人体を凍結してしまったら、生きているとはとても言えない。その代わり物資は全く消費しないし、残された燃料でも数億年は保存が可能だろう。


 その間に氷河期が去り、人類が戻ってくるか……または他の知的生命に発見されるか……それまで、僕が目覚めることはないだろう。それで構わない。僕はAIに指示して、冬眠カプセルに身を横たえた。


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