代償

その日は、友人4人と海に遊びに行っていた。

日も暮れ始めた頃、帰り支度をしている友人が、ある提案をした。

「帰り、肝試しいこうぜ」

その言葉に、みんなの顔が一瞬凍った。

「マジで?俺そういうの苦手なんだよな……」

正は、嫌そうな顔をしながら言った。

「なんだよ。ノリ悪いなぁ。弘明は行くだろ?」

孝は、荷物を運ぶ弘明の方を振り向く。

「俺は構わないよ」

弘明は、関心なさそうに答えた。

「さすが!俊は?」

嬉しそうに笑う孝は、俊一の肩を叩く。

「俺は行きたい!」

満面の笑顔を浮かべながら俊一が答えた。

「よし!お前は行くだろ?」

ガッツポーズをした孝が、俺のほうを見る。

俺は正直どっちでも良かった。

「別にいいけど、場所あるの?」

俺の言葉に、孝はにやりと笑う。

「そんなの調査済みだよ」

孝は親指を立てて俺に見せた。

こいつの行動って……何か古い気がする……。

「じゃ、早いとこ出発しようぜ」

荷物を積み終わった弘明が、俺たちを促す。

俺たちは、急いで荷物をまとめ、海を後にした。



「うわぁ……」

助手席に座っていた正が、顔を歪ませながら言った。

「情けない声出すなよ」

弘明は、少し呆れたように言った。

「かなり雰囲気出てるね」

俊一は、待ちきれないと言った様子で、前に身を乗り出している。

「ここは、戦争中に作られたトンネルらしいんだよ」

後部座席の真ん中に座った孝が、得意げに話し始めた。

「でも、戦争が激しくなって、結局開通させることはできなかったんだけどな。だから、ここには途中で死んでいった作業員が成仏できずに彷徨ってるらしいんだよ」

孝の話を聞いた正が身震いをする。

「少し中入ってみるか」

身震いをした正を見て、運転席の弘明が意地悪な笑みを見せる。

「そうだな」

俺が後押しすると、正は俺を睨むように見た。

「健人は余計なこと言うなよ」

こいつ本当に怖がりだな……。

「まぁまぁ。正もそんなに睨むなよ」

俊一が正の頭を撫でながら言った。

「先進もうぜ」

その俊一の言葉で車が少しずつ動き出し、トンネルに入っていく。

「ホントに何かでそうだな……」

俺が言うと、正は無言で頷く。

重い沈黙の中、車のエンジン音だけが響く。

ライトで照らされた前方には、荒れた道が映る。

周りを見回すが、黒一色で何も見えない。

しばらく進むと、目の前に壁が現れた。

「ここで終わりか……」

孝がつぶやく。

「案外短かったな」

正は少しホッとしたように言った。

「仕方ない。戻るか」

弘明は、そう言って車をバックさせる。

その時

「あ……」

壁の方を向いていた俊一が固まった。

「どした?」

俺が聞くと、俊一は無言で指を差す。

その先を見ると、そこには俯いて立つ男の姿があった。

「……やばくない?」

正が搾り出すような声で言う。

「弘明!急げ!!」

孝が叫んだ。

その声と共に、俯いてた男がこちらを向いた。

その顔は血だらけだった。

弘明は、無言でアクセルを踏んだ。

だが、その顔には焦りが見えていた。

「こっち来る!!」

正が叫ぶ。

「やばいって!!弘明早く!!!」

俊一が大声で言った。

「やってる!!」

弘明は後ろを見たまま叫ぶ。

「よし!」

トンネルを出ると、車は急いでUターンする。

そして、トンネルから離れようとしたその時

「うわ!!!」

目の前にトンネルの男が立っていた。

男はこちらに向かって近づいてくる。

後ろには逃げ道が無い。

「逃げろ!!」

俺がそう叫ぶと、皆急いで車から出て、散り散りに逃げていった。



どれくらい逃げただろうか?

立ち止まり、辺りを見回すとそこは林の中だった。

とりあえず、誰かに連絡してみるか。

俺はポケットから携帯を取り出すと、弘明に電話をかけた。

『もしもし?健人無事か?』

弘明は、息を切らせながら電話に出た。

「俺は大丈夫。弘明は?」

俺が聞くと、弘明は「大丈夫だ」と答えた。

「弘明、一人か?」

俺が聞くと、弘明は電話口で誰かに電話を渡した。

『健、大丈夫!?』

その声は、俊一だった。

「俺は大丈夫だよ。ところで、正と孝は?」

『え?健、一緒じゃないの?』

その言葉に、俺は一瞬固まった。

あの二人……やばいんじゃないか?

「俺、車に戻りながら探してみるから、俊一達も車に戻ってくれ」

『わかった』

俊一の返事を聞くと、電話を切った。

正は俺の前に乗ってたから、たぶんこっちの方に逃げてるはずなんだが…。

「俊……?」

後ろから聞き覚えのある声がした。

振り向くと、そこには正の姿があった。

「よかった……。探してたんだよ」

俺は胸を撫で下ろす。

「弘明と俊は?」

正は周りを見回しながら聞いた。

「あの二人は平気だ。一緒だから」

俺が言うと、正は力なく笑った。

「孝見なかったか?」

俺の問いに、正は首を振る。

「そっか。とりあえず車に戻ろう。もう戻ってるかもしれないし」

「そうだね」

俺たちは車の方へ向かって歩き出した。



しばらく行くと、車のところに弘明と俊一の姿を見つけた。

「健人!正!」

俺たちの姿を見た俊一が、俺たちに手を振る。

「無事でよかった」

弘明は俺たちの顔を交互に見ながら行った。

「孝は?」

俺が聞くと、俊一が首を振る。

「少し探して見たけど、どこにもいなかった」

弘明が俯きながら言う。

「僕たちの方にもいなかった……」

正が言う。

「てかさ……」

俊一が恐る恐る口を開く。

「孝って、後ろの真ん中に座ってたよね?……あのタイミングで逃げられたのかな……」

その言葉に、皆の表情が曇る。

「確かに……」

俺たち4人はドア側にいたからすぐに逃げられたけど、真ん中にいたらそんなに簡単には逃げられない……。

もしかして……。

「連れてかれた……?」

弘明の言葉に、皆がトンネルを見る。

「行くか……?」

俺が聞くと、皆下を向いてしまった。

さっき怖い思いをしたばかりだ……。

皆が黙る気持ちはわかる……。

俺も正直、このトンネルにはもう入りたくない……。

「明日、また探しに来ればいいんじゃない?明るいうちならまだ平気だろうし……」

俊一が消え入りそうな声で言った。

「そうだな……」

弘明が頷く。

「まずは、ここから離れよう……」

弘明は俺たちの顔を見回す。

そして、皆無言で車に乗り込んだ……。



次の日。

俺たちは朝早く、例のトンネルにやってきた。

正直、もうこの中には入りたくない。

でも、孝がこの中にいるかも知れない……。

俺たちは顔を見合わせ、意を決してトンネルに足を踏み入れていった。

日の光があるためか、昨日よりも中が明るく感じられた。

「孝?いるのか?」

弘明が叫ぶ。

しかし、聞こえるのは、こだまする弘明の声のみ。

辺りを懐中電灯で照らすが、何も無い。

気づくと、一番奥まで来ていた。

「いないな……」

正は呟くように言った。

「仕方ない……引き返そう……」

俺の言葉に皆が頷き、出口に向かって歩き出した時……



「………で……だ……」



「ん?」

俺は後ろを振り返る。

だが、そこには冷たい壁があるだけだった。

「どしたの?」

俊一が首を傾げる。

「いや……なんでもない」

他の皆を怖がらせないよう、俺は何も無いように振舞った。

「行こう」

弘明が皆を促し、再び出口に向かう。

その後は、何も聞こえることなく、外に出た。

「いなかったな……」

正は俯きながら言う。

「そうだな……」

俊一も下を向いていた。

「警察に届けてもらおう」

弘明はしっかりした声で言った。

「このまま俺たちだけで探しても埒があかない。孝の家族に話して、捜索願を出してもらおう」

正と俊一は、無言で弘明を見つめている。

「そうだな。とりあえず、孝の家に行こう」

俺が言うと、3人は小さく頷き、車に乗り込んだ。


孝の家族は、俺たちの話を聞いて、愕然としていた。

だが、決して俺たちを責める事はしなかった。

それが、俺たちにとっては痛かった。

あの時、もっと気にしていれば……。

そんな後悔だけが頭の中をめぐっていた……。



その後、すぐに捜索願が出された。

俺たちは、再びあのトンネルへ向かった。

孝の家族と、俺たちが見守る中、警察の人達はいたるところを捜した。

トンネルの中、林の中……。

だが、孝を見つけ出すことは出来なかった……。



その日の夜。

俺はベッドの中で、天井を見つめていた。

頭の中は、あの時の恐怖と、後悔が渦巻いていた。

考えても仕方ないことはわかっていた。

でも、渦の中から抜け出すことは出来ないでいた。

その時、枕元に置いてあった携帯が鳴った。

ふと目をやると、そこには孝の名前が表示されてた。

「孝!?」

俺は、急いで電話に出た。

「もしもし?孝か!?今どこにいるんだ!?」

俺は電話に向かって呼びかける。

が、電話の向こうは不気味なくらい静かだった。

「孝!?」

もう一度名前を呼ぶ。

すると、思いもしない言葉が返ってきた。

「何で…助けて…くれなかったんだ…」

「え!?」

俺は言葉を失った。

そして、電話は切れた。

俺はあまりのショックに、頭が真っ白になった。

わかってはいたんだ。

俺たちにとっては、ただの後悔でも、孝にとっては辛いことだと。

でも、頭のどこかで考えないようにしてた。

あれは仕方なかった。

どうしようも無かった。

そう思い込もうとしていたんだ……。

俺はその場に力なくうなだれた。

すると、再び携帯が鳴った。

見ると、相手は弘明だった。

「もしもし?」

俺が出ると、声で何かを察したらしく、弘明はため息をついた。

『お前も、孝から連絡あったんだな……』

ってことは……。

「弘明も?」

俺の問いに、弘明は短く「あぁ」と返事をした。

『たぶん、他の二人にもいってるだろう……』

俺は何も言えなかった。

孝は俺たちのことを恨んでる……。

そう思うと、何も言えなくなってしまった。

『これから、もう一度あのトンネルに行ってみようと思うんだ』

俺は弘明の言葉をただ聞いていた。

『孝から連絡があった時間……昨日孝がいなくなった時間だ』

弘明の言葉で、時計を見る。

確かにそうだ……。

この時間、あのトンネルにいた。

『こうなったのは俺たちのせいだ……せめて……成仏できるようにしてやりたいんだ……』

弘明の声は少し震えていた。

「わかった。今から弘明の家に行くよ」

俺はそう一言だけ言い、電話を切った。



数十分後。

弘明の家の前には、昨日の4人が揃っていた。

「行くか」

弘明は、皆を車に乗るように促した。

弘明の家を出てから、誰一人言葉を発しなかった。

きっと皆同じ事を思っているのだと思う。


『孝は俺たちを恨んでる』


あの電話がそれを証明していた。

あの時間、やはり俊一と正にも電話があったらしい。

そして、俺と同じ事を言われた。

俊一は特に仲が良かった分、ショックは大きいはずだ。

どうにかして助けられていたら……。

こんな時も出てくるのは、後悔だけ……。

どうしよもないな……俺……。


数時間後。

あのトンネルに着いた。

やはり昼間とは違って、空気がどんよりとしている。

「行こう」

弘明が皆に懐中電灯を渡す。

皆は一度だけ頷き、歩き出した。

トンネルの入り口に差し掛かったとき、奥に人影を見つけた。

光を当てると、それは紛れも無く孝本人だった。

「孝!」

俊一は迷わず駆け寄った。

皆も後に続く。

「孝!」

正が呼びかける。

が、孝は下を向いたままこちらを見る気配は無い。

「孝……」

弘明が孝に歩みよる。

「……何で……」

下を向いたままの孝が呟く。

「何で……助けて……くれなかったんだ…」

その声は、電話で聞いた声と同じだった。

「あの時は……ごめん……。でも、仕方なかったんだ!」

俊一は一生懸命話しかける。

「気が動転してたし……正直自分のことで頭いっぱいで♯…」

俊一は俯いてしまう。

「何で……助けてくれなかったんだ……」

孝はさっきよりも強い口調で言った。

「孝、本当にごめん……。でも、俺たちこうして……」

「何で助けてくれなかったんだ!!」

正の言葉を遮るように、孝が叫ぶ。

その声は、憎しみに満ちていた。

「孝、俺たちは……」

「うるさい!!」

弘明の言葉を無視するように叫ぶ。

「お前らが俺を助けないから……」

そう言いながら顔を上げる。

孝の顔は物凄い形相だった。

「俺たちに出来ることなら何でもするから!!許してよ!!」

正が孝にすがりつくようにする。

「何でも……?」

孝は見下すように俺たちを見る。

「うん!」

正は笑顔で答える。

「じゃぁ……連れて逝っていい……?」

その言葉と共に、トンネルが地響きを上げ、崩れ始めた。

「!!」

天井がみるみる剥がれ落ちていく。

「やばい!!逃げろ!!」

皆、出口を目指して走っていく。

しかし、目の前に瓦礫が落ち、思わず立ち止まる。

それはまるで、俺たちがここを出ることを許さないかのようだった。

後ろを振り向くと、すでに孝の姿は無かった。



あっという間に天井は崩れ落ち、俺達はトンネルの中に閉じ込められる形になってしまった。

「そのうち救出が来るだろう。それまで、待とう」

弘明は、皆を落ち着かせるために言った。

しかし、懐中電灯も無くし、まったく明かりの無いこの暗闇の中、落ち着けるはずが無かった。

始めは皆で励ましあっていたものの、だんだんと口数は減り、沈黙が支配し始めた。

その時……

「やめろ!!離せ!!」

正の叫ぶ声がした。

「正!?どうした!?」

駆け寄りたいのに、動けない。

この状態がとても歯がゆかった。

「うわぁぁ!!」

正の悲鳴がこだまする。

「正!!正!!」

何回呼んでも、その後正からの返事が返ってくることは無かった……。

「孝だよ……」

小さな声でそう言ったのは、俊一だった。

「俺たちのこと恨んでるから……」

その言葉に、何も返すことが出来なかった。

また、沈黙が世界を支配する。

「俊一?弘明?いるか?」

なんとなく不安になり、名前を呼んでみる。

「あぁ」

弘明の声。

「……俊一?」

嫌な予感がした。

「俊一!?」

まただ……。

何でいなくなるんだ……?

「ここに来たのは間違いだったのかもな……」

弘明が呟く。

「俺たちだけでどうにかしようなんて……出来るはずが無いんだ……」

弘明の声は、いつもの彼からは想像も出来ないほどか細く、今にも消え入りそうだった。

俺は何て答えていいのかわからなかった。

確かに、俺たちだけじゃどうしようもなかったのかもしれない。

でも、何かしたいという気持ちは嘘ではなかった。

いや……孝のためではなく、自分の為だったのかな……。

俺の頭の中を絶望が埋め尽くしていく。

「なぁ、弘明?俺たちここから出れるのかな……?」

俺は静かに聞いた。

しかし、返ってきたのは、思ってもいない声だった。

「出さないよ……」

この声は……孝?

「孝!?いるのか!?」

呼んでみるが、反応は無い。

気づけば、さっきまで感じていた弘明の気配さえなくなっていた。

俺はいつまでここにいればいいんだろう……。

いつまでこうしていればいいんだろう……。

もう……わからない……。

どうせなら……殺してくれればいいのに……。

何で俺だけ……。

もう……どうにでもしてくれ……。



「同じ苦しみを……味わえ……」

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