騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。13


 薬をかがされた赤子は昏睡状態にあった。仮死状態といってもいいだろう。ある意味において、彼は今死んだのだ。洗礼の儀式を通過することで彼は王権の継承者として生き返ろうとしている。さもなくば、再び目を覚ますことはないだろう。

 明朝、聖堂において洗礼の儀式は始まる。これから丸一日をかけて、修道女が智慧でもって赤子の因子を読み解き、夕刻にはその結果をもたらす運びである。

 儀式を執り行う聖堂は、城壁の内部に併設されている。様式が古く大きくもないが、この石造りの聖堂は、王城の者によってあらかじめしっかりと清められていた。

 王権の正統性にかかわる重大な儀式であるが、慣例的に参列者の数は限られている。聖堂に籠る修道女と赤子、当代の王を除けば、数人の儀仗兵と高官が聖堂の外に待機するのみとなっている。これは万が一の場合を想定しているからだ。

 修道女に認められれば、これはささやかな祝典となる。冊立儀自体は後日改めて行われる。そして、もしも修道女に認められなければ、全てはなかったことになる。その子は生まれてこなかったとみなされ、公的には二度と言及されることもなく、そしてこの儀式についてさえも開催されなかったことになる。

 洗礼の儀式の成否における否の方については、公的な記録には残されないが、とはいえ実務上の必要があるため、各王権や砦の修道会の内部的な資料において密かに記録されることとなる。この非公開資料を読み解いてみれば、砦の修道会と諸王権による大陸秩序が発足して以来、大多数の場合は、特に問題もなく、新生児は王位継承者に相応しいと認められている。洗礼の儀式を担当する修道女としても、その生涯において、対象の新生児の因子に問題がありという結論を出す経験をする者はほとんどいない。

 そもそも、王族というものは長年にわたる洗礼の儀式によってその血の清さが担保されている。母体の方についても、その血について、近親者に魔術師となった者はいないかを調査するのが通例である。たとえ王が婚姻を望んだとしても、自らの血に疑義があるものはそれを辞退するのが当然とみなされている。

 そのため、普通ならば王の子に魔術の因子が紛れ込むことなど、ありえないことなのだ。

 しかし、それでも歴史上、その因子が不適合とみなされた子は存在している。新たに生まれた子に魔術の因子が混ざっていないかどうかは、洗礼の儀式を通してしか量ることができないのだ。

 まず修道女エリシュが聖堂に入った。お供の騎士ジョアンは入口にとどまり、そこを警護する。

 次はミラシア王が恭しく聖堂に入り、続いて赤子を乗せた輿が運び込まれ、運び手たちはそそくさと聖堂から退出した。

 聖堂の扉は閉じられた。洗礼の儀式の始まりである。

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