5

 目を開けると、そこは白い天井だった。見慣れた照明装置。


「気がつきましたか」


「!」


 完全な地球標準語。思わず声の方に振り向く。


 そこは病院の病室のようだった。僕が横たわっているベッドの横に、白衣のようなものを着た若い男が立ったまま僕を見下ろしていた。どことなく、どこかで見たような顔だった。


「あなたが旅立ってから、まだ30年しか経っていません。ですが……あなたは1000万年の時を旅してきたのです」


「どういうことだ?」


 掠れ声。だが、僕は話すことが出来た。


「南極の地底湖の、さらにその湖底の地下深くに、宇宙の彼方に向かって行ったはずの IXS110 が埋まっているのが発見されたのが、去年のことでした。その地層の年代から、IXS110 がそこに到達したのが約 1000 万年前の氷河期の時代であることが分かりました。私達は冷凍状態のあなたを発見し、ナノマシンで細胞を修復しつつ、あなたの肉体と精神を復活させたのです」


 ……。


 なんということだ……僕はてっきり、遠い未来に到着したとばかり思っていたが……1000万年も過去の時代だったのか……



「IXS110に残されていた記録から、全てが分かりました」男は続けた。「元ベテルギウスの回転速度は光速の95%という、とてつもないものでした。カー・ブラックホール(回転するブラックホール)の特異点はリング状になりますが、そのリングの中をくぐると超空間となっていて、時間を遡ることも可能です。1968年にオーストラリアの物理学者、ブランドン・カーターがそのような理論を発表しています。あなたはそれを実証したことになったんですよ」


 そうだったのか……


「そしてあなたは約 1000 万年前の時空に飛ばされました。そこがたまたま木星軌道の内側だったのは、本当に偶然でした。しかしあなたは人事不省の状態でした。やむなくIXS110のAIは自己判断して、残された燃料を使って地球へ向かったのです。ただしメインエンジンを使ったため、たまたま近くにあった、木星と火星の間に存在していた惑星を空間の歪みに巻き込み破壊してしまいました。それが現在では小惑星帯アステロイド・ベルトとなっています」


 ……。


 なんとまあ。IXS110は星を一つ壊してしまったのか……


 そういうことがあるから、海王星軌道の内側ではメインエンジンを使いたくなかったのだ。しかし、AIにはそのような忖度はできなかったらしい。


「しかし、何にしても、自分と同じ年ごろの父親に会う、という経験は……なかなかに照れくさいものですね」


 そう言って、微笑みながら男は頭をかいてみせる。


「なんだと……まさか、君は……」


「ええ、あなたの息子ですよ、お父さん」

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