騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。11
宮廷魔術師は懐から出した包みを残し、壁の中から部屋に侵入したのと同じように、今度は壁の中へと飛び込んでいった。
部屋の中は、しんと静まり返ったようだった。
ジョアンは改めて、魔術師が吸い込まれるように消えていった壁を探ってみる。硬い感触があるだけで、まったく通り抜けられそうにないと、肉体で実感できた。
魔術──この世の道理を捻じ曲げる力、ありえない力、あってはいけない力。ジョアンは気味が悪くて、身ぶるいをした。
宮廷魔術師が残していった包みの中身は、金子であった。それも少なくはない額──人ひとりに渡す賄賂としては十分な額だった。
修道女エリシュは苦々しい表情をしながらも、それを騎士ジョアンに渡し、修道会への寄進とするように指示した。
「しかし、奇妙な話ですね」とエリシュは神妙な顔で言った。「宰相閣下に魔術師の血が混ざっていると疑う者から公正な判断を願われる一方で、今度はその宰相閣下の使いの者から同じく公正に判断してくれと要求されるとは。対立しているはずの両派が、同じことを望んでいる」
ジョアンも腕を組み、頭をひねった。
「宰相を気に入らない人間がそれを願うのは順当でしょうがね。なにか違和感があるのは、宰相派の方ですね。
あたしの見立てでは、あの宮廷魔術師が宰相の親族だっていうのは間違いないと思うんですが……だとすると、宰相の娘である王妃にも魔術の因子が受け継がれている可能性は高くて、それがさらに子供に遺伝している可能性もある。そしてその場合は、当然、洗礼の儀式によって判別されるわけだ。
子供に魔術の因子が認められると、当然、王位継承者とは認められず、その母親である王妃本人だって離縁の憂き目に会って、魔術師腹だとみなされて以後は子供を作ることも認められなくなる。その不名誉は親である宰相にも遡って、それ見たことかとあげつらわれ、糾弾されて、政治力も後退だ。完全に失脚することだってありうるだろうに……
んん? やっぱり、これって宰相にとっていいことがひとつもありませんね。だからこそ旅籠でもらった手紙なんかは、宰相がごまかしをしようとしているんじゃないかと恐れていたわけでしょうに」
さっきの魔術師の態度からすると、結果をごまかすようにと言外に要求されている風でもなかった。大金を積んでまで、公正な判断を求めているのだ。
「もしかして、宰相は丁半博打をやってるつもりだったりして。子供が魔術の因子を引き継がなかったら自分の孫が将来の王様になって大儲け、魔術の因子をひきついでしまったらすってんてん、身ぐるみはがされて潔く引き下がる……みたいな?」
ジョアンは思い付きを口にしたが、自分で言っていて馬鹿らしい気分になった。宰相は、そんな危険を冒さなくても十分に権力を握っているはずだ。
「まあ、結局のところ、いまこの場で考えても分かることではないようですね」とエリシュはいった。「いずれにしても、わたしは自分に課せられた使命を果たすのみです。たとえ誰が、どのような結果を望んでいようと……」
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