審問官ブレイクスリーはカルドレイン王国を出奔し、オルゴニア皇帝の庇護を求めて北へと逃亡する。8

 立ち込める青白い霧。視界をふさがれたロスになすすべはなかった。

 見当違いの方向へと放たれる稲妻の呪文をよそに、ブレイクスリーは冷静に呪文を完成させる。

 ロスを対象とした魔法的な眠りの呪文は解決された。

「俺はあんたを許さない……」

 昏睡に陥る直前、朦朧としながらもロスは口を動かした。すでに身体に力が入らず、橋台に背中を預けながら崩れ落ちていく。ブレイクスリーを睨み上げ、怨嗟をこめる。

「死んじまえ、ブレイクスリー。あんたは許されないことをした……その子供を審問局から逃がすというのなら、どうして俺は逃げられなかったんだ……俺だけじゃない、他の魔術師の全員がだ。どうして救われる人間とそうでない人間がいるんだ……どうしておれは……あんたは……」

 やがてロスは完全に意識を失った。

 魔術によって発生させた霧が晴れていく中、ブレイクスリーの頭の中には思考が渦巻いていた。

 これからどのように行動するか──勢いに任せてはいけない。熟慮しなければ。下手を踏めば反逆者として捕らえられてしまうだろう。審問局の容赦のなさは身をもって知っている。

 一方で、心の中には震えるほどの晴れやかさもあった。これから先、不本意な命令に従う必要などどこにもないのだ。

 ブレイクスリーは、すぐ近くで立ちつくしていた少年の元に歩み寄った。

 二人の審問官の魔術を用いた決闘を眺めていた少年は、怯えて不安な面持ちでブレイクスリーを見上げた。

「……少年。君に家族はいるか」

 少年は首を横に振る。

「俺はこの国を出ようと思う。……俺と一緒に来てくれるか」

 このカルドレイン王国において、ほとんどの魔術師は審問局に捕らえられている。しかし、逃げおおせた魔術師が存在しないわけではない。そしてブレイクスリーは、その職務上、より成功する可能性の高い国外への逃亡方法を熟知していた。

 向かうべき所はわかっていた。

 オルゴニア帝国。大陸の北にある大国。粗暴で陰鬱な迷信深い斜陽国家。

 その地においては、魔術師たちは皇帝と協約を結び庇護を受けている。彼らは職能集団として帝国内の各地に点在し、素朴な魔術を、寒冷で貧しい大地に住む人々のために活用している。

 北へ行こう。ブレイクスリーの腹は決まっていた。


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