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今日は久しぶりのデート。
彼、修は仕事が忙しいため、あまりゆっくりと会えない。
毎日連絡はくれるけど、やっぱり寂しい。
でも、ワガママを言って困らせることはしたくないから、我慢してる。
その彼が珍しく、私のために休みを取ってくれたのだ。
「最近忙しかったから」と言って彼は照れくさそうに笑った。
そんな優しい彼が私はとても好きだ。
正直、彼となら結婚しても良いと思ってる。
私ももう25だし、そろそろ落ち着きたいなんて考えたりもする。
修はどう思ってるんだろう?
私が待ち合わせ場所に行くと、修はすでに待っていた。
私を見つけると、彼は微笑みながら軽く手を振った。
私は彼の元へ駆け寄った。
「修早いね。もしかして、結構待ったりした?」
彼の顔を覗き込みながら聞く。
「待ってないから大丈夫だよ。まだ、予定より早いし」
優しく笑う彼。
「よかった。じゃ、行こうか?」
私はそう言いながら彼の手を握る。
「そうだね」
彼は微笑みながら私の手を握り返した。
映画のチケット売り場の前に来たとき、彼が急に立ち止まった。
「どしたの?」
私は不思議に思い聞いた。
「うん。ちょっとトイレ行きたいから、先にチケット買ってきてもらっても良いかな?」
彼は申し訳なさそうな顔をして言った。
「うん。いいよ」
そう返事をすると、彼はにこりと笑い、人ごみのほうへ消えていった。
でも、珍しいな。
いつもは必ず一緒に買いに行くのに。
まぁ、いっか。
私はあまり気にもとめず、チケット売り場へと向かった。
「大人2枚ください」
私は受付のお姉さんに言った。
「はい。2枚ですね」
お姉さんは笑顔で応対をしている。
その時、後ろに人の気配を感じた。
振り向くと、修が立っていた。
「早かったね」
私が声をかけると、修は微笑む。
そんなわたしたちのやり取りを見ていたお姉さんが、私たちに声をかける。
「お客様?」
振り向くと、お姉さんが不思議そうな顔で私を見ている。
「何か?」
私が訪ねると、お姉さんは少し慌てたようにチケットを渡す。
「いえ。こちらがチケットになります。ごゆっくりどうぞ」
なんだろ?
私おかしなことしたかな。
その後、私たちは飲み物を買い、劇場に入った。
劇場内はすでにたくさんの人が座っていた。
私たちは、後ろのほうの席に座ることにした。
「楽しみだね」
私は修の顔を覗きこみながら言った。
「そうだね。美月は特に楽しみにしてたもんね」
そう言いながら、修は私の頭を撫でる。
「うん」
私は大きく頷いた。
その時。
「すみません」
声のしたほうを見ると、カップルが私たちの脇に立っていた。
通りたいのかな?
私が避けようとしたとき、彼氏らしき人が口を開いた。
「隣、空いてますか?」
隣?
あぁ、修の隣のことかな?
空いてるけど荷物置きたいしな。
「すみませんけど、ここは空いてないです」
私が言うと、彼らは少し不思議な顔をして去っていった。
空いてないんだもん。
仕方ないじゃん。
そう思っていると、私の気持ちを察したのか、修が私の頭をポンポンと軽く叩いた。
修のほうを見ると、修は静かに笑っていた。
でも、その笑顔がなんだか悲しげに見えて、胸が痛かった。
「おもしろかったねぇ」
私は修の腕に抱きつきながら言った。
「そうだね。思ってたよりも、迫力あったし」
修も満足そうに言った。
「続編がでたら、また観に来ようね」
私が言うと、修は何も答えず、ただ微笑んでいた。
その笑顔は、さっき劇場で見た笑顔と同じだった。
儚げで、悲しそうな笑顔。
私はそんな修を見たくなくて、わざと話をそらした。
「この後どうしようか?ご飯でも食べに行く?」
私が聞くと、修は少し考えてから「そうだね」と笑った。
私たちは、行き付けの居酒屋に行くことにした。
二人ともお酒好きなので、デートをするといつもここに来てしまう。
色んなお酒もあるし、料理もおいしいので、二人ともお気に入りなのだ。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、お店の店長だった。
「こんばんは。また来ちゃった」
私が言うと、店長は嬉しそうに笑った。
「何回でも来てよぉ。美月ちゃんなら大歓迎だよ」
そう言いながら、店長は私たちを席へと案内してくれた。
「まずは生で良いかな?」
店長は、笑顔で聞く。
「うん。二つ」
私が言うと、店長は一瞬きょとんとした。
「二つでいいの?」
私は店長の言葉の意味がわからなかった。
だって、二人居るんだもん。
二つ必要でしょ。
「うん。二つでいいよ」
私がそう言うと、店長は不思議そうな顔をして、奥へ下がっていった。
「店長、何であんなこと聞くんだろうね?」
修に聞くと、何も言わず、また悲しげな微笑を見せた。
「美月、何食べたい?」
修は、首を傾げる私の前にメニューを開く。
「好きなもの頼みな」
ニッコリ笑う修。
今度は普通の笑い方だ。
「お待たせ」
そこに、店長がビールを持って戻ってきた。
「ありがとう」
私は店長からビールを受け取ると、修の前に置いた。
「注文は決まったかい?」
店長が、メモ帳を手に聞く。
「うん。えっと」
私はいつも頼むメニューを注文した。
すると、店長が心配そうな顔をして私を見る。
「美月ちゃん。こんなに頼んで大丈夫かい?」
え?
だって、修と来たときはいつもこの位頼んでるのに。
私はそう思いながらも、笑顔で頷いた。
「何か今日の店長、変だね」
私の言葉に、修は静かに笑っただけだった。
「そろそろ帰ろうか?」
時計を見ると、もうすぐ12時を回るところだった。
「そうだね。明日も仕事だしね」
そう言って、私が席を立とうとした時。
「俺、トイレ行って来るから、これで払っといて」
修は財布だけ置いて、トイレへと向かっていった。
何か、今日の修は少し変な気がする。
そう思いつつも、私はお会計をするため、レジへと向かった。
「おっ。美月ちゃん帰るのかい?」
私を見つけた店長が、こちらに近づいてきた。
「うん。明日も仕事だし」
私が言うと、店長は少しまじめな顔をして話し出した。
「何か辛いことがあるんなら話聞くから。いつでも来なよ?」
店長の言いたいことがいまいち理解できない。
何が言いたいんだろう?
私が首を傾げると、店長は私の肩を叩いた。
「ま、無理はしないようにな」
そう言い残して、店長は店の奥へと消えていった。
何なんだろう?
不思議に思いつつも、私は会計を済ませ、店の外に出た。
しばらくすると、修が店から出てきた。
「おまたせ。帰ろうか?」
修は、私の肩に手を回しながら言った。
「うん」
私たちは寄り添うようにして、店を後にした。
私の家の前に来たとき、修が立ち止まる。
「どしたの?」
私が聞くと、修は急に私を抱きしめた。
「ど、どうしたの?」
私は驚いて、固まってしまう。
「美月…ごめんね」
彼が、何に対して謝っているのか、私にはまったくわからなかった。
「今まで美月には、辛い思いばかりさせちゃったよね」
耳元で聞こえる修の声は、なんだか悲しそうだった。
「あんまり会えなかったり、会ってもゆっくりできなかったり。でも、美月は何も言わず、俺についてきてくれた」
修の腕に力がこもる。
「そんな美月のことが好きだよ。愛してる」
私はなんだか恥ずかしくて、体を離そうとする。
でも、修の腕は、私を離そうとはしない。
「誰よりも美月のことを愛してる。だから、君ことを縛りたくないんだ。君には幸せになってほしい。だから、あれは俺が持っていくから」
修は、私の顔を見ると、優しく微笑む。
「これから先も、ずっと美月を愛してる」
修の唇が私の唇に触れる。
「さよなら」
そういい残し、修は去っていった。
私は、何の話をされたか理解できずにいた。
別れ話?
でも、愛してるって。
この先もずっと愛してるって。
だけど、さよならってどういうこと?
その時、携帯が鳴った。
画面を見ると、修の家からだった。
「はい」
かけてきた相手は修のお母さんだった。
「美月ちゃん?落ち着いて聞いてほしいんだけど」
私は嫌な予感がした。
その予感が当たらない事を祈りながら、お母さんの次の言葉を待った。
「修が事故で亡くなったの…」
え?
「いつですか…?」
「お昼ごろ…美月ちゃんに会いに行く途中に…」
嘘…。
だって…さっきまで一緒に…。
その後、どうやって行ったのかは覚えてない。
気づくと、修の家に居た。
そこには、静かに眠る修の姿があった。
「修…?」
私は修に呼びかける。
しかし、返事は無い。
「起きてよ…修…」
修の頬に手を当てる。
冷たい…。
「修…ねぇ、さっきまで一緒に居たよね!?今日映画見に行ったよね?面白かったって…また見に行こうって言ったよね!?」
私は修の体を揺する。
でも、修の体は力なく横たわったまま。
「美月ちゃん…」
修のお母さんが、私を止める。
「修!起きてよ!!ねぇ…」
私は、修にしがみついて泣いた。
もう二度と、起きることの無い修に何度も呼びかけながら…。
その後の日々は、あっという間に過ぎていった。
何日か過ぎた頃には、修は小さな箱になっていた。
その事実が、私にはまだ受け入れられなかった。
次の日になったら、またいつもの優しい笑顔で帰ってきてくれるんじゃないか…毎日そんなことを思っていた。
そんなある日、修のお父さんとお母さんが私の家にやってきた。
憔悴しきった私を見て、二人はとても辛そうだった。
「美月ちゃん…元気出してちょうだい。今は辛いかもしれないけど…」
お母さんは私の背中をさすりながら言った。
「実は、今日来たのは、美月ちゃんに話しておきたいことがあったからなんだよ」
お父さんは、ゆっくりと話し始めた。
「事故があった日、修は君にプロポーズするつもりだったんだよ」
…え?
「前の日にね、私たちに指輪を見せてくれたのよ。明日美月ちゃんに渡すんだって」
お母さんは私の頭を撫でながら言った。
「修は本当にあなたのことを大切に思っていたよ。私たちに毎日のように君の事を話すんだよ。学校の話をする小学生みたいにね」
お父さんは、クスリと笑った。
修が…私のことを…。
気づくと、涙が頬を伝っていた。
「だからね、私たちにとって、あなたは娘も同然なのよ」
そう言いながら、お母さんは私を抱きしめた。
「お母さん…」
私はお母さんたちの優しさと、修の愛で胸がいっぱいになった。
「でも、どこをさがしても、その指輪が見つからないんだよ。確かにあの日、修が持って出かけたはずなんだが…」
お父さんは首を傾げた。
「その指輪なら…」
私は、お母さんから離れながら言った。
「たぶん、修が持っていったと思います。彼、最後に言ってました。私を縛りたくないから、あれは俺が持っていくって…」
お母さんは、私の言葉を聞くと、静かに涙を流した。
きっと、あの日のデートは修の最後の優しさだったんだと思う。
今思えば、おかしなことはたくさんあった。
でも、修は最後まで何もいわず、側に居てくれた。
確かに彼と二度と会えないのは辛い…。
でも、修がいつも見ていてくれると思えば、なんだか元気になれるような気がした。
私は、これから修の分まで、幸せにならなくちゃいけない。
それが、私にできる、精一杯の修への愛情表現だから…。
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