騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。14
夕刻を迎える。
過去の例でいえばそろそろ修道女による結論がもたらされる時刻であるが、聖堂の扉はなかなか開かれようとしない。
すでに日は落ち、かがり火が焚かれる。
「エリシュ様も、まだお若いから……」
と高官のひとりがぽつりと漏らすのを聞いて、騎士ジョアンはそれを睨みつけた。
馬鹿なことを言うなよ、と彼女は心の中で罵る。あたかもエリシュ様が若くて経験不足がゆえに不手際があったかのような物言いが許せなかった。少し想定よりも遅れているくらいでがたがたと──
ふと、ジョアンは気が付いた。遠くからなにやら物々しい音が近づいてくる。それは武装した集団に近づいてくる音に他ならなかった。
そしてほかの者が気づくころには、もう遅かった。
夕闇の中から突如として現れたのは兵士の一団だった。
この王城の兵らしいが、儀式に臨む高官たちは彼らの出現をまるで予期していなかったようで、何事かと目を見開き、互いに顔を見合わせる。
宰相だけはは毅然とした姿勢を崩さないが、かがり火に照らされるその顔は苦々しい表情を形作った。
「どういうつもりだ、お前たち。外郭の警護はどうした。近衛隊の持ち場はここではないぞ」
「いいではありませんか、宰相閣下」と頭目と思わしき一人の兵士が進み出る。どうやら近衛隊の隊長らしい。その男は演技かかった調子で続ける。「洗礼の儀式といえば、国の行方を占う重大な儀式だ。われわれ近衛にも参観させていただきたい」
その言葉は白々しく、不穏当なものを隠しきれていない。隠すつもりもないのだろう。武力による威圧が彼らの目的であることは明らかだった。対する高官たちは丸腰だ。兵たちが最後の手段に出てしまえば、ひとたまりもない。
「そうか。では、好きにすればいいさ」と宰相は返した。
武装した兵に取り囲まれる形となり他の高官は動揺を見せるが、宰相は不遜な態度を変えようとはしなかった。
彼はじろりと近衛隊長を睨みつける。
「しかし、結果をどうにかしようとは考えないことだな。洗礼の儀式の結果は、あくまで修道女エリシュ様ただ一人がお決めになることだ」
「……結構なことですよ、宰相閣下。あんたの口からその言葉が聞けるとはね」
近衛隊長は平静を装うが、その言葉からは怒気が漏れ出ていた。
近衛隊はそのまま儀式の末席に加わった。結果、聖堂の入り口と参列者たちは取り囲まれる形となる。
義挙か、と聖堂の入り口を警護しているジョアンは思った。ついに反宰相派は最後の手段に出たわけだ。あるいは、これから最後の手段を使おうとしているのか。果たしてこの儀式が何事もなく終わるかどうか、雲行きが怪しくなってきた。
相手方に悟られないよう密かに素早く視線を動かし、近衛兵を数える。相手にできない人数ではないが、骨は折れそうだ。それに、いまこの場にいるのが全員かどうかもわからない。後詰めが控えているとすると、その全員を倒すことは難しいだろう。
いざとなったらエリシュ様を連れて逃げるのが手だな、とジョアンは考えた。エリシュ様の安全こそがこの場において──いやこの場に限らず唯一大事なことである。宰相閣下については、まあ、しょうがないことだろう。人々に疑いを与えた報いなのかもしれない。
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