花
それは家の近くにある小さな公園で起きた出来事だ。
その親子は、毎日公園に遊びに来ていた。
子供は4歳くらいだろうか。
肩くらいまでの髪をしたかわいい女の子だった。
母親は30代前半くらいに見える、少し怖そうな雰囲気の人だった。
ある日、二人が手をつないで公園を出ようとすると、娘がふと立ち止まった。
「どうしたの?」
母親は娘に尋ねる。
「いま だれかによばれたよ?」
娘は首をかしげながら言う。
母親は辺りを見回すが、人影はどこにもない。
「きっと気のせいよ」
母親はにっこり笑って見せた。
娘はまだ不思議そうにしていたが、母に手を引かれ、家へと帰っていった。
次の日もその親子は公園に来ていた。
娘は砂場で何かを作っている。
母親はそれを見つつ本を読んでいた。
その時、夢中で遊んでいた娘が、急に顔を上げキョロキョロし始めた。
しばらくすると、公園の入り口のほうへ走っていった。
母親はそれに気づかない。
娘は入り口の近くの花壇の前で立ち止まり、座り込んだ。
始めは黙ってしゃがみこんでいたが、少しすると何かを話し出した。
「わたしまき。4さい」
「ままときてるの。うん。そう」
その話し振りは、まるで何かと会話をしているようだった。
娘の話し声で母親は娘が砂場にいないことに気がついた。
顔を上げると入り口でしゃがみこんでいる。
どうしたのかと思い娘に近づく。
「まきちゃん。どうしたの?」
母親が問いかけると、娘は振り向き笑顔でこういった。
「おはなさんと おはなししてるの」
最初は意味がわからなかったが、きっと子供特有のものだろうと思い、あまり気にも留めなかった。
「そう。何をお話しているの?」
母親が聞くと、娘は答えた。
「えっとね、まきのこととか、おはなさんのこと。おはなさんまいにちここで、まきのことみてたんだって」
娘は嬉しそうにしている。
「そう。じゃあそろそろお花さんにバイバイして帰りましょうか」
母親はそう言いながら娘の手をとった。
「うん。おはなさんバイバイ」
娘がそういって立ち上がったとき、花の葉が手のように振れた気がした。
母親は一瞬目を疑ったが、きっとこのせいだろうと思い、家路についた。
また次の日も、その親子は公園に来ていた。
しかし、今までのように娘が砂場や滑り台へ近づくことはなかった。
ずっと入り口近くの花壇でしゃがみこんでいる。
そして、まるで独り言のようにブツブツと何かをしゃべっている。
その日から、娘は毎日花壇の近くに行くようになった。と、いうよりも、花壇にしか近寄らなくなった。
母親は変に思い、時には一緒に遊ぼうと誘ったりもした。が、しかし、娘は一向に花壇から離れたがらなかった……。
家に帰ってきても、娘は花のことしか話さなくなった。
別にこれといって何か大切なことを話しているわけでもなさそうだが、親としては心配だった。
ある日、娘に服を着せた時、娘が小さくなっていることに気がついた。
小さくなったというより、痩せたのだ。
元から太ってはいなかったが、ここ何日かで急激に細くなった。
ご飯はきちんと食べているし、吐いている様子もない。
心配になった母親は病院に娘を連れて行った。
だが、何の異常も見られなかった。
病院の帰りに、二人はいつもの公園の前を通りかかった。
娘は、一直線に花壇のところに走り出した。
母は急いで娘を追いかけた。
そして母親は花壇の前で自分の目を疑った。
数日前見たときは小さかった花が、今では自分のひざ上ほどに伸びている。
いくらなんでもありえない……おかしい……。
母親は気持ち悪くなり、嫌がる娘の手を引き家に帰った。
あの花はおかしい。
娘の異常はきっとあの花のせいだ。
そう思った母親は、娘を実家の両親に預け、急ぎ公園へ向かった。
公園の花壇のところに行くと、あの花が何事もないかのように咲いている。
「こんな花……」
そう言って母親が花を毟ろうとした時、声が聞こえた。
「毟らないで……」
母親は辺りを見回した。が、人影はない。
もしかして……
「毟らないで……」
やはり花から聞こえてくる……。
母親は一瞬迷ったが、声を無視して花に手をかけた。
「毟ったら、お前の娘を殺してやる」
母親は耳を疑った。
が、疑いは確信へと変わった。
やはり娘の異常はこの花のせいだ。
「花に何ができるって言うのよ!!!」
母親はそう言いながら花を毟り、足でグチャグチャに踏み潰した。
何度も何度も踏み潰した。
その時
キキーッ!!!
母親に向かってトラックが突っ込んできた。
母親はなぜか動けない。
トラックはそのまま母親ごと壁にぶつかってとまった。
母親の体は無残なまでにグチャグチャになっていた。
足だけを元の場所に残して……。
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