騎士ジョアンは修道女エリシュに随伴する。1


「あたしが思うにですね、エリシュ様」とお供を務める修験騎士ジョアンはいった。「この旅は、馬車を断るべきではありませんでしたね。きょうび徒歩なんてはやりませんよ」

「姉妹ジョアン」と修道女エリシュは向き直って言う。「かつて、解放戦争のとき、聖女たちはその足で占領下にある大陸中を巡ったのですよ。それにくらべたら、本山からミラシア王都まで、街道を行って戻ってくるだけのこの仕事が、どれだけ楽なことか」

「洗礼の儀式で王都に向かうほかの修道女は馬車を使っているじゃないですか。それも豪勢な御用馬車! さぞ乗り心地は良いだろうなあ」

「……彼女たちは年を召しているのだから、仕方ないでしょう。わたしとあなたはまだ若いのですから、歩くべきです。目先の安楽ばかりを追い求めてはいけませんよ」

 修道女の顔は涼しげだった。

 対して、諫められた騎士は、口先では文句を言ってみても──どこかはにかんでいて、満足げだった。

 良く晴れて空気が澄んだ夏の朝だった。

 大陸中央に位置する修道会の本山からつながる街道には、大陸中からの巡礼者が行きかっている。

 本山から下ってくるエリシュとジョアンの二人とすれ違うと、それに気づいた巡礼者たちはおずおずと道を譲り、自らの穢れで修道女の徳を相殺させぬよう、敬虔に顔を逸らす仕草をした。

 エリシュは、修道女然とした装いだった。簡素ながら清潔な身なり、毅然とした姿勢、冷静で感情を押し殺した表情、白い光を宿した黒い瞳──優美な曲線の輪郭からなる彼女のその美しい横顔を見ると、人々は息をのむ。彼女の視線はまったく、横に逸らされない。彼女の精神はただ真実と信仰にのみ向けられているというのが、迫力をもって示されているのだ。

 エリシュ様は本当の修道女だ、と騎士ジョアンは思った。この街道ですれ違う巡礼者たちが、一目見て胸に抱く畏敬と全く違わない高潔さ──いや、彼らが考えうる以上に、エリシュ様は高潔なのだ。

 修道院の中にあってさえ、エリシュ彼女は抜きんでた存在だった。修道女の位の高さは経てきた修行で数え表されるものであるが、彼女は若くして峰入りの度がすでに十に達している。

 洗礼の儀式というのも、本来であればより高位の修道女にしか果たせない大役である。前任者の急病による代役とはいえ、こたびの異例の抜擢は彼女がいかに宗教的な選良であるかを物語っていた。

 騎士ジョアンは、そんなエリシュのそばにいると、勇気づけられる思いだった。──このくそったれな世界においても、本当に価値があるものが存在するのだと、そう信じることができる。

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