それは突然やってきた。

そして……。



「ん……」

その日俺は、寝苦しさで目が覚めた。

何かに首を絞められているような息苦しさ。

首に手を当てても何もあるはずは無く、目を開けてもそこに映るのは月明かりに照らされている俺の部屋。

きっと疲れてんだな……。

そんなことを思いながら、再び眠りの世界へ落ちていった。



次の日。

朝からバイトだった俺は、家の洗面所にいた。

顔を洗って鏡を見ると、首筋が赤くなっている。

「なんだこれ」

たぶん寝てる時に掻いたんだろう。

あまり目立たないしいいか。

俺はあまり気にとめず、支度を済ませ家を後にした。



「先輩! その首どうしたんすか?」

バイト先に着くなり、後輩が心配そうに駆け寄ってきた。

「首? あぁ、たぶん寝てる時にでも掻いたんだろ」

俺が言うと後輩は首を傾げた。

「掻いてつくような跡じゃないですよ。もしや……彼女と喧嘩でもして首締められたとか」

後輩はニヤニヤしながら言う。

「違うし。彼女なんかいないし」

そう言いながら俺は更衣室へ向かった。



「あれ……?」

更衣室で鏡を見て驚いた。

首の跡が朝よりも赤黒くなっている。

しかも、後輩の言う通りまるで首を絞められたように

なっている。

そんな覚えないぞ……。

なんだ……?

「先輩! まだですか?」

その時、後輩が呼びに来た。

「もう店開きますよ」

「今行く」

気にはなったが、眺めていても仕方ないので支度を済ませて仕事を始めた。



その日の夜。

俺は再び寝苦しさで目を覚ました。

今度は何かに乗られているような苦しさだ。

「なんだよ……」

苦しさに耐えられず体を起こしてみる。

周りを見回すが、やはり何も無い。

月に照らされる俺のベットだけ。

……何だか気持ち悪いな……。

その時、動く何かが視界に入った気がした。

「……?」

部屋の中には何もいない。

いるはずがない。

俺は一人暮らしだ。

きっと気のせいだろう……。



しかし、次の日から気のせいは毎日続いた。

寝苦しいのは当たり前。

頬に傷がある日や腕に火傷がある日もあった。

それは日毎に酷くなっていくようだった?



数日後

今日は、後輩が風邪で休みらしく、俺が代わりに1日シフトに入る事になった。

ようやく閉店時間となったが、最近【アレ】のせいで寝不足もあってか、かなり疲れている。

しかも、いつもは自転車通勤なのだが、昨日パンクした為今日に限って帰りも徒歩……。

本当についてない……。

が、タクシー代も勿体ないので、仕方なく歩いて帰ることにした。


「お疲れ様でした」

閉店後の片付けも終わり、家路につく。

店のある大通りから、裏路地に入り、閑静な住宅街の中を歩いて帰る。

今日は本当に疲れた……。

早く寝たい……。

「ん?」

街灯のある道を歩いている時、ふと違和感を感じた。

何か影の動きおかしくないか?

いや、きっと気のせいだ。

疲れているに違いない。

いや、疲れている。

しかし、次の街灯の下を通った時……

「!?」

俺は一瞬固まった。

足元の影が、間違いなく俺とは違う動きをした。

いや、気のせいだ。

気のせいであってほしい。

「気のせいだ……疲れてるからだよな……」

ブツブツ言いながら足早に街灯の下を通り過ぎていく。

なるべく下を見ないように家への道を急いだ。

その後は何も無く、無事に帰宅することができた。

だが、その夜俺は、帰り出来事が気のせいでは無かったことを思い知る。



「ん……」

またしても寝苦しさで目を覚ます。

いつものように体を起こそうとした時、明らかに人の気配を感じた。

「!!」

俺は恐る恐る顔を上げる。

するとそこには、黒い空間のような物があった。

「よぉ」

その声は聞き覚えのある声だった。

……俺だ。

意味がわからない。

今俺は喋ってない。

何で俺の声が聞こえるんだ?

まだ夢の中なのか?

「そろそろ代わってもらおうか」

俺の声が話し出した。

「かわる……?」

意味がわからず聞き返す。

「適当に生きてるくらいなら、俺と代われよ」

言ってる意味がまったく理解できない。

「……何の話だ?」

俺の問いに、奴はため息をついて答えた。

「毎日何となく過ごすお前を見るのは飽きた。代われ」

確かに毎日何となく過ごしてはいる。

でも、大体そうだろ。

俺が答えようとすると、奴が先に話し出す。

「昔は夢の為に一人暮らしして、イキイキしてたのに、今のお前何?」

そう言われて、自分が一人暮らしを始めた理由を思い出す。

夢を追う為に一人暮らしを始めた。

しかし、やりもしないで諦めた。

挫折する前に逃げたのだ。

「自分でもわかってんだろ?ならお…………」

その時、奴の声が途切れた。

体も軽くなっていた。

何事かと辺りを見回すと、先程まで部屋を照らしていた月明かりが無くなっていた。

……もしや、奴は俺の影なのか……?

街灯の下で感じた違和感は奴……?

だとしたら、光が無ければ……。

俺は急いでカーテンを閉めた。

光が入りそうな場所はすべて遮断した。

これなら奴も現れない。

でも、この先どうしたら……。



翌日。

けたたましい着信音で目を覚ます。

色々考えているうちに眠ったらしい。

スマホの画面を見ると、後輩からだった。

「もしもし」

「先輩!遅刻ですよ!!」

そう言われて時計を見る。

遅刻もいいとこ、大遅刻だ。

「悪い!すぐ行く!」

俺は電話を切り、急いで支度をして家を出る。

その頃には、昨夜の事などすっかり忘れていた。



更衣室で急いで着替えていると、後ろから声がした。

「よこせ」

びっくりして振り返る。

しかし、姿は見えない。

声は後ろではなく、下からしていた。

「早くよこせ」

先程よりも強めの声が聞こえる。

こんな時に……。

どうしたものかと思っていると、外から後輩の急かす声が聞こえた。

もう悩んでいても仕方ないと思い、俺は影を無視して仕事に入った。

しかし、奴の声は仕事中もずっと聞こえていた。

つねに耳元で「よこせ」と囁いている。

俺が1人になると、転ばせようとしたり、髪を引っ張ったりしてくる。

それでも仕事は続く。

バイトが終わる頃には、俺はかなり疲れていた。

奴の声が耳から離れず、言われているのか、空耳なのかもうわからない。

帰り道も、できるだけ影の出来ない所を歩いて帰る。

もう疲れた。

この先もこれが続くなんて耐えられない…….。

どうしたらいいんだ……。

……そういえば、昨日の夜、奴は月が消えたら消えた。

光が無ければ現れないんだ。

なら、もうずっと家にいよう……。

家の中なら、暗くしてれば影は出ない。

声も聞こえないはずだ。

大丈夫……家の中にいれば……。



「これでお前も逃げられないな……」

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