立入禁止

俺には5歳年下の彼女がいる。

年の割にはしっかりとした、男勝りな性格だ。

でも、俺の前では女の子になる。

世に言う『ツンデレ』というやつだ。

だが、俺にとってはそれがたまらない。

最近は、俺の好みの服を着るようになったりして、また一段と可愛くなった。

まぁ、俺がかなり惚れてるのは確かだ。

だけど、最近彼女はシュミレーションの中の彼氏にご執心なのだ。

今までどおりデートはするのだが、一緒にいるときも携帯を手放さない。

しかも、俺との会話はほとんどシュミレーションのことだ。

俺としては正直面白くない。

確かに、相手はゲームだし、そのうち彼女も飽きるだろうけど……。

俺は俺だけを見て欲しいわけで。

はぁ……。




「ねぇ、聞いてるの!?」

彼女は携帯画面を俺に見せながら言った。

もちろん見せている画面には架空の彼氏の画像だ。

「聞いてるよ」

俺は彼女の目を見て答えた。

「もう!ちゃんと私の話聞いてよね。」

彼女はブツブツ言いながら携帯画面を見る。

「それで、これが新しい彼氏なの!!春樹って言うんだ。かっこいいでしょ!?」

彼女の顔は満面の笑みだ。

なんだか堂々と浮気されてる気分。

「あのさ」

俺は真剣な顔で話を始める。

「何?」

が、彼女は俺のことを見ていない。

完全に架空の彼氏の画像に見入っている。

「もういいや」

俺は諦めて話すのをやめた。

「それで、これがねぇ」

彼女はまた違う男の画像を俺に見せる。

「私のこと奪おうとしてる人!!!」

「……」


最近のデートは毎回こんな感じだ。

毎回架空の男の話を延々聞かされる。

正直俺じゃなかったらもう別れられてもおかしくないと思う。

でも、そこで別れられないのが俺なんだけど。




そんなある日、彼女から電話がかかってきた。

電話の向こうの彼女は泣いているようだった。

「どうした?」

俺は静かに問いかける。

「会社……クビになっちゃった……」

そう言うと、彼女は泣き始めた。

「クビって……なんでそんなことに?この前まで仕事順調だって言ってたじゃないか」

彼女は携帯販売会社のフロント係をしている。

もともと社交的な性格なので、俺から見ても本人に合った仕事だと思っていた。

「うん……多分あの男のせいだと思う……」

消え入りそうな声で彼女が言う。

「あの男?」

俺は意味がわからず聞いた。

「うん……前に言った……言い寄ってきてた……」

そう言うと、彼女はまた泣き出した。

確かに数ヶ月前から、客で彼女に言い寄ってきていた男がいた。

彼女は「彼氏がいるから」と何度も断っていた。

その男が来るたびに、彼女は俺に愚痴を言ってきていた。

でもその男が何をしたというんだ?

彼女が首になるようなこと。

「何か……されたのか?」

俺は恐る恐る聞いた。

「この前……私が仕事終わるまでその男が待ってたの。ご飯食べに行こうって誘われたんだけど……私断ったの。そしたら……男が私の手を掴むから……振りほどいて押し飛ばしちゃったの……」

それはその男が悪いだろ。

「だから多分……その腹いせに、ありもしないクレームの電話を店に*…してきたんだと思う……。今日店長に、こんなクレーム出すやつはいらないって……言われたから……」

そう言い終えると、彼女はまた泣き出した。

何とも小さい男だな……。

「大丈夫か?」

大丈夫なはずはないのだが、俺にはかける言葉が見つからなかった。

「うん……」

彼女はそう言ったが、声は泣いていた。

こんな時、何もしてやれない自分に俺は情けなくなった。

普段は決して俺に弱いところを見せない彼女が、俺を頼ってきてくれているというのに。

「俺……今からそっち行こうか……?」

俺が言うと、彼女は大丈夫と言った。

そして、ごめんねと言って電話を切った。

俺は彼女の家に行こうかと思ったが、一人になりたいのかとも考え、その日は家にいることにした。




次の日、彼女から「昨日はごめんね」とメールが来た。

俺はすぐに彼女に電話をかけた。

「もしもし?」

俺が言うと、彼女は昨日よりも明るい声で答えた。

「もしもし?昨日はごめんね」

その明るさが、少し痛い……。

「いや、俺は全然大丈夫だけど……優は大丈夫か?」

俺はできるだけ優しく問いかけた。

「うん。私は大丈夫。いつまでも泣いててもしょうがないし。しばらくゆっくりしてからまた仕事探すよ」

彼女の声は笑っていた。

俺は昨日より元気な彼女の声を聞いてホッとした。

しかし俺は、彼女が強がりで言っているのだとわかっていたのに、何もしてやれなかった。

というよりも、何もしなかった。

大丈夫だろうと心の中で決め付けてしまったのだ。

それが、間違いだったということにも気づかずに……。




数日後。

俺は彼女をどこかに連れて行ってあげようと思い、メールをした。

しかし、いつもならすぐに返ってくるメールがこない。

どこかに出かけているのかと思い、半日待ってみたが、彼女からのメールは返ってこなかった。

なんだか不安になった俺は、彼女に電話してみることにした。

「もしもし?」

10回近くコールしてようやく彼女が出た。

「もしもし?どうしたの?」

彼女は何事もなかったかのように言った。

「いや……メール返ってこなかったから……」

俺が言うと、彼女はごめんと明るくいった。

「寝てたの。気づかなくてごめんね」

寝てたなら仕方ないよな。

「大丈夫だよ。何かあったのかと思って心配になっちゃっただけだから」

我ながら恥ずかしい理由だ。

「で、明日暇?どこか二人で出かけない?」

そう言うと、彼女は少し間を空けて答えた。

「ごめんね。明日はお母さんと出かける約束しちゃったの」

それならしょうがないな。

「そっか。じゃあ、また違う日に行こうか」

俺はできるだけ明るく言った。

残念そうなのを悟られたくなかったから。

「そうだね。じゃあ、また後でメールするね」

「うん、わかった」

そういって電話を切った。

だが、その後彼女からメールが来ることはなかった。




その日から、彼女からメールが来ることがなくなった。

俺が何かしてしまったのかと思い、電話をするが、彼女はいつものように明るく電話に出る。

電話には出るが、メールはまったく返ってこない。

だけど、デートに誘えば、ちゃんと来てくれる。

でも、前みたいに泊まりに行ったりすることは嫌がった。

浮気しているのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。

どういうことなのだろう……?

俺は気にはなったものの、さほど問題視はしていなかった。

しかし、事態は俺の思わぬほうへと進んでいた……。




それから数ヶ月たったある日。

彼女のお母さんから電話があった。

彼女の親とは何回か一緒に食事をしたことがあった。

だが、お母さんから電話してくるのは珍しいことだった。

「こんにちは。どうしたんですか?」

俺が尋ねると、お母さんは暗い声で話し始めた。

「優が最近部屋から出てこないのよ……」

部屋から出てこない?

「会社クビになってからもうずいぶん経つでしょ?だからそろそろ仕事探しなさいって最近いつも言ってたのよ」

まぁ確かに……お母さんの気持ちはわかるが……。

それくらいで引きこもるような子じゃないしな……。

「そしたらこの前急に怒り出しちゃって……。それから毎日部屋にこもりっきりで……。博人君なら何か知ってるかと思って……」

そういえば……ここ2、3日優に電話してないな。

「いや……俺は何も聞いてないですけど」

俺がそう言うと、お母さんはがっかりしたように「そう……」とつぶやいた。

「俺が1回連絡してみますから。何かわかったらお母さんにも電話しますよ」

その言葉を聞いて安心したのか、お母さんの声が少し元気になった。

「悪いわね。私たちじゃどうしようもなくて……。じゃぁ、お願いね」

俺が「はい」と返事をすると、お母さんは満足げに電話を切った。

でも、優が引きこもりなんて何かあったんだろうか?

俺は急に心配になって、さっそく優に電話した。

しかし、何回コールを鳴らしても電話に出ない。

挙句留守電につながってしまった。

今まで、優が電話に出ないなんて一度もなかった。

仕事中は別としても、今彼女は仕事なんてしていない。

もしかしたら……また寝ているのか?

もう1度かけてみたが、やはり留守電になってしまう……。

仕方がない。

もう少したってからかけてみるか。




数時間後。

また優に電話した。

しかし、コールがなるだけで、彼女が電話に出ることはない。

それから毎日、優の携帯に電話をかけた。

仕事の合間を見ては彼女に電話をしたが、一向に出る気配はなかった。

俺は心配になって、お母さんに電話した。

「もしもし?博人ですけど」

「あら。博人君」

お母さんの声は疲れきっていた。

「あの子、どう?」

お母さんの問いに、俺は言葉を詰まらせた。

「連絡……取れないの……?」

何かを察したのか、お母さんが俺に聞いた。

「すいません。毎日電話してるんですけど……」

俺の言葉にお母さんは「そう……」とつぶやいた。

「最近あの子、部屋で一人でしゃべってるの……」

一人でしゃべってる……?

「電話とかじゃなくてですか?」

俺が聞くと、お母さんも不思議そうに言う。

「この前、何をしゃべってるのか聞いてみたんだけど……誰かと話してる感じじゃないのよ。話してるというか……語りかけてるみたいな感じで……」

語りかけてる……?

「お母さん。俺今からそちらに行ってもいいですか?」

俺はどうしても優のことが心配になった。

なんとしても優の顔が見たい。

無事だとこの目で確認したかった。

「えぇ。あなたが来てくれると心強いわ」

俺はお母さんとの電話を切り、急いで彼女の家に向かった。




彼女の部屋の前に行くと、確かに優の声が聞こえた。

「優?」

俺はドアをノックしながら問いかける。

「博人だけど……ここ開けてくれない……?」

優からの返事はない。

「優?」

俺が問いかけた次の瞬間。


ガンッ


ドアに何かを投げつけたのか、ものすごい音がした。

「やっぱりダメなのかしら……」

俺の後ろに立っていたお母さんが呟く。

「優。とりあえず話しよう?ここ開けて」

俺はもう一度ドアをノックする。

すると中から信じられない言葉が返ってきた。

「帰ってください。警察呼びますよ!!」

警察?

何で彼女の家に来て警察を呼ばれなくちゃいけないんだ?

「優?」

「帰って!!!」

俺の言葉を遮るように優の怒鳴り声が響いた。



その日から、俺は毎日仕事帰りに彼女の家に通った。

しかし、何度問いかけても、返ってくる言葉は同じだった。



「部屋の鍵壊して中入ってみたら?」

優の弟の架君が言った。

俺たちはその言葉に何も言えなかった。

「だって博人さんが来てもこの状態じゃどうしようもないじゃん。中で何してるかもわかんないし。それに姉ちゃんもう何日も飯食ってないんだよ?そろそろ限界なんじゃねぇの?」

架君の言ってることは正しかった。

確かに、俺が通いだしてからもう1週間は経っている。

何も口にしてないのならそろそろやばい。

「わかりました。鍵壊しましょう」

俺がそういうと、お父さんが静かにうなずいた。




俺たちは、再び彼女の部屋に来た。

「優?」

一応声をかけてみるが、反応はない。

俺が振り返ると、お父さんと架君がうなずく。

お母さんは心配そうに俺のことを見ている。

俺は彼女の部屋のドアノブに手をかけた。


ガチャガチャ


やっぱり開かない。

俺は、お父さんから工具を受け取ると、鍵を壊し始めた。

異変に気づいたのか、優が叫びだした。

「やめて!!帰って!!!」


ガンッ!ガンッ!!


ドアにものがぶつけられる。

だが、俺は手を止めず、鍵を壊し続ける。

「いやっ!こないで!!」

彼女は尚も叫び続ける。

「春樹!!助けて!!」

春樹?

誰のことだ?

「やめて!!!」

彼女がそう叫んだとき、鍵が開いた。

俺たちは恐る恐るドアを開ける。


ガンッ!!


一瞬俺の視界がゆがんだ。

「博人君!!!」

後ろからお母さんの悲鳴が聞こえる。

「優!やめるんだ!!」

お父さんと架君が優に飛び掛る。

「いやぁ!!」

優は叫びながら何かを振り回している。

よく見ると、それは俺があげたテディベアの置物だった。

俺はあれで殴られたらしい。

「いやぁ!!ストーカー!!出てってぇ!!」

ストーカー?

俺は自分の耳を疑った。

「母さん!!救急車!!」

お父さんが叫ぶと、お母さんはリビングへと走っていった。

それから救急車が到着するまでの間、優はずっと叫び続けていた。

「ストーカー出て行け!」と……。




数時間後、俺は病院にいた。

頭の怪我は大したことはないらしいが、念のため精密検査を受けるように進められた。

優は……鎮静剤で眠っている。

何でこんなことになってしまったんだろうか……。

何がいけなかったのか……。

俺は優のベッドの横でそればかり考えていた。

その時、お母さんが病室に入ってきた。

「博人君……怪我は大丈夫……?」

お母さんは申し訳なさそうに俺に聞いた。

「大丈夫ですよ。大したことないですから」

俺はできるだけ明るく答えた。

「ごめんなさいね……」

お母さんは俺に頭を下げる。

「そんな、やめてくださいよ。お母さんは何にも悪くないですから」

俺がそう言うと、お母さんは弱々しく笑った。

「これ……」

そういってお母さんが差し出したのは、優の携帯だった。

開くと、中には前に見せられたシュミレーションの画面が開かれていた。

「先生が言うには、現実逃避しているうちに、どっちが現実かわからなくなってしまったんじゃないかって……」

現実逃避……?

「だから、急に来た博人君をストーカーと勘違いしてしまったんだろうって……」

俺にはお母さんが何を言っているのか理解できなかった。

「そうとう辛いことがあったんだろうって……」

俺は自分が情けなくなってきた。

優の彼氏とか言っておいて、何の役にも立てなかった……。

大丈夫だと決め付けて、優が強がってたのわかってたのに……。

気づくと、俺の目からは涙が溢れていた……。

「博人君…()」

お母さんは何も言わずに俺の背中をさすってくれた。

その時……

「博人君!!!」

お母さんの叫び声と同時に首に締め付けられる感覚を覚えた。

「私の邪魔……しないで……」

その声は優だった。

「優!!やめなさい!!誰かぁ!!!」

お母さんは助けを求めて廊下に出て行く。

「ゆ……う……」

俺の首がどんどん締め上げられていく。

力が入らない……。

「春樹と私は結婚するの!邪魔しないで!!」

春……樹……?

誰だよ……そいつ……。

「優!!」

お父さんが叫びながら走ってくる。

「邪魔しないでぇ!!」

薄れ行く意識の中、俺の頭には優の叫び声だけが響いていた……。

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