住人

私は、大学から一人暮らしを始めた。

ワンルームの手狭な部屋だが、家賃が安かったのでここに決めた。

多少不便はあるが、一人で住むには十分だった。

そんな私の部屋では、不思議なことが起こる。

物が無くなったり、場所が移動していたりすることがある。

はじめは、爪切りや目薬などの小さなものだったが、最近はリモコンや充電器などの場所が移動したりしていて困ることがある。

遂には、朝起きるとスマホの場所が変わるようになった。

スマホを目覚まし代わりに使っているので、探す事は容易なのだが、面倒臭いのは否めない。

そんなことが起きる不思議な部屋だが、影を見たり、声を聞いたりなどは全く無い。

身の危険を感じることもないので、そこまで気にしてはいなかった。



その日は、バイトも休みだったので、家で一人録り溜めたドラマを観ていた。

どれくらい観ていたのか。

気づけばもうすぐ日付が変わりそうな時間になっていた。

次の日は、朝からバイトが入っていたため、風呂に入って寝ることにした。

その時、テーブルの上にあったはずのスマホが無いことに気がついた。

部屋を見回すが、どこにも無い。

私は、テレビの裏やクローゼットの中など、見れるところはくまなく探した。

しかし見つけられない。

どうしたものかと途方に暮れていると、スマホの着信音が聞こえた。

音の方を見ると、スマホはベランダに落ちていた。

なんであんな所に…。

雨が降らなかったことに感謝しつつ、ベランダに向かうと窓辺で何かにつまづいた。

つまづいたと言うより、誰かに足を掛けられた感覚。

危ないと思った瞬間には、すでにバランスを崩していた。

私は咄嗟に両手を前に出す。

それが項をこうしたのか、ベランダの手すりに捕まる事ができ、転ぶ事を免れた。


「ちっ」


私の後ろから、舌打ちをする音が聞こえた。

驚き振り返るが、そこには誰もいない。

空耳だったのか?

私はスマホを拾い、部屋に戻った。

ん?

今、ベランダの窓開いてたよね?

今日は蝉も鳴かないほど暑く、私は全ての窓を閉めきり、エアコンを付けていた。

いつの間に開いていたんだろう。

昨日、バイトから帰ってきてから、一度も窓を開けた記憶はない。

背筋に冷や汗が流れる。

部屋の中を見回すが、変わったところも何も無く、人の気配も無い。

私の思い違いなのだろうか。

不思議には思ったが、謎を解く術はないので、仕方なくお風呂に入って寝ることにした。



服を脱ぎ、シャワーを浴びる。

ふと後ろに気配を感じた気がして、後ろを振り向く。

しかし、何もいるはずはない。

きっと考えすぎなのだろう。

そう思い、湯船に入ろうとしたとき、明らかに後ろから誰かに押された。

その拍子に足を滑らせ、私は頭から湯船に落ちる。


バチャンッ


突然のことで驚きながらも、腕をばたつかせ、浴槽のふちを掴む。

そのまま上がろうとするが、見えない何かに頭を押さえられ、上がることができない。

そうしている間に、みるみる苦しくなっていく。

何度上がろうとしても、何かの力が強すぎて頭を上げることができない。

抑えてる何かを避けようとするが、それを触ることもできない。

それでも、できる限り上がろうと努力する。

ダメだ……意識が遠のいていく。

だんだん力が入らなくなってきた。

力尽きかけそうになっていると、部屋に置いてあったスマホの着信音が鳴り響く。

その音に反応したように、頭を押さえていた力が緩む。

私はこの時とばかりに、両腕に力を込めて、勢いよくお湯から顔を出す。

苦しさから解放され、咳き込む。

咳き込みながらも辺りを見回すが、何もいない。

私は、軽く体を拭き、タオルを巻いてスマホのところに行き着く。

すでに着信は切れていたが、履歴には母の名前が表示されていた。

すぐに折り返し電話をする。

「もしもし?あんた大丈夫?」

私が何も言っていないのに、母は私の心配をする。

「あんた何かあったんじゃないの?大丈夫なの?」

私があっけにとられていると、畳みかけるように質問してくる。

「大丈夫じゃ……ない……」

母の声を聞いたせいか、急に恐怖が込み上げてきて涙が出る。

「あんた、一回こっち戻ってきな。新しい部屋探そう」

母は、何があったのかわかっているかのように言った。



その後、私はその部屋をすぐに引き払うことにし、実家へと戻った。

実家から大学へ通うのは少し大変だったが、あの恐怖に比べれば、どうということはなかった。

実家に戻った際、母になぜあの日あったことが分かったのか尋ねると

「あの日、リビングにあった家族写真が落ちたのよ。その時、あんたの所にだけにひびが入って、なんとなく嫌な予感がしたのよね。電話してみたけど出ないし」

とのことだった。

虫の知らせなのか、母の直感なのか、それはわからないが、母の電話がなければ、私は間違いなくあの日死んでいた。

母にはどれだけ感謝してもしたりないくらだ。


後日、部屋の引き払いの際に不動産屋に事の顛末を話すと、担当者の顔がみるみる青ざめていった。

この部屋は事故物件では無いものの、長く住んでいた人はいないという。

事故物件では無いので、説明する必要もないかと思っていたのだとか。

今回の件で事を重く見たのか、その後は説明してから貸すようにすると言って、何度も頭を下げていた。


結局、最初に物が移動したりしていたのも、あの何かのせいなのか、別の何かが私に危険をらせていたのか……今となってはわからない。

だが、今後は値段だけで物事を判断するのはやめようと思った。

そこには、必ず何かしらの理由があるはずだから……。

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