指紋

その日俺は、久しぶりに連休をもらえたので、一人買い物に出かけることにした。

これといって何を買おうというわけではなかったが、たまにはゆっくり買い物するのもいいかと思いついたのだ。

本当なら、彼女と旅行でも行きたいところだが、生憎彼女はいない。

というよりも、作っていない。

体だけの関係の子や、遊びに行く女の子は何人かいる。

しかし、仕事も忙しいし、特定の一人を作るつもりはなかった。



俺は車に乗り込み、家を出た。

まずはどこへ行こうか。

たまには、雑貨屋なんかをブラブラするのもいいな。

そう思いながら信号待ちをしているとき、俺は運転席側の窓が汚れているのが目に付いた。

「手の跡?」

それは人間の手垢だった。

綺麗にくっきり残っている。

おおかた、誰かが車の中でも覗いたんだろう。

住宅街に住んでるわけだし、まぁ、これといって問題ない。


プップー


後ろの車にクラクションを鳴らされてしまった。

どうやら、窓を眺めているうちに信号が変わったらしい。

帰ったら拭いておけばいいだろう。



次の日、朝早く俺の携帯がなった。

休みの日くらい朝はゆっくりしたいのに……。

携帯を見ると、友人の絢だった。

「もしもし」

「もしもし?ひろ君?朝早くごめんね」

ホントだよ。

「大丈夫だよ。どした?」

俺は優しく答えた。

「今日休みだよね?今から会いたいんだけど……」

絢は少し遠慮しながら言った。

「いいよ。どこで待ち合わせにする?」

「ホントに!?」

絢の声はとても嬉しそうだった。

「ホントだよ。待ち合わせはいつものところでいい?」

いつもの所というのは、彼女の家の近くのコンビニだ。

「うん。大丈夫」

彼女は弾んだ声で答える。

「じゃぁ、また家出るときに連絡するから。」

「うん。わかった!」

そう言って俺たちは電話を切った。



実は彼女は体だけの関係の子なのだ。

しかし、彼女は俺に気があるらしく、たまにこうして会いたいと連絡してくる。

絢は普通に可愛いと思うし、尽くしてくれる。

これといった欠点はないのだが、付き合う気にはなれない。

こんな感じの子があと二人くらいいたりする。



電話を切ってから30分後、支度を終えた俺は家を出た。

車に乗ったとき、俺は少しムッとした。

なぜなら、フロントガラスの運転席側に手の跡がついていたからだ。

しかも、一つではなく、3つくらいついている。

どこのクソガキの仕業だ。

俺は仕方なく家に戻り、雑巾を待ってきて窓を拭いた。

よく見ると、それは子供の手にしては大きい気がした。

「…女?」

男ほどは大きくなく、子供ほどは小さくない。

女の手の跡か?

まぁ、今はそんなことどうでもいい。

早く行かなければ。

可愛い奴隷のもとへ。



絢とは夕方に別れた。

絢はもっと一緒にいたいと言っていたが、また近いうちに会うことを約束して帰ってきた。

俺的には、事がすめば問題ないからだ。

俺は家に帰り、ゆっくりすることにした。

今日は朝から絢に起されてゆっくりできなかったし。

俺がテレビをつけながらソファーに座ったとき……


バンッ!!!


出窓の方から窓を思いっきり叩く音がした。

びっくりしたが、何があったのか確かめに行った。

これといって何もない。

きっと悪戯だろう。

俺の部屋はアパートの1階だし、近くの子供が……


バンッ!!!


俺が窓に背を向けた瞬間だった。

また窓を叩く音がした。

すぐに振り向いたが、何もない。

何か気持ち悪いな。


♪~♪~♪~


「うわっ!!」

今の音で少し怯えていた俺は、着信音にまで驚いてしまった。

我ながら情けない。

「もしもし?」

「ヒロか?智樹だけど」

相手は悪友の智樹だった。

こいつは俺より悪だと思う。

「どした?」

智樹が電話してくるときは、大抵新しい女の話だ。

「いや、一応お前には伝えとこうかと思ってな」

いつになく神妙な感じだな。

「なんだ?」

智樹は少し間をおいてから話し始めた。

「お前が前に遊んで捨てた女でミカっていただろ?」

確かクラブでナンパしてお持ち帰りした子だ。

「19歳の女子大生で、確か一週間くらい前に終わった」

その後もしつこく連絡きたんだよな。

「その子、二日前に自殺したらしい」

自殺?

「何で?」

俺には理由がわからなかった。

「お前、遊びだとかか言わなかったか?」

「しつこかったから、本当のこと言ったけど?」

まさか、そんなことでか?

「それだよ。俺のセフレの中にその子と同じ大学言ってる子がいるんだけど、男に遊ばれて捨てられたショックで、手首切って自殺したって噂になってるらしいぞ」

俺のせいかよ。

「話それだけ?」

俺は平静を装った。

「それだけって……。いくらなんでもまずくないか?お前、遊ぶのはいいけど、そういう捨て方するのやめ


プチッ


俺は強制的に電話を切った。

今は頭が回転しない。

誰とも話したくなかった。

俺が捨てたから死んだのか?

それくらいで?

確かに俺に惚れてたのは知ってる。

付き合って欲しいって何回も言われた。

でも、めんどくさいから断ってた。

そのうち、家の前で待ってたりとか、会社まで来るようになってきたから捨てた。

その後、何回も電話が来てウザかったから本当のことを全部言ってやった。


『元からやりたかっただけなんだよ。相手は誰でもよかったの。わかる?遊びだったの。元からお前を彼女にするつもりなんてないよ』


そしたら、泣きながら走って帰っていった。

その後連絡来なくなったから諦めたのかと思ってた。



どのくらいたっただろうか?

俺はしばらく呆然としていた。

俺は何も考えたくなかったので、寝ることした。

「風呂だけ入るか」

明日から仕事だし、風呂だけは入っておこう。

そう思って脱衣所に行ったとき、俺は寒気がした。

鏡に指紋がついている。

俺は鏡なんて触ってない。

ついさっき付いたかのように、しっかりと付いている。

そう思いながら鏡を見ていると、鏡にもう一つ指紋が浮かび上がってきた。

それは、さっきの指紋の下に出てきた。

何だ?

何が起きてる?

いや、風呂は明日入ろう。

きっとさっきの話で気が動転して、幻覚を見たんだ。

きっとそうだ。

そうに決まってる。



ビチャ!!



その音は寝室から聞こえてきた。

濡れたもので何かを叩く音。

恐怖心はあったが、何かに誘われるように確認しに行く。

恐る恐る寝室へ行ってみる。

電気をつけると、窓に真っ赤な血のついた手形が残っていた。

しかも、手形からは血が滴り落ちている。

「誰だよ!!!」

俺は恐怖のあまり叫んでいた。

「誰かいるなら出て来いよ!!!」

誰もいないことなんてわかっていた。

でも、何かしゃべっていないと怖かった。


『許さない』


それはどこからともなく聞こえてきた。

恨みと殺気に満ちている低い女の声。


『同じ目に合わせてやる』


声は先程よりも近づいている。

何かわからない気配すら感じる。

その気配は少しずつ移動し、近づいている気さえしてくる。

ここにいたら殺される。

俺はそう思って玄関まで走ろうとした時、左腕に激痛が走った。

「いっ!!!」

あまりの痛みにうずくまる。

痛すぎて言葉にならない。

左腕を見ると、手首に赤い筋が入っていた。

その筋はだんだんと濃くなり、やがて傷となっていく。

まるで刃物で切ったかのようにパックリと開き、血が溢れ出す。

その血は容赦なく流れ、俺の足元を赤く染めていく。

し、死にたくない……。




『友人の岡本裕樹さんが亡くなりました。その件で、お話を伺いたいのですが』

それは突然の電話だった。

昨日俺と電話したあと、裕樹は亡くなったらしい。

俺が最後に連絡をとった人物のようだ。

もちろん俺に思い当たる節などない。

自殺をするような奴でもないし。

と思っていたのだが、警察署で話をしている時に、ある映像を見せられた。

「この方に見覚えはありませんか?」

それは、裕樹の向かいの家の防犯カメラ映像だった。

そこには、ワンピースの女が裕樹のアパートから出てくる所が映っていた。

その女はミカだった。

いるはずの無い女が映っている。

こんなこと何て説明すればいいのだろうか。

きっと馬鹿なことを言っていると信じて貰えないだろう。

ただ、確実に言える事は、裕樹はミカに殺されたということ。

それだけだ……。


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