騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。6


 寄進によって修道会領となった山村、それがジョアンの故郷だった。生まれの家は貧しく、幼くして修道会の本山への奉公に出された彼女は、そこで素質を見いだされ、砦の騎士団へ入隊させられることになった。

 砦の騎士団は、砦の修道会に属する軍事組織である。本山を含めた重要拠点、それに修道女や巡礼者の警護を主な任務としている。大陸随一の精兵として知られるその騎士団の修練は厳しかった。

 ジョアンもまた、他の新兵と同様に酷くしごかれた。古く硬い木剣でしたたかに打ちのめされたあの衝撃は、今でも頭の中と身体の中で渦を巻いているようだ。その上、単なる武技の訓練にとどまらず、本山に相応しい礼法と神学、そしてなにより苛烈な精神修行を課せられ、落第した場合は厳しい体罰を与えられ、及第するまでそれが続いた。

 どうして自分がこんな目に合わなくていかないのだ、と当時のジョアンは暗い怒りを抱えていた。家が貧しいのも、奉公に出されたのも、騎士団に入隊したのも、すべて自分の意思ではない。それであるのになぜ応報を受けなくてはいけないのか。

 彼女の憎悪をより強めたのは、修道会内部の体質だった。修道会の下みな姉妹であり平等、と口では嘯いているが、その内部には歴とした格差が存在していた。

 良家の出の者、口利きのある者は昇級を果たし、そうでない者はどれだけ実力を備えていようが認められず、下働きに留め置かれるばかりか、嘲りを受ける始末だ。特に騎士団の新入りなどという者は、本山の秩序において最下層とみなされており、不平等で屈辱的な扱いを受けるのが常であった。

 相手が騎士団の隊員であれば、訓練に託けて決闘を果たすこともできたのだが、相手が修道女の場合にはそうもいかなかった。とりわけ、この修道女という連中は鼻持ちがならなかった。修道女にとって、騎士団というのは愚昧で粗野な使い走りでしかないのだ。蔑みこそすれ、対等に扱うことは決してなかった。

 しかし、そこでジョアンはエリシュと出会った。

 この年若い修道女との会遇は鮮烈な体験であり天啓でさえあった。修道女エリシュのその双眸、知啓の光をたたえる二つの黒い宝石を目の当たりにして、ジョアンは初めて修道会の経典に書かれていた徳目の一つ一つを真に理解するに至ったのだ。

 修道女エリシュが、洗礼の儀式を担うと決まった時、ジョアンはそのお供に自ら志願し、その役目を勝ち取った。この高潔な修道女の役に立ちたいと、心の底から思ったのだ。

 

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