歪んだ花屋
うちの近くに新しいお花屋さんができた。
外観は普通だけど、あまり見た事の無い花も並んでいて、前を通ると少し嬉しくなる。
数日後。
仕事帰りに新しいお花屋さんの前を通ると、ちょうどお客さんが出てきた。
大きな花束を持っている。
でも……なんだろう……。
少し違和感を感じる。
私のイメージだと、お花屋さんから出てくるお客さんって、幸せそうに出てくる気がしてたんだけど……。
だけど、みんなそれぞれ目的違うし、私の勝手なイメージってだけで、気にしすぎかな?
それにしても、本当に沢山のお花がある。
そう思って見ていると、店員さんに声をかけられた。
「何かお探しですか?」
まさか声をかけられるとは思ってなかったので、私は驚いてアタフタしてしまった。
「あっ、探してるわけではないんですけど、綺麗だなぁと思って」
すると、店員さんはニコッと笑い
「御用があればお声がけください」
と言って、店内に戻って行った。
私は何だか気まずくて、足早にその場を離れた。
それから暫くは、お花屋さんの前を通ることも無く過ごしていたのだが、会社で退職する人にお花を送ることになり、私は迷わずあのお花屋さんで買うことにした。
「こんにちは」
声を掛けながら店内に入ると、以前声をかけてくれた店員さんがいた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
彼女は、タオルで手を拭きながら出てきた。
「あの、会社で退職する方に送る花束がほしいのですが、3000円位の花束作れますか?」
私が聞くと、彼女は「かしこまりました」と言って、色んな花を集めて、花束を作り出した。
「このような形でいかがでしょう?」
差し出された花束は、黄色の花でまとめられ、かすみ草と大きめの葉っぱで周りを囲んであるものだった。
「素敵ですね! これでお願いします」
「かしこまりました」
店員さんは確認を済ますと、あっという間に綺麗に包装してくれた。
私は会計を済ませ、店を後にした。
次の日。
退職する人の送別会が開かれた。
私は昨日買った花を持って、会場となるレストランへ向かう。
レストランへ行く途中に、同僚の千花と合流した。
「お待たせ。あっ、それが今日渡すお花?」
千花が花束を覗き込む。
すると、千花の顔が曇っていく。
「ねぇ、この花。あなたが決めたの?」
聞かれてる意味がわからない。
「店員さんに見繕って貰ったんだけど……ダメだった?」
私が言うと、千花は頷いて話始めた。
「あなたも知ってると思うけど、花には花言葉があるんだよ。この花……ほとんど悪い意味の花言葉だよ」
「え?」
私が驚いていると、花の名前とその花言葉を説明してくれた。
「この百合、オレンジは憎悪で黄色は偽り。マリーゴールドは絶望とか悲嘆だし、黄色のカーネーションは軽蔑とか軽視。花だけ見たら綺麗だけど……花言葉が……」
驚きすぎて何も言えなかった。
花言葉があるのは知ってたけど、まさかそんな意味の花があるなんて……。
「違う花束……買った方がいいよね……」
千花に聞くと、静かに頷く。
私は千花に付き添ってもらい、新しい花束を買いに行った。
その後は、送別会も無事終わり、花束も喜んでもらえた。
だが、私はずっとあの花屋さんの事が気になっていた。
こんな偶然あるわけない。
きっと何かあるんだ……。
次の休みの日。
私はあの花屋さんへ行った。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
前回と同じ店員さんが出迎えてくれる。
「あの……聞きたいことがあるんですが……」
私が言うと、店員さんは笑顔で「はい」と答える。
「先日、花束を買わせて頂いたのですが……その……花言葉が酷いものしか入ってなくて……そういうのはどうなんでしょう……?」
なんと聞いていいかわからず、しどろもどろになってしまった。
しかし店員さんは笑顔を崩さず答える。
「当店は少し変わった店になっておりまして、普通の花言葉の花は一切置いておりません。恨みや妬み、嫉妬など、そういった感情をお伝えするための花屋になっております」
あまりにも当たり前のように答えるので、私は驚いて何も言えなかった。
「普通のお花が欲しいお客様も分かるように、お花には全て花言葉の表記もしてありますし、入り口にも張り紙がございますよ」
そう言われて周りを見回すと、確かに入り口に張り紙があり、花一つ一つに花言葉の意味が書かれていた。
何で気づかなかったんだろう……。
「お客様は、普通のお花をご所望だったのですね。申し訳ありませんでした」
店員さんは頭を下げる。
その時、以前感じた違和感を思い出した。
この花屋さんから出ていく人が嬉しそうじゃ無いのは、そういうことだったんだ。
負の感情を持って花を買っているからなんだ。
納得と共に、一つの疑問が浮かんだ。
「あの……なぜこのような花屋を……?」
私が聞くと、店員さんは笑顔だけど、すこし怖さのある顔で言った。
「物を送るのは、何も良い時だけではありません。何かを気づかせる時、思いをぶつける時もございます。そんなお客様のお手伝いが出来ればと思いまして」
怖い。
その感情しか出てこなかった。
今まで物をあげる時に、負の感情をのせようなんて考えた事もなかった。
私には理解できなかった。
「全てのお客様に理解して頂こうとは思っておりませんので。必要なお客様が必要な時に利用していただければいいのです」
まるで私の考えを見抜いたかのように言う。
怖い……。
その時、お客さんが入ってきた。
すると、店員さんは私に一礼するとそのお客さんの所へ駆け寄る。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「彼に……恨みが伝わるような花束を……」
「かしこまりました」
その一連のやり取りを聞いて、鳥肌が立った。
怖いし、気持ち悪い。
私は何も言わずその店を出た。
本当に悪い意味を込めた花を送る人がいるんだ。
その事に衝撃を受けた。
でも、私はこの先もこの花屋さんを使いたくはない。
誰かに悪意を込めた贈り物なんて……する人間にはなりたくない……。
「いらっしゃいませ。どのようなお花をお探しですか……?」
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