騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。16


「──なにをやっておるか、近衛」

 ミラシア王の声だった。扉の開かれた聖堂の戸口に現れたミラシア王は、あたかも聖堂内部の薄暗さと溶け込むかのようだった。顔色の悪さに加えて、厳しい表情をしている。

「陛下、お咎めはあとでなんなりと」と近衛隊長。「しかし今は身命を賭すべきときなのです。わたしはあの宰相の一族を信じることができない」

「あれは元はわが一族から臣に下った家であるぞ。王家と同じく、誇り高き反乱士族を祖としている」

「しかしそれは遥か昔の話でしょう! いまとなっては、どのようないかがわしい血が混じっているか分かったものではありません。……なにより、あの家の血を引く者に魔術師が出ています。本来ならば此度の縁定は、あってはならないものだった」

「だから、おまえは兵を挙げたのか」

「その通りです、陛下。われわれはもはや命も惜しくはありません。ただこの国の名誉をお守りしたいのです」

「名誉だと。その名誉とはなんだ」

「王権の正統性、血の清さにほかなりません。それがいま、汚されようとしている。このままでは王家が侮りを受けることになります。わたしたちはそれが耐えられません」

「余が止めろと言っても聞かぬか。……そうか。こうなっては仕方があるまい。ことのあらましをお前に教えよう──」

「陛下、それはなりません!」

 王の言葉を遮るように声を上げたのは、宰相だった。それまで不敵な沈黙を保っていた宰相は、急に取り乱す。

 ミラシア王は力なく首を振る。

「いいのだ。これは余の不徳がなすところだ」

「陛下、いまことのあらましと仰せられましたね! ぜひお教えいただきたい。やはり宰相の謀があったのですね」と近衛隊長は表を輝かせた。

 対して宰相は渋い表情で苦し気につぶやく。

「せめて人払いを……」

「であれば、この聖堂の中が相応しいであろう。王が生まれ、王が死ぬところじゃ」

 ミラシア王は仕草で近衛隊長と宰相を聖堂の中に招いた。さらに修道女の方にも向き直る。

「エリシュ様にも来ていただきたい。あなたのお言葉が必要だ」

「陛下、であればわたしも同席します」と、横からジョアン。エリシュ様が丸腰でこの武装した男と同じ空間にいるというのは認められなかった。

「よかろう」

 ミラシア王はゆっくりとうなずいた。

 ミラシア王、修道女エリシュ、騎士ジョアン、宰相が聖堂へと入っていく。

 続く近衛隊長は聖堂に入る直前、聖堂を取り囲む部下の近衛兵たちに身振りで指示を出す。何かあれば行動を起こせ、と伝えているであろうことを騎士ジョアンは見逃さなかった。

 そして、聖堂の扉は閉じられた。

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