騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。2


 遥か昔、魔術師王の軍勢による征服が大陸を覆いつくそうとしていた時のことである。

 大陸中央の本山にある修道院には十三人の修道女がいたという。魔術師王軍が包囲を狭める中、一人の修道女が命惜しさにその軍門へと下り、恥知らずにも魔術師王の情婦となり果てた。そして六人の修道女が身を呈して壮絶な殉死を遂げた。残された六人の修道女は魔の手を脱し、山岳地帯へと逃れることができた。

 この六人の修道女は山中に潜伏しながら反撃の機をうかがった。悲惨な境遇にありながらも互いに励ましあい、飢えと寒さ、そして恐怖と戦った。この大陸で滅びかけている正義を回復することが、彼女らに与えられた使命だった。

 精神異常が魔術の根源だとするならば、この修道女たちが修行を通して備えた清澄な精神こそが、魔術と相対し、戦うことができる能力なのである。

 魔術師王に支配された大陸全土には、悪政と苛政の嵐が吹き荒れた。人々は怯え、いたぶられ、苦しみの中で殺されていった。魔術による暴力と、焦熱と、辱めにさらされ、人民になすすべはなかった。

 やがて六人の修道女らは山岳地帯を根拠地としながらも、魔術師王に反乱する大陸各地の士族との連携を試みる。士族をまとめ上げ、兵を鼓舞し、戦争を指揮した。──ついには悪しき魔術師王朝を討ち滅ぼしたという。

 この解放戦争の後、彼女らは奪還した本山において、再び修道会を組織した。通称、『砦の修道会』である。そしてその名の下において各地の反乱士族を王として冊封し、またそれらの王権に大陸における魔術師王の落とし胤を監視する高貴な責務を与えた。

 ──これがこの大陸における正史であり、秩序の根源である。つまり大陸を分割支配する諸王権の正統性とは、六人の修道女の下で魔術師王を討ち倒して人民を救ったことにあり、そしてその正統性は外ならぬ砦の修道会によってのみ承認されているのだ。

 砦の修道会が大陸諸王権に対して施す洗礼の儀式は、王族の新生児が王たるに相応しいかを判別するための儀式である。

 精神と肉体に不具はないか、病気を抱えてはいないか、そしてなにより、魔術の因子が紛れ込んでいないか──修道会の智慧によってのみ、これは判断されうるものだ。

 この儀式の結果によって、修道会に承認されれば、その新生児は冊立され晴れて王位継承権を得ることとなる。そして万が一、王として相応しくないとみなされた場合には──その任にあたった修道女には、その新生児を適正に処置する義務を負っている。

 実際のところ、この大陸の人民においては、魔術の因子を血に宿している者は少なくないとされる。

 仮にある人間が魔術師の能力に目覚めてしまった場合、その両親のどちらか、あるいは両方から魔術の因子が遺伝したと類推されるものである。その魔術の因子というものはかつての魔術師王が大陸中の女性を辱めた際に撒き散らかされたものだとみなされている。

 そして、実際に魔術師の能力に目覚めてしまった人間とは違い、潜在的に魔術師の因子を保有していること自体は罪として問えないことになっている。──あの悪しき魔術師王に辱められた処女を責めることなど、いったい誰にできるだろうか? いうなれば、この大陸の人民それ自体が、魔術師王に犯されたのだ。その穢された身体を、いまになって罰することなどできはしない。

 ただし、この慈悲深い免罪の対象とはならず、魔術の因子を血に宿すことすら認められない者たちがいる。すなわち、それこそが大陸諸王権の王族である。

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