魔王と征く修羅のダンジョン

テリオス

第1話 魔力測定


「これより魔力測定を行う。二人とも、準備は済んでいるな」


 低く威厳に満ちた声が静まり返った大広間に響く。


 伝統ある伯爵家の一室は、古いながらも常に美しく保たれ、そこに置かれた様々な調度品は歴史の重みを感じさせる。

 華美ではなく重厚と言える室内には、左右に数人の関係者が列席し、その中央、上座と言える場所には、先ほど声を発した領主である伯爵の姿があった。

 その前には小さなテーブルを挟んで二人の少年が立っている。


 これから行われるのはその二人を対象とした魔力の測定だ。

 定期的に行われる魔力測定。それは伯爵領の次期領主を選ぶ為のものになる。今回の測定は目安となるものだが、今後、数度の測定を経て、どちらが選ばれるのか決定されるだろう。


「ノア、まずはお前からだ」

「はい、父上」


 まだあどけなさの残るノアと呼ばれた十三歳の少年。彼は薄茶色の髪をサラリと揺らし、その丸く大きな瞳を父親である伯爵へと向けた。

 ほんの僅かな時間交差する視線は父親の方から逸らされる。その瞳から窺える感情は何もなく、まるで物を見ているかのような無機質さがあるのみ。

 だがそれは今日に限った事ではない。怒るでもなく笑うでもなく、ただ淡々と自分の子に接する父親の姿はノアにとって見なれたものだ。時折、気まずそうな表情を見せる以外、感情を表に出す事はほとんどない。


 ノアは父親から視線をはずし、目の前にある小さなテーブルに載せられた、半透明の分厚い石板を見る。それは出来るだけ大きく切り出した魔石と呼ばれるもので、魔力を測定するために専門の技術者によって加工されたものだ。

 そこへ手を広げて密着するように置くと、傍らに控える従者により魔力を数値として変換されてからその場で発表される事になっている。


 やや緊張はしているが難しい事は何もなく、過去に何度か同じ事をしているので、ノアは必要以上に気負う事もなく測定を受ける。


 魔石の上に置かれたノアの手の指には伯爵家の紋章が刻まれた指輪が嵌めてあり、それを眺めながら手に魔力を込めていく。

 その指輪は幼少の頃に父親から渡されたもので、身分を証明する物でもある。なので常に身につけておくよう言い渡されている。特に魔法的な細工もない、ただの指輪と聞いている。

 ノアがその指輪をじっと見ていると測定の終了を告げられ、その手を石板から離す。


「ノア様の魔力測定が終了しました。結果は……七。測定結果は七です」


 一桁の数値で言い表せられたノアの魔力。それが多いのか少ないのかは、ノアの悔しそうに噛みしめられた口元を見ればわかるだろう。


「ハッハッハ、七だって? おいおいノア、それはあまりにも酷いだろ。生まれたての赤子の方がましなのではないか?」


 ノアを嘲笑いながらも厳しい目を向けてくるもう一人の少年。


「これが僕と競い合う次期当主候補とはね。本来なら恥を晒す前に自ら辞退するべきだろう」


 それに対し、ノアは視線を合わせる事もなく口を噤む。


「おい! 黙ってないで何か言えよ。だいたいお前は――」

「そこまでにしろ、アル」


 アルと呼ばれた少年の言葉は伯爵に遮られた。それでも少年は不服そうな表情を浮かべて言葉を続ける。


「ですが父上、このような測定結果では、ノアは才能もなく努力さえ怠る愚か者と断ずる他ありません。たったの七ですよ? 次期当主候補としての自覚などありますまい。私は父上の温情だけでこの場にいる愚か者が許せないのです」


 すると、伯爵はゆっくり息を吐いてからそれに答える。


「お前の言い分はわかった。だが今は魔力測定の為にこの場を設けている。ならば優先すべきはなんだ? しなければならない事をしなさい」

「……確かにそのとおりですね。申し訳ありませんでした」


 謝罪の言葉を述べてはいるが言いたい放題言った為か、アルは勝ち誇ったような表情をノアに向ける。


「では始めなさい」


 その言葉に従い、アルはノアと同じように石板へ手を置く。置かれた手の指には、これも全く同じ指輪が嵌められている。条件が変わる部分はないだろう。

 そして、しばらくすると測定の終了が告げられる。


「アル様の魔力測定が終了しました。結果は二十五。結果は二十五です」


 ノアの数値を三倍以上上回る結果を出したアル。再び勝ち誇った表情へ戻ると、その目は周りの者へと向けられる。


「さすがはアルね。よくやったわ」

「当然の結果ですよ、母上。ですがこれで満足する事なく、更なる研磨を積み上げてまいります」

「ええ、そうね。あなたはそれが出来る子だもの。才能もあり努力も怠らない。あなたは私の誇りよ」


 優しげな表情でアルを抱きしめて褒め称える彼の母親。その柔和な笑顔もすぐそばにいるノアへ向けられるとサッと変化する。


「それに引きかえノアはダメね。僅かでも努力すれば七なんて無様な数値はでないはずよ。当家に置いておく意味があるとは思えないわ」


 辛辣な言葉に表情を曇らせ下を向くノア。だが低い数値を出した以上、言い訳をしても意味がない。結果以上の説得力などないのだ。


 ――努力はしているのに……


 その言葉を呑み込み素直に謝ってしまおうと顔を上げる。するとアルの母親はノアが話すよりも先に鋭い声をあげる。


「なんなの、その眼は! やはりあの女の子どもね。人を羨むばかりで何の義務も果たさない。お前のような子はさっさと出ておいき!」


 ノアにそんなつもりはないが、相手は視線を合わせただけで気に入らないようだ。

 その言葉からわかるように、彼女はノアの実母ではない。数ヶ月早く生まれただけのアルは腹違いの兄となる。本当の母親はノアが生まれた直後に亡くなっている。


「もういいだろう。ノアもアルも自室に戻りなさい」

「まあ、あなた! 私の言い分が間違いだとでも仰りたいのかしら。ノアを庇うような――」

「そうではない。伯爵夫人たるもの、声を張り上げる事などあってはならん。淑女としての振る舞いを忘れてはならないのだ。それを指摘されるのは恥ずべき事だとは思わんか」

「ま、まあ、そうですわね」


 その場はなんとか収まり解散となる。アルとその母親はすぐに部屋を後にする。ノアは父親に対し「ありがとうございました」と小さく言ってから立ち去った。


「…………」



 ノアは自室へと戻らずに表へ出ると、広大な庭の片隅へと歩いていく。そちらには厩があり、数頭の馬と馬車やその為の工具などが置かれた場所がある。

 そこには厩番をする年若い男がおり、馬の手入れをしているのが遠目に見えている。

 ノアがそちらへ近づくと男も気づいたようで、笑顔を向けてきた。


「どうした坊、元気ねえな」

「ベンさん、それが……」

「ああ、今日は魔力測定だったな。その顔じゃあ、芳しくなかったか」


 自分が仕える家の者に厩番とは思えぬなれなれしさで語りかけるベンという男。だがノアはそんな事を気にするふうでもなくそれに応じる。


「僕が七でアルが二十五ですね……」

「二十五ねえ……まあ、そんなに気にしてもしょうがねえよ。実際、七でも二十五でも俺からすりゃ誤差みてえなもんだ」

「そりゃベンさんは高名な冒険者だったし、僕らの数値なんて同じかもしれないけど……」


 ベンはかつて冒険者という仕事をしており、その界隈でかなり有名人だったようだ。

 魔法や剣などの武力、様々な知識を用いて探索や討伐などを請け負う仕事。この世界には魔物と呼ばれる恐ろしい存在がおり、過去にはベンもそのような存在と戦ってきた。

 しかし、そういった仕事には怪我がつきものでもある。ベンは過去の討伐で大怪我を負い、足を傷めたために冒険者は引退したようだ。とは言え、見ただけではその影響は感じられない。無理をするのが良くないのだろう。

 現在は伯爵家の者に拾われ厩番を勤めている。


「いいかい坊。おめえは努力もしてるし人を思いやる心もある。魔力を伸ばすのも大事だが、それ以上に大事なものを持ってんだ。それを忘れちゃいけねえよ」

「ベンさん……」

「もう一人の坊はなあ……俺なんざ人扱いしてもらえねえぜ。そんな奴に人がついて行くか? 伯爵家当主ってのは一人でやる仕事か?」


 ベンに聞くところによると、アルは使用人たちからかなり評判が悪いようだ。気分で人を怒鳴りつけたり、理解もしていない仕事に口を挟む。嫌がらせでやめていった者もいると聞く。

 アルが次期領主に相応しいと考えている者は、母親とその母親が嫁入りの時に実家から連れてきた従者がほとんどを占めている状態だ。だが、その比率は年々変化を見せてきてもいる。そこに絡んだ原因には、アルとその母親の存在が大きい。家中に自分たちの味方を増やすにはどうするか。敵を減らす。味方にならない者を減らす。そんな考え方もあるだろう。そのために嫌がらせで人を辞めさせるのだろうが、元々の気質もないとは言えない。


「まあ、俺みてえな厩番程度は相手にされてねえがな。それに坊も一応は魔法が使えるだろ? 魔法ってのは使うほど伸びるもんだぜ」

「そうなんだけど、僕のは……」

「アイテムボックスだったか。ありゃ便利な魔法だ」


 ノアが現在使える魔法はひとつだけ。その魔法をアイテムボックスと言う。

 簡単に言うとあらゆる物品を見えない空間にしまっておく事ができる魔法だ。手ぶらである程度の荷物を所持する事ができるので、便利と言えば便利だろう。

 その魔法が使える者はポーター、いわゆる運搬の仕事に従事する者が多い。かつてベンの所属していた冒険者ギルドや商業ギルドで重宝されており、所持能力の高い者は、大店に専属で雇われていたりもする。

 しかしながらこのアイテムボックスという魔法、実際は様々な魔術体系のものがあるようで、わかっていない部分も多い。

 例えばその容量。これは人によりまちまちで、相当量の荷物を運べる者から仕事で使うには頼りない容量の者まで様々だ。

 時間経過により腐食するものも、ほとんど腐らない、腐りにくい、普通に腐るなど違いがある。

 物の出し入れについても同様で、思い通りに物を出し入れできる者から必要な物が見つかりにくい者など、その違いは多岐に渡る。

 そこには基礎的な魔術体系の違い、そして術者の能力が大きく影響しているのだろうと考えられている。

 そんなわからない事の多いアイテムボックスではあるが、共通認識としてやってはいけない、禁忌のように考えられている事がある。

 それはアイテムボックスに人を入れる事。そもそも生き物を入れようとすると、それの持つ魔力か生命力の影響かわからないが、アイテムボックスがそれを拒否するようだ。

 よくよく考えれば、そこは元々生物が生きる為の空間ではないので、それも道理と言えるのかもしれない。しかし、術者に限ってはアイテムボックスの中へ入る事ができる者もいる。

 だがこれも安全とは言い難く、今まで自分のアイテムボックスに入った者で生還した者はいないとされている。

 昔はその魔法を使える死刑囚を実験台にし、様々な研究が行われてきた。

 死刑の免除と当面の生活費という報酬により、その実験は幾度となく繰り返されたようだ。しかし、そもそもアイテムボックスを使える者が少なく、実験の適任者を探すのが容易ではない事から、今はその様な実験は行われていない。


 ノアはそんな魔法をいつの間にか使えるようになっていた。しかし、その容量はせいぜい大人一人分の体積程度。個人で使うには良いが、ポーターとしては今ひとつ頼りない。それくらいならアイテムボックスがなくても運べてしまう。それに伯爵家に属するノアにはそれ自体ほとんど必要ない。基本的に荷物は従者が持つものだ。なので、ノアは周りから魔法を使えると認識されていない。ノアのアイテムボックスはほとんど使う機会がなく中途半端、と言い表すのが適切だろう。


「当主候補の魔法だと、やっぱり攻撃魔法じゃないと……」

「まあな、領軍を従えるならある程度の力は欲しいよな」


 貴族の領地には土地と民を守る為の軍隊や騎士団が必要になる。武力によって領地を守るのは最も重要な仕事の一つと言えるだろう。そして当主がその最高位を兼任する場合も多いのだが、そんな地位にありながら全く武力が使えないのでは話にならない。戦った事のない者に軍の指揮など出きるはずもない。

 ノアのいる伯爵家はその基準を魔力に置いている。なので魔力の測定が行われるのだ。もちろん全ての貴族が同じではなく、それぞれの方針があるのだろう。しかし伯爵家でそれを基準にしている以上、魔力の多い者が次の当主となる可能性は高い。


「もう一人の坊は攻撃魔法を使えるのか?」

「うーん、前に小さな火球程度は使えると別の使用人から聞いてはいるけど、それでも僕よりはましだしな」

「ハッハッハ、小さな火球ね。焚き火でもすんのかい」


 その程度では話にならないと笑い飛ばすベン。


「でもまあ、不安はあるかもしれねえが、そんなに気にする必要はないぞ」

「そうかな、そうだよね」


 おおらかな性格であるベンと話していると、ノアの心も落ち着いてくる。励ましてくれているのはわかっているので、いつまでもクヨクヨしてはいられないだろう。それではベンにも申し訳がない。


「ねえ、ベンさん。また冒険者の頃の話をしてよ」

「おいおい、俺は仕事中だぞ。じゃあすげえ美人のエルフの冒険者の話はどうだ。ありゃたまんねえぜ」


 拒否しながらも話を続けてくれるベン。ノアにとってはアルよりもベンの方が、兄のように感じているのだろう。

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