待ち人

コンコン……

「……すみません……」


電話している俺に話しかけてきたのは20代位の女だった。

俺は電話ボックスのドアを開けた。


「……早く……ませんか……?」


女は、かすかに聞こえる程度の声で言う。

「あぁ……すみません」

そう言ってドアを閉める。

何だか不気味な女だな……。

そう思っていると、急に女がこちらを見た。

目が合ってしまった……。

こわ……。


それから数分後。


コンコン……

「……すみません……」


また女がノックする。


「……早く……ませんか…・?」


今度はドア越しに言う。

そんなに急ぐんなら携帯使えよ。

と言う俺も携帯を停められたから電話ボックス使ってるんだけど。

俺は女に対して返事をしなかった。

正直、可愛い子とかならすぐに開けてあげてもいいけど。

それがきっかけで仲良くなれるかもしれないし。

でも、何回も言われてる上にこいつじゃな……。


コンコン……

「……すみません……。」


またか……。

いい加減イライラしてきた。

「あのさ、俺だって用事があって電話してんだよ。終わったら出るから、黙って待ってろよ」

俺は強めの口調で言った。

すると女はあきらめたのか、うつむき加減でどこかへ去っていった。


しかし、次の瞬間。


「早く……」


その言葉と同時に、女の顔が目の前のガラスに映った。

「うわっ!!!」

俺は驚いて後ずさる。

すると、俺がぶつかった衝撃で電話ボックスのドアが開いた。

「いてっ!」

俺はそのまま道路に尻もちをついた。

「何だ……今の……」

だけど、今の顔どこかで見たことあるような……。

いや、そんなことがあるはず無い!!!

お化けに友達なんかいないし!!

その後、俺は電話を早々に切り上げその場を後にした。



次の日、昨日の電話ボックスの前を通ると人だかりができていた。

「何だ……?」

俺はやじうまの一人に話しかけた。

「何かあったんですか?」

すると、その人は振り向くなり一部始終を細かく話し始めた。

「電話ボックスに車が突っ込んだらしいよ。乗ってた人は命に別状は無いみたいなんだけど、電話してた男の人は即死だったんだと」

即死?結構酷かったんだな。

「何で突っ込んだんですか?居眠りとか?」

俺が聞くとその人は首をかしげた。

「さぁ。なんだったんだろうね。運転手が言うには女が飛び出してきたって言うんだけどさ。でも、見ての通り寺の前だろ?置くには墓もあるし、あんな夜中にここを通る人なんて早々いないと思うんだよね」

確かにここは夜になると不気味だ。

「何時ごろだったんですか?」

俺は気になって聞いてみた。

「確か夜の11時くらいだったらしいよ」

夜の11時……?

俺が帰ったすぐ後だ……。

「世の中何がおきるかわからないねぇ」

そういいながら、その人はまた現場をまじまじ見つめていた。

あの時帰らなければ、俺が轢かれてた……?

あの幽霊は、俺を助けてくれたのか……。



その事故から数日後、俺は再び事故現場の近くを通った。

少し嫌な感じはしたが、大学に行くにはこの道が一番近いので仕方なく通ることにしたのだ。

その時、一人の坊さんに声をかけられた。

「そこの人。ちょっと待ちなさい」

俺はなぜ呼び止められたのかわからなかったが、なんとなく坊さんのところへ行った。

「あなた、ここにあった電話ボックスに来たことないかい?」

急に聞かれたので、俺は驚いた。

「ありますけど……何か?」

俺は恐る恐る聞く。

「その時、女の人と話さなかったかい?少し不気味な感じの………」

なんだ……この坊さん……。

見てたのか?

「会いましたけど」

俺が答えると、坊さんは「やっぱり」という顔をした。

「私はここの住職をしているものなんだが、ここにあった電話ボックスにはね、女の人がいたんだよ」

いた?

行ってる意味を理解できずにいる俺をよそに、坊さんは話し始めた。

「前にここの電話ボックスを使っているときに、車に突っ込まれてなくなって亡くなってしまった方がいたんだよ。先日、ここであった事故と同じような感じでね」

この前の事故と同じ・・・?

「名前は杉浦恵子さんというんだがね」

杉浦……恵子……?

聞いたことある名前……あれ?

「君、彼女のこと知っているだろう?」

俺はいやな予感がした。

「もしかして、昔の彼女だった子かも」

俺が言うと、坊さんは少し寂しそうな顔をした。

「君にはその程度だったのかもしれないが、彼女は本気だったみたいだね。悪いことは言わない。もうここは通らないほうがいい。次は君が殺される」

殺される?

俺が?

恵子に?

だってあいつはもう死んでるって・・・さっき言ってたじゃん・・・。

「彼女に会ったとき、何か言われなかったかい?」

会ったとき……?

あぁ……たしか……。

「早くしてもらえませんかって言われましたけど……」

俺の言葉を聞くと、坊さんは目を閉じた。

「本当にそう聞こえたかい?」

本当にって確かにあの時……。


「早く……ませんか……?」


!!!

「実際にはちゃんと聞こえなかったんじゃないかい?君がそう思い込んでいただけで」

そうだ……。

俺、適当にしか聞いてなかった。

2回目も……。

「実はね、君の後ろに彼女がいるんだよ」

「えっ!?」

思わず後ろを振り返る。

「さっきからね、彼女がずっと言ってるんだよ。『早く死んでもらえませんか?』って……」

死んでって!!

「何で俺なんですか!?」

俺は坊さんにつかみかかった。

「落ち着きなさい。事故にあったあの日、彼女は君によりを戻したいと電話しようとしてここに来たらしいんだよ」

坊さんは俺の手を離しながら言う。

「でも、結局電話する勇気が持てず、悩んでるうちに事故にあってしまったんだ。だから、今君を連れて行こうとしてる。先日亡くなった方は、彼女が望まない人だったから殺されてしまったんだよ」

連れて行かれるって……。

まだ死にたくない!!

「どうしたら……どうしたらいいんですか!!」

俺はわらをもつかむ思いだった。

「もう二度とここを通ってはいけない」

それだけ?

「それだけでいいんですか!?お払いとかは!?」

「いりませんよ。」

坊さんは静かに言った。

「彼女の供養は私がしておきます。だから君は二度とここを通らないこと。次は本当に殺されてしまうかもしれませんよ」

死なないためなら、こんなところ二度と通るもんか!!

「わかりました。二度と通りません!」

「あと……」

その場を去ろうとした俺に坊さんは言った。

「一度でいいから、お墓参りに行ってあげなさい。そうすれば、彼女もきっと喜ぶだろう」

俺は、一度だけうなずき、その場を後にした。



数日後、俺は坊さんに言われたとおり、彼女の墓参りに行った。

彼女の家はかろうじて覚えていたので、家まで行って場所を聞いた。

その時、お母さんから日記を渡された。

彼女の部屋から出てきたらしい。

そこには、俺への想いが綴られていた。

それを読んだとき、俺は胸が苦しくなった。

彼女がどれほど俺のことを好いていてくれたか、俺はまったく気づかなかった。

自分の感情や意見をあまり表に出さない子だったから……。

正直、その当時の俺にはつまらなかった。

もっとワガママを言ったりして欲しかった。

だから別れた。

今更だけど……本当に申し訳ないことをした…。

恵子……ごめんな……。



帰りの車の中、俺は思った。

人間は、本当に大切なものが何か、見失うことがある。

むしろ、大切なものを大切にできる人のほうが珍しいのかもしれない。

失ってからしか物の大切さがわからない。

そんな俺は……とても愚かだと思った。

「……!」

その時、俺は一瞬目を疑った。

なぜならそこに、恵子がいたからだ。

「恵子!!!」

俺は車から飛び出し、恵子を追った。

恵子がここにいるはずが無いのはわかっていた。

でも、自分を止められなかった。

どうしても、彼女に謝りたかったから……。


「待ってくれ!恵子!!」

俺はやっとのことで恵子に追いついた。

「恵子……ごめんな……」

そう言いながら、俺は恵子を抱きしめた。

「お前のことわかってやれなくて……ホントごめん」

恵子を抱く腕に力がこもる。

「もう……いいの」

そう言うと、恵子は俺のほうを振り返った。

「!!!」

俺は思わず抱いていた腕を離した。

振り向いた恵子の顔を血だらけだった。

よく見ると、体もグシャグシャだ。

「一緒に……死んでくれませんか……?」

恵子はにっこり笑う。

「!!」

俺はその場から逃げ出した。

確かに、恵子には悪いことをしたと思う。

でも……それとこれとは話が違う!

俺は生きたい!!!


どれくらい走っただろうか……。

辺りを見回すと、もう薄暗くなっていた。

「あっ……」

気づくと俺は恵子の事故現場の近くに来ていた。

まずい!!

早くここから逃げないと!



「早く……死んでもらえませんか……?」



「えっ……?」




キキーッ

ガシャンッ

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