騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。21
翌日になり、すっかり体力と気力を回復した修道女エリシュは、けろりとしたものだった。いつもの通り平然としていて、その表情は無感情の形をとりもどしている。
粛々と帰り支度を始める修道女エリシュをみて、騎士ジョアンは情けない声を上げる。
「もう何日か養生していってもいいじゃないですかあ。これからまた歩いて帰るんですよ? エリシュ様だって、お疲れでしょうに。数日の遅れは許容されているじゃないですか」
「許容されているというだけですよ、姉妹ジョアン。本山においてやらなくてはいけないことはいくらでも残っています」
支度を終える頃、ふと部屋の中に声が飛び込んできた。
「──お時間よろしいでしょうか、修道女さま、それに騎士殿」
修道女エリシュと騎士ジョアンは、その声につられて、聞こえてきた方──つまり北側の壁の方を向く。
壁を通り抜けて部屋に飛び込んできたのは、あの辛子色の帽子と衣をまとった宮廷魔術師だった。彼女は部屋の中に着地するなり、鼻と口を塞いでいた手を外し、ぷはあと息を一つ吐いた。
現れた宮廷魔術師の姿を見て、騎士ジョアンは苦々しい表情をした。二度目も出現となるとその壁抜けの魔術から受ける印象はずっと弱いものだが、そういえば、この宮廷魔術師の存在である。
その身体的特徴から、てっきり彼女は宰相の親族で、翻って宰相の血には魔術の因子が混じっているものと推測したのだが……
騎士の視線に気づいたのか、宮廷魔術師はにやりと笑って見せた。
「なに、この前の騎士殿の勘ぐりも、まるっきり見当はずれというわけじゃなかったんだ。騎士殿が疑っていたとおり、あたしは宰相の孫娘、現王妃の姪っ子なのさ」
「しかし、宰相の家には魔術師の血は混じっていないんだろう?」
「そう。あたしの魔術の因子はあくまで父親譲り。……その父親っていうのが、先王の隠し子なんだ。後継問題がややこしくなるからって宰相の家で保護しているうちに、男と女がくっついちゃったんだね」
「おいおい! 先王の隠し子が魔術の因子を持っているってことは……」
「たぶん先王の血にも、魔術の因子が混じっていたってことだろうね。もしかしたら、もっと前から……まあ、いまとなっては確かめる術もないんだけどさ」
「……この国の王家は、大丈夫なのか?」
「あはは!」宮廷魔術師は愉快そうに笑い声をあげた。「まあ、あの子の血は清いようだから、大丈夫でしょう。陛下も早々に王位を譲るつもりだというし。修道女さまと騎士殿が黙ってさえいれば、全ては平穏無事というやつさ……」
宮廷魔術師は懐を探り、そして包みを取り出した。先日と同様で、中身は金子であろう。
「先日も申しましたが」と修道女は不服そうに眉をしかめる。「そのようなものをいただかなくても、わたしたちはもとより──」
「袖の下があってもなくても変わらないのなら、もらっておいてくださいよ。その方がこちらとしては安心できますからね」
「……」
最期まで修道女は納得しかねているようだったが、結局その包みは騎士ジョアンが受け取り、本山への寄進として処理する運びとなった。
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