騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。9
騎士ジョアンは反射的に剣を抜き放った。
そして奥義を行う。
目にもとまらぬ速さで間合いを詰め、魔術師に対して白刃を振り下ろす──
「姉妹ジョアン、待ちなさい」と修道女エリシュ。
ジョアンの剣は侵入者の頭に振り下ろされる寸前に動きを止めた。ジョアンは構えを崩さず声を上げる。
「しかしエリシュ様、魔術師だ!」
「魔術師であったとしても、その方は宰相閣下の使いの者なのでしょう」
「……わかりましたよ」
ジョアンはしぶしぶと剣を鞘に収めた。それでも魔術師を睨みつけたまま、罵るようにいう。
「おい魔術師! エリシュ様はおまえを殺すなとおっしゃった。だからあたしは殺さない──しかしな、エリシュ様がお前を殺せといったらためらわず殺すし、エリシュ様がなにもいわなかったとしてもお前を殺していた。砦の騎士にはそれが許されている。本来、宮廷魔術師だろうが、修道女に近づく魔術師は切捨て御免だぞ!」
宮廷魔術師はジョアンの顔をぽかんと見上げていた。遮光器、すなわち細い穴をあけた薄い板で目元を覆っているため本来はその表情は分かりづらいところであるが──しかし、口元がにやりと大きくゆがんだ。
「ふふん、騎士殿。あんた、宮廷魔術師とやりあったことないだろ」宮廷魔導士の言葉には嘲りの色があった。
「は?」
「いまの動きからすると、砦の騎士が妙な技を使うという話は本当だったようだけど……そこいらの魔術に目覚めたばかりの素人相手ならいざ知らず、日々の研鑽と研究を積み重ねている宮廷魔術師には、到底かなわないよ」
途端、ジョアンの身体中を流れる血は冷たく煮えたぎる。彼女は目を見開いた。
「──面白いことを言うな。じゃあ、試してみるか?」
「忠告したんだ、やめておきなよ」と宮廷魔術師はにべもない。「そもそも、こっちにはあんたたちを殺したり傷つけたりしようというつもりはないんだから。……考えてみなよ、騎士殿。仮にそれが目的ならば、いくらでもやりようがあるでしょう?」
「……」
ジョアンは押し黙らざるを得なかった。甚だ不愉快であるが、確かにこの侵入者のいう通りだった。
例えば、もしも宰相が事前にこの来訪を知らせずにいたならば、ジョアンが身を呈する暇もなく、侵入者は修道女に手をかけることができたであろう──
いや、そもそも宮廷魔術師が修道女のもとを訪れるというのが、本来はあってはならないことではある。
宮廷魔術師は通常、人前には現れない。賤しい魔術の力を政に使うのは為政者の不徳の証拠にほからず、その恥をさらすのがはばかられているのだ。ましてや、本山からやってきた修道女の前に姿を現すなど、言語道断である。
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