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 6年経った、という感覚は無かった。だが、僕が冬眠から目を覚ましたときには、既に目の前に白い降着円盤が渦を巻いていた。到着したのだ。オリオンの肩の成れの果て、光すらも飲み込んでしまう漆黒の洞穴に。


 と言っても、実はブラックホールは正確に言えば漆黒ではない。そこからかなりのエネルギーが放出されているのだ。ホーキング輻射ラジエーションと呼ばれる電磁輻射に加え、シュバルツシルト半径の外の降着円盤から、X線を含む様々なスペクトルの電磁波が放射されている。そして、ブラックホールの回転軸の上下からも電磁波や様々な物質からなるジェットが吹き出している。この光景を肉眼で見たのは、僕が初めてだろう。


 システムが自動的にブラックホールを観測していることを確認していた僕は、ふと、通信コムシステムにテキストメッセージが届いていることに気づく。あり得ないことだった。IXS110は今まで光速の100倍の速度で地球から遠ざかってきた。光速以上にならない電磁波が、この宇宙船に届くはずがない。


 しかし、送信日付を見ると、僕が最初のワープを行う直前だった。冬眠の準備に明け暮れていた僕は気づかなかったらしい。慌てて中身を開いてみる。


「!」


 妻からだった。


 "子供が生まれました。男の子です"


 ……なんということだ。


 妻と最後に会ったとき、彼女の頼みで僕は彼女を抱いた。その時の子供なのか……


 もう現世への未練は完全に断ち切った、はずなのに……


 僕だって自分の子供が生まれたとなれば、その顔を見たい、と思わざるを得ない。地球に帰りたい、という気持ちがわき上がる。しかし……


 今から任務を放棄して帰ることは出来ないし、そもそもパイオンエンジン(正確に言えばその前段階の核融合)の燃料である三重水素トリチウムが片道分しか用意されていない。僕に残された道は、このままブラックホールに突っ込むことだけなのだ。


 後ろ髪を引かれるように思いつつ、僕はそのままブラックホールの極に向かっていった。凄まじいジェットの流れに逆らい、重力に引かれるまま、船は事象の地平面イベント・ホライズンに近づいていく。


 ベテルギウス程度の質量のブラックホールでは、潮汐力はそれなりに大きくなる。何もなければ船体も僕もスパゲティのように細長く伸ばされてしまうところだ。しかし、IXS110は真空のエネルギーを利用することでワープリングが斥力を産みだし、潮汐力を緩和することが出来る。


 ジェットの勢いはますます強くなる。だけど IXS110 の船体はびくともしない。


 そして。


 とうとう IXS110 は事象の地平面の内部に到達した。その瞬間。


 僕の視界は、真っ白になった。


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