騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。4
旅籠の主人に直々に出迎えられ、案内されたのは最高級の客室だった。
清貧を良しとする修道女エリシュは、その客室の豪奢な内装を見て怪訝な表情を隠そうともしなかった。
「──別にいいじゃないですか、エリシュ様」
二人きりになるや否や、さっそく保安上の問題がないか部屋を検めはじめた騎士ジョアンは、手を動かしながら言った。
「いいですか? べつにこの客室は、今回のためにわざわざ拵えたものじゃないんです。もとより存在している客室を客室として使っているだけなんですから、別に何かが浪費されているわけじゃないでしょうに」
修道女エリシュは、膝の上に手をそろえ、所在なさげに椅子に座っている。
「そうは言っても……」
「どうせ支払いはミラシア王なんですから良いんですよ、気にしない気にしない──うん?」
「どうかしましたか」
「いやね、エリシュ様──」
ジョアンが寝台の枕を持ち上げてみると、そこには何やら折りたたまれた便箋らしき紙が挟まっていた。
「なにやら手紙のようです」
ジョアンは改めて部屋の中を見わたすが、他に不審な点はなかった。
摘まみ上げて、広げてみれば、その便箋には走り書きでつづられていた。
『お願いがございます、修道女さま。
是非に、洗礼の儀式においては公正なご判断をお願いいたします。
現王妃の父親である宰相がその結果を捻じ曲げるために手管を使うものと思われます、お気を付けください。
あの宰相には魔術師の血が流れており、現王妃である宰相の娘だって同じです。実際、醜聞はもみ消されていますが、宰相の血を引く者から魔術師が出ております──』
文面を読み上げると、ジョアンは不服そうに顔をしかめた。
「おそらくこの旅籠の女中の誰かが書いて、人目を忍んでよこしたものでしょう。文字からしてそんな感じです──しかし、無礼な手紙だ。これじゃあまるでエリシュ様が公正な判断をしないみたいだ」
一方で、修道女エリシュはその手紙の内容を深刻な表情をする。
「王妃には魔術師の血が流れているという告発、でしょうか?」
「よくある風説ですよ! 相手が宰相とその家族ってのが、また典型的だ」
誰それが魔術師である、あるいは魔術師の血が流れている、というのは、古今東西、それこそ解放戦争以降のこの大陸において、あらゆる時代にあらゆる場所で言われてきた誹謗中傷である。
ことに革新者や、成り上がり、社会から爪弾きにされた者などは、こういう流言に晒されてきた。
「はっきり言って、あたしはこういうの嫌いですね」ジョアンは憤然として言う。「風説を真に受けて、そりゃあ本人は正義の告発のつもりなんでしょうが、要は他人のことが気に入らないっていうのが根底にあるんだ。──だいたい、自分の意見で儀式の結果を変えられると思っているのがおこがましい! 儀式の結果を決めるのは、エリシュ様ただひとりなのに」
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