手紙
ある日、実家から届いた荷物の中に一通の手紙が入っていた。
少し幼さの残る字で書かれたそれは、十年前の私からの手紙だった。
書いたことさえすっかり忘れていたので、どんな事が書いてあるのか気になり、早速読んで見ることにした。
「十年後の私へ」
「私は今、小学六年生の十二歳です。これを読んでいる頃は、もう大人ですね。元気にしていますか?今はなんの仕事をしていますか?今もお友達とは遊んでいますか?彼氏はいますか?今も、黒い人は見えますか?」
黒い人?
突然出てきた単語に、何の事を言っているのか理解が追いつかなかった。
「最近は、黒い人がやたらと話しかけるようになってきました。昨日は、嫌いな人はいるのかと聞かれたから、同じクラスの美樹ちゃんの話をしました。そしたら、美樹ちゃんが今日学校を休みました。何か関係あるのかな?これからは、そういう話はしないようにしようと思いました」
これは、子供特有の妄想とかなのだろうか?
でも、妄想するなら、彼氏がいるとか、友達の事とか、そういうことなんじゃないだろうか。
あえてこんな話を、自分に当てた手紙に書くだろうか……。
その先も、手紙の内容は、黒い人の話ばかりで、当時を思い出せるような内容は一つもなかった。
改めてその頃を思い出してみるが、家族との思い出や友達との楽しい思い出しか思い出せず、黒い人の事なんて全く記憶になかった。
何だか嫌な予感がして、私は母親に電話をしてみることにした。
母はすぐに電話に出た。
私は、手紙の内容の話をし、その当時何か変わったことはなかったか聞いてみた。
すると母は、少し考えたあと、少しずつ話しだした。
母の話によると、どうやら保育園に通っている頃から、黒い人の話をしていた事があったらしい。
しかし、両親は子供の遊びなんだろうと、特に何も思わなかったようだ。
小学生になってからも、たまにその話をすることはあったらしいが、段々とその話をしなくなっていったので、やはり子供特有のものだったのだろうと気にもとめなかったらしい。
母の話を聞いても、全く思い出せないのはなんでなんだろうか。
忘れたいことでもあったのか。
どうしても気になって仕方がなかったので、二つ上の兄にも電話をしてみた。
兄は、私の話を聞くと、「マジか……」と黙り込んでしまった。
そして、今はゆっくり話す時間が無いから、夜改めて電話すると言って電話を切った。
その日の夜、電話をすると言っていた兄が、私の家へやってきた。
そんなに重要なことなのかと思った。
部屋に入り、適当に座ると、兄は重い口を開いた。
「黒いのが見えだしたのは、俺が小学校に行き始めてから。保育園に黒い人がいるって言い出した。俺には見えなかったから、信じてなかったけど、お前はいつも黒い人の話してたよ。俺は、黒い人は保育園にいると思ってたんだけど、小学校に行きだしてもその話してたから、もしかして取り憑かれてるんじゃないかと思って、母さんに相談したこともあった。でも、全然取り合ってもらえなくて。それで、小学校六年の時に、その手紙の事が起きた」
手紙のこと?
「美樹ちゃんのこと?」
私が聞くと、兄はそれも覚えてないのかと驚いた。
美樹ちゃんは、学校を休んだのではなく、亡くなっていた。
手紙を書いた日の登校中に、車に轢かれたんだそうだ。
そんな大事なのに、私は全く覚えていなかった。
「その後も、中学生の頃にお前をいじめてたやつとか、お前を振ったやつとか、お前に危害を加えるやつは、みんな怪我してた」
私は、兄の話を聞いても、何も思い出せなかった。
まるでなにかの物語を聞いているようだった。
「そして、中学三年のとき、今度はお前が交通事故にあった。急に飛び出してきたって相手は言ってたけど……もしかして、お前が記憶ないのって、それが原因じゃないの?」
確かに、中学の時、車に轢かれたことがある。
でも、その時の記憶はなくて、気づいたら怪我して病院にいた。
「わかんないけどさ、それ無理に思い出す必要ないんじゃない?むしろ思い出さない方がいいと思うけど」
兄は、心配そうな顔で私を見つめる。
実は、私もそんな気がしていたのだ。
話を聞いている限り、黒い人は、私を守ってくれていたように思える。
しかし、なら何で交通事故にあったのか?
どうしてそこは守れなかったのか?
もしそれが、黒い人のせいだとしたら?
だから記憶がなかったのだとしたら……?
これは、思い出さないほうがいいことなのだろう。
その後、兄と夕飯を共にし、十時頃に兄は帰っていった。
明日は午前中から講義があるから、お風呂に入って寝ようと思っていると、ふと昔の事が頭をよぎった。
中学一年生の頃、いじめられていて、そのいじめてた人たちが、一人ずつ怪我をして学校に来なくなった。
そして、そのままいじめはなくなった。
中学二年の頃、大好きな人に告白したら、それをみんなに言い触らされて、こっ酷く振られた。
それからしばらくの間、少し人間不信になった。
中学三年の時、私を好きだと言ってくれる人がいたけど、私の知らない人だったから断った。
そしたら、その日の放課後、待ち伏せされて、襲われそうになって、必死に逃げていたら、車に轢かれた。
何で、今急に思い出したのだろうか。
とりあえず、兄に電話しよう、思い出したことを伝えよう。
そう思い、スマホに手を伸ばすと、視界に黒い何かが映る。
その瞬間、嫌な予感がした。
恐る恐るそちらを見ると、黒い影がこちらを見据えていた。
やっぱり……思い出しちゃいけなかったんだ……。
『やっと思い出してくれたね……さぁ、始めようか……』
Entrance To Fear 鴉河 異(えがわ こと) @egawakoto
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