騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。3
ミラシア王国は小国である。大陸南東部、カルドレイン王国とファイディン清純王国の2つの大国の勢力圏の狭間に立地している。大国間の緩衝地帯として、双方の干渉を受けながらも、独立を保っていた。
小国とはいえ、解放戦争における反乱士族を祖としており、すなわちこの大陸においてもっとも由緒正しい王権の一つである。近年では辣腕の宰相による殖産政策により豊かさを増しつつあるという。
騎士ジョアンは、ふと立ち止まって後ろを振り返った。そして目を細める。後ろに広がるのは、ミラシア領内の景色──穏やかな丘陵と気持ちよく広がる青空、どこまでも伸びていく街道、そして点在する人々の姿だった。
「どうしましたか、姉妹ジョアン?」
「いえね、エリシュ様……」
つられて立ち止まり、不思議そうに顔を見上げる修道女エリシュに、ジョアンは身をかがめて顔を近づける。騎士の身を固める鎧からは金属部品がかみ合う音がした。
「関所を抜けたあたりから、後をつけられているようです」
「あら」
「だいぶ距離をとっていますね。おそらく三人組だ。こっちを監視しているのかな」
二人はまた歩きだしながら続ける。
「物盗りでしょうか? それともいま流行りの共和主義者?」
「どうでしょうね、さすがにそこまでは分かりません。ミラシア領の人民は信心深いと聞いてますが……あるいは単に、ミラシア王があたしたちを心配して遣わせた隠密かもしれません。……まあ、いずれにしても」
ジョアンは腰に下げた剣の柄に、手のひらを乗せて見せ、不敵なほほえみを浮かべた。
「仮に連中が何だったとしても。なにかあったら、これ、ですからね。ご安心ください」
「もとより心配はしていませんよ、ジョアン」エリシュは平然としていたが、しかし最後にちらりと視線を上げて見せた。「あなたの腕を頼りにしていますから」
「──はい、エリシュ様!」
ジョアンは胸がいっぱいになった。厳しい修練を積み、奥義を修めたのは今この時のためだったのだ、と彼女は思った。
その後も二人の歩き旅は続き、やがては往路で最後の旅籠へと到達した。ここで一晩休み、そして明日には王都へとたどり着く見込みであった。
あとをつけていた三人組も、修道女たちが旅籠に入るのを見届けると、一旦旅籠町の中に姿をくらませたようだった。
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