交通事故

私はその日、残業で帰りが遅かった。

バスはもう走っていない。

会社から家まではバスで15分程なので、歩いて帰れない距離ではない。

タクシーを捕まえるのもめんどくさいし、私は歩いて帰ることにした。




私の家は大通りに面しているが、あまり都会ではないので少し薄暗い。

さすがにこの時間になると車はほとんど通らなくなってしまう。

「早く帰ろ」

夜道が苦手な私は、いつもより早く歩いた。

もう小走りに近いくらい早く歩いた。

残業をさせた上司を恨みたい……。


しばらく行くと大きめな交差点が見えた。

交差点はこの時間でも明るい。

私は急いで交差点まで歩いた。

その時、私の横をものすごいスピードでバイクが走り去っていった。

いったい何キロくらい出ていただろうか?

いくら車が走っていないとはいえ出しすぎだろう。

そう思いながら交差点に差し掛かったとき……


ガシャンッ……………………ドサッ………


一瞬何が起こったのかわからなかった。

わかっていることは、私の目の前に頭から血を流し、顔を真っ赤に染めた男がこちらを見ていることだけ……。

私は無言でその場から去った。

救急車とかそんなことまったく頭になかった。

今見た現実があまりにも強烈過ぎて、頭が真っ白になっていた。




次の日、出勤前にニュースを見ていると昨日の事故がやっていた。

どうやら、私の横を通り過ぎたバイクが信号無視をして、4トントラックと衝突したらしい。

その衝撃で私の前にあの男が飛んできたようだ。

男はヘルメットをしていなかったので即死。

トラックの運転手は軽傷だそうだ。

朝から嫌な事実を知らされた……。

私は少し沈んだ気持ちで家を後にした。




その日の夜、私は早く床についた。

ここのところ仕事が忙しかったので、疲れがたまっていたようだ。




私は夢を見た。

とても現実的な夢を……。

それは昨日の事故の夢だった。

まったく同じように男は私の前で横たわっていた。

夢の中の私はただそれをじっと見つめている。

すると、目の前の見知らぬ男が口を開いた。

「オ前ノセイダ……」


「やっ……」

私は飛び起きた。

体中汗でびっしょりになっていた。

……なんて夢だろう……。

きっと朝ニュースで事故のことを見たからだ……。

早く忘れなくちゃ……。

私は寝るのが怖い気もしたが、時間はまだ深夜1時。

寝ないわけにもいかないので恐る恐る眠りについた……。




その後は同じ夢を見ることはなく無事に朝が来た。

が、次の日も、その次の日も必ず同じ夢を見た。

そして夢の中で男は同じことを口にする。

「オ前ノセイダ……」

私は日に日に疲れていった……。

1週間後には寝ることもできなくなってしまった……。

このままでは、生活に支障が出てしまう……。




私は会社の昼休みに薬局に向かった。

睡眠薬を買うためだ。

飲まないよりはいいだろう……。

今日こそ寝れるといいのだが……。




その日も仕事がなかなか片付かず、残業になってしまった。

私は疲れきっていた。

タクシーを呼ぶのも、待つのも嫌なくらいだった。

仕方なく歩いて帰ることにした。

「早く寝たい……」

私は思わず独り言を言っていた……。


しばらく歩くとあの交差点に差し掛かった。

私はそれまですっかり事故のことを忘れていた。

覚えていたら歩いて帰ろうなんて思わなかっただろう……。

「やだ……」

私は早く交差点を過ぎたかったので、走って通ることにした。

その時、私の横をバイクだ通り過ぎた……。

「まさか……」

そう思ったとき……


ガシャンッ………ドサッ……


また事故がおきた。

しかも、前と同じように血だらけの男が私の前に横たわっている。

「イヤッ!」

私は男をよけ、走り去ろうとした。

しかし、死んでいるはずの男が、私の足を掴んだ。

私は思わず転んでしまった。

「キャッ!!」

男は私の方を振り返る。


「マタ逃ゲルノカ……」


男は私の足を掴んでいる手に力を込めた。

「痛いっ!」


「オ前ノセイダ……」


私は恐怖のあまり気を失った……。


次に目覚めたのは、自宅のベットの上だった。

隣には心配そうに私の顔を覗き込む同僚がいた。

「大丈夫?あんた、道路で倒れてたのよ。ちょうど通りかかった警察が保護してくれたんだって」

道路で倒れてた?

「私のほかに男の人がいなかった……?」

聞くのは怖かったが、聞かずにはいられなかった。

「男の人?いなかったわよ?」

同僚は不思議そうな顔をしていた。

じゃぁ、あれはなんだったんだろうか……。

「いたっ……」

起き上がろうとしたとき、右足首に痛みが走った。

「まだ起きない方がいいよ。倒れたときに足くじいたみたいよ?」

……違う。これはきっとあの男に掴まれた時のものだ……。

よく見ると、手形が残っている……。

やっぱりあれは夢じゃなかったんだ……。

現実なんだ……。




次の日、私は痛い足を引きずりながらあの交差点へ向かった。

せめて、花だけでもあげようと思ったのだ。

それで許してもらえるとは思っていない。

でも、何かしたかった……。



それからあの事故の夢を見ることはなくなった。

しかし、あの足のあざが消えることはなかった……。

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