槍サーの姫
蟹きょー
第1話 燕返し
「動くな。もう、動くな」
彼女の耳元に囁かれる声。それは決して愛しい仲間を看取るヒーローの台詞ではないのは、首元にあてがわれたナイフの刃から明らかだった。
「人間には、どのような技を仕掛けられようが相応の反撃の仕掛けようがあるが、首だけは話が別だ。
たらり、と首筋に赤い線が延びる。
「もう、お前にこの窮地を抜ける術は無い」
男の言葉に、彼女は心で頷く。
しかして、どうしてこの胸の命への高鳴りを止められるだろうか。
血が巡り、槍を握った方の腕に力を溜めていく。
槍を握る両手に力が入る。闘志とは真逆の、頑として生き残ろうという逃避的で空回りした力だ。
「逃げ腰及び腰へっぴり腰!そんなんじゃあ、大会には出れないぞっ!」
眼前の教師は、言葉に合わせて上段からの振り下ろしを何度も槍に浴びせかける。来る者にも去る者にも平等な彼らしい。
一方の彼女ーーヤリィも来る者には平等に接していた。平等に、負けていた。
誰かの圧力とか何かの不調とかではなく、単純にヤリィ自身が弱いだけなのである。その弱さがずば抜けた結果、手を抜いた老兵にさえ負けているというだけなのだ。
今も、振り下ろしに負けてずっこけた挙句、うっかり飛ばした槍の石突に腰を突かれるという醜態を晒している。腰が抜けたか痛めたかしたらしく、うつ伏せのまま動けていない。
陽光差し込む学園の訓練場。そこでは多くの若者と少しの老兵が刃を交え、武術の腕を磨いていた。喚声に紛れて救護を求める声が響く。
とうに常の事として扱われていたので、係の教員が訓練場の端に運び簡単な触診と手当てをした後、ヤリィはぽつねんと仰向けで置かれてしまった。
己の無念さを胸に、横目に遠くで今なお躍進を続ける男子を見る。彼の側には膝を突いた生徒が多数。
「二刀のニラカム」ーーヤリィの幼馴染でありながら1年先輩、そして学園最強を吹聴させる風雲児である。
彼は凛と半身にて屹立し、周囲の獲物を構えて乱立する生徒達を睨んでいた。見れば、群れの中には教員も少し混ざっているというのに、彼には臆する様子は無く、むしろそれらとの丁々発止を望んでいるかのようである。
「来ぬのなら、
叫ぶなり吶喊も我関せずといった具合に、敵を撫で斬りにしていく。恐るべきは、襲うべき隙を突いたにも関わらず瞬時に刃が応えてくる所だ。一刀に対するは一刀というのが対人戦の通説だというのに、彼はその何倍もの敵を一薙で倒している。
瞬く間に蠢く人の山を築いたニラカムは、一息ついて納刀、山に礼をして回る。
何故、このような乱闘が一教育機関を通じて行われているかというのには、先の台詞に上がった“大会”の発足の経緯が関係している。
現在、この世界における国家は推し並べて人口爆発からの少子高齢化を経験している。それに関して関係各所が物議を醸したのは言うまでも無く、その通りに世界は大いに荒れた。
落ちぶれ、裏ぶれた人、企業、政府が生き残るために残されたのは酷く旧来的な手段、お世辞、太鼓持ち、お為ごかし--要するにコネ作りである。
しかして、そのためにゴルフ場や酒場に通う訳にはいかない。清浄な土地や水は今や人命に匹敵し、それをたかだか娯楽のために使おうものならバッシングによって先に死んでしまうからである。
ともすれば、と唸る人々の目についたのが武道である。それは歴史的競技でありながら、有様は直截的ともとれる程に野蛮で、しかしその中にこそ偃武修文を見出せる。加えて、1戦は短時間に終わり、領土は1室あれば事足りる利便性も兼ね備えた、倫理的にも論理的にも良い競技なのだ。使わない手は無かった。
その波は大企業から中小企業へ、企業から社会へ、社会から政務へとフィードバックが瞬く間に起こり、運動から一年経たずに学校教育へも組み込まれ、今日、学童全員が刀や槍を携える事にも
彼らは、年度の終わり、学年と季節の変わり目の試験で死なないために、今日も訓練に励んでいる。
その試験とは至極単純、開始日から卒業式まで全校生で刃を交えるというものである。ルールは無く、むしろルールが無いのがルール、つまる所怪我をしなければ良い。そのデータは逐一記録され、就職先から思考力、瞬発力、忍耐力などを推し量るのに用いられる。
その情報が酷ければ慣習慣例に馴染めないとして路頭に迷い、その情報が華々しければ社会に順応しているとして良い扱いを受けるというのだ。
ところで、スポーツにおける怪我などの批判が往々にして看過されているのは耳慣れしたものではないだろうか。競技とは競争なのだから、これに目くじらを立てていては競技は成り立たない。
そして今回の大会は、曲がりなりにも武具を振るうため、これらで生じたいかなる怪我も必要犠牲として黙認される。致命傷でさえも。
さすれば必然、高度に発展した文明社会に生まれた
過去40年、初回より幅を効かせた彼らが、それを原因にして何らかの不利益を被ったという事案は一つもなく、むしろのし上がって高官にまでなったという噂さえ流れている。
年々、増加傾向にあるケダモノに対抗するべく、またケダモノが増え、その波に乗り遅れた者から死んで行く。
彼らは言葉通り、生き残るために刃を振るうのである。
「ニラカムくーん、おつかれ様ぁああ」
1日の授業も終わった夕暮れ、鞄を貫く長槍を煌めかせながら、ヤリィは寮に帰ろうとしていたニラカムに抱きつく。持ち前の若さと元気で腰の痛みはもう無い。
「頑張った。近々本番、その調子」
ニラカムは背負う二刀を押しやり、ヤリィを撫でる。
「その調子、うん。もっと頑張るね!」
ヤリィは今日も敗北に敗北を重ね、連敗記録を更新してきたばかりである。それを分かっているのは普段の抜け目の無さから明らかだというのに、この文言はどこか皮肉的ではないか、などとヤリィは考えていたのだがーー
「ごめんなさい」
ヤリィに抱きつき返すニラカム。すると、分かりやすくヤリィの顔は綻んでいく。
「良くはなかった、あの言い方」
「いいの。私は大丈夫だから」
彼が甘く囁くものだから、彼女もニヤつきながら猫撫で声で答えてしまう。ヤリィはデレる相手にはとことんデレる女なのだ。
ひとしきり抱擁を堪能して、ようやく家路を歩き始める二人。その周りは騒々しいとまではいかないが、どうにも剣呑だ。何せ、学園一の優等生と劣等生が肩を組んで歩いているのだ。あらぬ噂も立つというものだろう。諍いが起こりかけた事も少なくない。
「こんにちわぁ」
不敵に、そして不気味に笑みを浮かべながら二人に話しかける男が一人。「紫電のウチサイ」ーー黒い噂が耐えない新聞部部長である。
「お二方ぁ、今日はこれからどちらへぇ?」
「どうもせぬ。貴殿に教える、義理もなし」
ウチサイを睨むニラカムに、彼は胸元のボイスレコーダーを弾いて示す。
「そうですかぁ。なけなしの好々爺の老婆心で言わせてもらいますけどねぇ。ニラカムさん、あなたの敵は多いんですよ?
冷雨のトユミ 熱波のオンド
月日のコウテン 紫電のウチサイ
禁忌のムラサキサマ……
わざわざ弱点を晒すような真似をせずとも良いんじゃあないかとぉ、思いましてぇ」
「敵味方、区分無きこと、火の如し、二刀振るいて、討ち捨つのみなり」
右手を背中に伸ばすニラカムに飛び退り、あからさまに慌てるウチサイ。片足は既に横を向いている。
「いやぁ、刃傷沙汰はご遠慮願いたいですぅ。ご人情を、ご温情をぉ!」
身を翻して二人の行く道路を横切るウチサイ。その先には色々の障害がある筈なのだが、彼は気にも留めずに逃走していく。ヤリィはその様に大口を開けて叫ぶ。
「普通に喋れっての、バーカ!」
「大丈夫。君は俺が、守るから」
「二度と現れないで!ヒョロガリブンヤ!……ニラカム君、何か言った?」
「……むべなるか。なんとはなしに、放ちけり」
ニラカムの片思いはいっかな発展しないまま日々は過ぎ、ついにその日はやってきた。
その日、学園は朝から静かだった。その中途、しきりに放送が鳴り響き、体育館で全校集会がある事、各々の獲物を持参する事を伝達する。
その会場で何が告げられるかは明白。生徒達は、仲の良い者達で集まったり、極端に影を潜めたりと、常とは行動を異にするようになった。
ヤリィも、どちらかといえば後者寄りの行動をとった。特に、ニラカムとは距離をとった。この学園に名高き
だから、予告された集会が終わるなり、どこへとでも消えて息を殺している腹積もりだったというのにーー
「これより全校集会を開会する。尚、校長先生のご意向により、司会進行準備裏方その全てを当学園生徒会と当国政府の協賛を以て執り行う」
誰よりも一手、早く動いた集団が居た。それも、よりによって大会に参加する考え得る最大最強の勢力が、である。
この学園における生徒委員会の勢力は絶大だ。頭数や権力が大きいのみならず、個々の能力が大人顔負けな程に高いのだ。その上、掲げる理想も公約も大それた事だったというのに全て現実にしているというのだから、彼らを前に頭が上がるものはそういない。
気がつけば、出入り口や壇の前など要衝のみにあらず、そして1階や2階などによらず、集められた全校生徒は生徒会役員によって包囲されていた。獲物は槍、弓、刀、などなど。配置的にも射程的にも逃げ場は無い。
だが、この状況で逃げ出そうと考える者はこの会場にはいない。彼らの逡巡の中に戦略的撤退の文字はあれど、敗走の文字は無い。むしろ、冗長で悠長な戦いが起こらない事に安堵し歓喜している程である。さもなくば、相対的に能力を発揮できる機会が減り、大会の意義にも反するからである。この場に居る者の大半は、甘んじて乱戦に身を投じるのである。
壇上に昇る生徒副会長は右手で薙刀を錫杖のようにしている。そのまま歩み、マイクの乗った台の前で仁王立ちになった。
「今日まで血を滲ませてきた生徒諸君!爪に火を灯してきた戦士諸君!この大会は君達の努力が証明される大会だ!そして、その努力の上に立つ勝者が生まれる大会だ!およそ2ヶ月、長いと感じるかもしれないが、悔いの無いものにしよう!」
石突で壇を突き、破る。
「これより全校集会を閉会し、それと同時刻に大会を開会する!諸君、健闘を祈る!」
それを幕切りに、2階に立ち並んだ弓が一斉に鳴った。矢は三々五々に舞い、またそれを受けた生徒達も同様であった。誰彼構わず刃を振るう者、一目散に出口への突破を狙う者、そしてヤリィのように防御に徹する者。波乱の最中、断末魔が飛ぶ。
「弱い奴から死んでいくんだぜぇ!?」
どこかから確かに、ヤリィを狙った声が響く。身を固め、槍を抱くように持つ姿はさながら虎穴で怯える虎子の如し。襲わぬ道理は無い。
「ヤリィ!」
その隙に滑り込むように刃が入る。その煌めくような太刀筋は、他でもないニラカムのものであった。虎子の周りには同じく虎子を虎視眈々と狙う者がいるものである。
「大丈夫か?ここは危険だ。退くが良い」
「逃げるったって何処に?出口に行ったら蜂の巣になっちゃうよ!」
「限りあり。兵立てぬ、床もあり」
そう言って指し示したのは先程、生徒副会長が号令を飛ばした壇だった。降りた幕の先を透かし見ているかのようにそのまま、指は壇の奥の裏口をなぞる。
「確かに、そこは弓なんか撃てないくらい狭いけど」
それは、密接した近接戦闘が起こる事を意味し、二人の得物である槍と小太刀には敗北をも意味した。特に、壇の両脇にある関係者出入り口は、常時ならばともかく、今は何をするにも事欠きそうな程に狭い。
「一か八、勇み足とは、程遠く、君は一にて、失うは物憂し」
彼は二刀の内、左の1本を収め、その手をヤリィに差し出す。その手が彼の利き手である事を彼女は知っている。
ヤリィがその手を右手ーー利き手で掴むと、彼は乱れ飛ぶ刃と矢に負けぬ程の速さで駆け出した。右手の刀は二人に当たる得物の端を的確に薙いで防御しているというのに、脚の働きを十全に保っておけるその器用さ、恐ろしさを知らぬ
「ここまで来れば、大丈夫かな?」
息を切らしながら問いかけるヤリィに、ニラカムは答えない。じっと、周囲を睨んでいる。
「……流石、第二学年最強と名高いニラカム君だな」
何処から声が飛ぶ。その余裕を持て余した賞賛は、先程壇上から号令を飛ばした生徒副会長のものだった。
「あの中を突っ切ってここまで来た事は褒めてやろう。だが、その全てが私の作戦通りだった。私に踊らされた罰だ。逃げずに壇上に昇れ」
彼女の言葉に逆らおうかと考えていたヤリィだったが、要のニラカムはヤリィを抱き寄せ、大人しく電灯に照らされたその空間へ上がっていくので、ひとまず同じく大人しくしておく。
そこに足を踏み入れるなり、何処から現れたのか、二人は瞬時に生徒委員会に取り囲まれた。それを割って開くようにして副会長が現れる。
「ありがとう、ニラカム君。もし君が逃げ出していれば、我々と協力関係にある全生徒が君に集中攻撃を仕掛ける所だった。そうなれば、君はともかく、ヤリィ君はどうなっていたか分からなかったからね。君も、彼女が傷付くのを見たくはないだろう?」
「裏腹に今も大勢で囲んでるじゃない!どっちにしろ一緒だってのに、何言ってんのよ!」
やっかむヤリィに彼女は首を横に降る。
「囲みはするが、君達と戦うのは私1人だよ。彼らは君達への牽制だ。プロレスの観客と審判とリングが一緒になったと思ってくれれば良い」
「訳を問う。男1人に、この仕打ち。この二刀に、その価値は無し」
その言葉に、彼女は背負った薙刀を抜き、石突で床を突く。
「君達の噂はかねがね聞いているよ。先達にも勝らんとする腕前を持つ男とやり合って無事でいられるという事は無いだろうからね。犠牲は少ない方が、私1人の方が良いだろう?
それに、私は第三学年という理由から手合わせした事は無かったが、そうしたいとは前々から思っていた。それが理由だよ」
「そんな事言って、どうせ手柄を独り占めしたいだけなんでしょ!」吠えるヤリィ。
「ここまで皆の力を借りて討ち取ったとして、それを人1人のものだと言い張れるのかい?君は」
「おちょくって!あったま来た!」
「待ってくれ」
槍を構えようとするヤリィを、ニラカムは腕を差して制する。
「この勝負、請け負おう」
「そうでなくては」
互いに1歩歩み寄り対峙する2人。片や2刀を半身になって向け、片や薙刀を片手で構えている。
「手を出すんじゃあないぞっ!」
先に動いたのは副会長だった。飛び上がった彼女の刃が弧を描きながら振り下ろされる。対してニラカムは、二刀で刃を挟み、勢いを殺した瞬間に一刀で流し一刀を差し込む。
刃は逸れ、身を守る盾も無い。勝負あったかのように思われた。ニラカムでさえも、その吊り上がった副会長の笑みを見るまではそう思っていた。
「良い手だ。是非、他の獲物相手にやるといい」
火花を散らしながら横に逸れた薙刀は大きく軌道を曲げ、彼女に向かう刃を弾き飛ばした。続けてニラカム本体を打つが、一刀を両手で掴んだ彼を切り崩す事はできなかった。反動で飛び退き、突撃の構えをとる。
「薙刀や杖といった棒状の武器の強みは
お前が防御や反撃を企めば反発力が、逃避や受け流しを考えれば位置エネルギーが生まれ、より強固な一撃がお前を切り裂く。……再起不能にはなりたくないだろう。降参を提案するが、いかがだろうか?」
長々と語っている間に息を整えたニラカムは、全身で刀を張り出すように構えていた。機動性も攻撃性も他より劣る、明らかな防御の構えだった。
「引きはせぬ。お前ごときに、遅れはせぬ」
彼の態度を、成程、と一笑に付す副会長。
「ならば惨たらしく死ぬがいい!私の刃は全てを取り込む、無限にして無敵の刃だ!」
彼女はニラカムの正面に飛び込み、斜め上に切り上げる薙ぎを放つ。彼も回した刀の腹で受け止めるが、その瞬間には反発力を受けて翻った彼女の一撃がその逆から迫っていた。それも刃を斜めにして受け流すが、刹那、粉塵をも置き去りにした真下からの切り上げが彼を追う。飛び退ってかわすが、空を切った薙刀は更に加速して彼に喰らいつかんとしていた。
「だんだんと防御が間に合わなくなってきてるようだな、優等生!そりゃあそうだよな!二刀を以てしても捌けなかった攻撃を、一刀で防ぎ切れる訳が無いのだからなぁ!」
「その一本、何を見据えて、振るうとす?」
唐突な問いに目を丸くする副会長。だが、攻撃の手は弛まない。
「当然、勝利だ!私だけではない、全てが望み、全てが動き、全てが手にした皆のための勝利だ!」
「我が一刀、我が想いのために、振るいけり。他人のためなぞ、無刀の如し」
「相違!ならば答えは変わらず、だ。ここに果てよ!」
耳をつんざくような音を響かせながら横薙ぎが刀を打ち、その腕ごと弾き飛ばした。いきおい、次に来るのは反対からの音速を超えた一撃ーー!
ーーそこに入れ込まれた一筋のきらめき。それは、二人の戦いを傍観していたヤリィや、途中に出てきた第三者、ましてや唐突に現れるヒーローのものではなく、ニラカムその人のものであった。その一刀は、その一撃を、普通に振るっては擦ることさえあり得ない一撃を、なんと受け、弾いて見せたのだった。
「馬鹿なっ!そんな馬鹿な虎の子を隠していたとは驚きだったが、それこそ馬鹿であると思いはせんかったか!」
翻る上半身。その腕の先には、刀の速度を受けて更に加速した、光を放ちながら彼を絶たんとする薙刀が!
「我が異名、一刀振るいて、二刀と化す。その異業こそ、我が本質」
その切先はまさかに床を払い、車輪のように転がって包囲を薙ぎ倒していく。どうした事かと振り返ると、そこには袈裟斬りになった自分の身体があった。
「これぞ必殺、光速燕返し!」
「一合の内に、我が薙ぎと我が身を斬ってみせたというのか……?そんな馬鹿な」
しばらく呆然としていた副会長であったが、はっとして思い出したかのように掠れた声で呼び掛ける。
「そのような腕前を持っていながら、どうして私と戦い続けたんだ?」
思い悩んだような仕草をして、彼はこう答える。
「刀持ち、死んでいくこそ、人の華。それ多き事こそ、我が本望」
「……優しいんだな」
それを最後に、彼女は事切れた。
二刀のニラカム包囲作戦、生徒副会長の一存により実行。参加者30名の内、2名の敗走を以て失敗。
夕暮れ、ヤリィとニラカムは陽光差し込む寮の廊下を歩いていた。大会の最中は、寮という休息と自由のための空間でも、油断したのが悪いのだ、といかなる事も許される。
その護衛のために、彼女が先導し彼はその後をついていく。
彼女の部屋に着くと、彼が鍵穴やら郵便受けやらを睨んでいく。
「どう?大丈夫そ?」
「……問題無し。明日も戦い、敵多し。早く休んで、備えておくれ」
頷いて、ありがとう、と鍵穴に鍵を挿す彼女の右手を彼の左手が掴む。
「突然で申し訳ないが、聞いてほしい」
驚いて硬直してしまった顔を緩め、微笑んで投げ返す。
「何?」
「好きだ。付き合ってくれ」
ニラカムの言葉に顔を上気させた彼女は俯き、黙って彼の手を払った。ゆっくりと扉を開き、中に入る。だが、締めはしない
彼女は立ち止まり、彼にこう呼びかける。
「私の部屋、入って?」
「良いのか?」
「恥ずかしいんだから!早く入って」
そこで佇む彼女の手足は震え、顔は今も赤い。彼は同じく扉を支え、彼女を奥へ進ませる。ひと段落したのを見計らって彼も部屋へ踏み入った。
その瞬間、彼の胸を冷たいものが貫く。他でもない、ヤリィの槍だ。
「やっぱり棒の強みは射程じゃない。前後に関しては無敵だわ」
「どうして、だ?」
「どうして、じゃあないわよっ!」
相当興奮しているようで、少し叫んだだけで息を切らしている。間を置いて息を整えると語り出した。
「さっきの副会長との話、何言ったか覚えてる?他人に華を持たせたいんだって?
ふざけてんじゃあないわよ!誰かが華を持てずに死んでいくのは、あなた達みたいな強者が奪っていくからじゃない!それをさも誰かのせいみたいに語って、自分は誰かのためになりたいみたいに騙って、おこがましいのよ!
私、強いのにそれを鼻にかけずに普通に私と、こんなに弱い私と接してくれるニラカム君が好きだった。なのに、心中ではそんな事を思ってたなんて、心外だわ!」
涙をこぼしながら、槍を引き抜く。それと同時に彼の胸から滂沱の血が流れていく。間も無く、彼も死ぬのだろう。
「悲しいな。何が君をここまで堕としてしまったんだんだろう」
「あなたのせいよ!あなたがそんなにも強いから、私は……!」
「俺のせいか。ならば、少しでも償いをしなければな」
ぬらりと抜き放たれるは二刀。万全でなくとも、彼の全力は健在である。
「しまいなさいよ!私は既に、この槍をあなたに向けてるのよ。今から振るったって」
直後、部屋に金属音が鳴り響く。槍は天井に突き刺さり、彼女の右腕からは血が滴り落ちていた。
「構えれば強いというものでもないんだ。強い要素はあるが、それだけじゃない。君も、弱ければ弱いというものでもないんだ。弱い要素はあるが、それだけじゃない」
「適当な事抜かしてんじゃあないわよ!ボケっ!」
身軽になった両腕で殴り掛かろうとするが、床の血溜まりに足を滑らせてすっ転んだ。前頭部を強打して悲鳴を上げる。
「もう嫌!どうして私がこんな目に合うのよぉーっ!どうして私は
……生きてるのよぉ!」
うつ伏せになったまま、わんわんと泣き出す彼女に彼はこう言う。
「さぁ、俺にも分からない。ただ一つ言えるのは、分からない事が分かってる奴はしぶといって事だ。その調子で、頑張れ」
彼はそれ以降、ただ黙って、彼女の泣く様を見守り続けた。血に塗れて泣き続け、蠅の羽音がし始めたのを感じてようやく泣き止んだ。
それから、彼女はニラカムを冷凍庫に入れた。やや不恰好だが、腐って朽ちるよりはマシだろうと思って許容した。
それから少しベッドに横になって、目覚めると冷凍庫に寄り添ってまた泣いた。
何日経ったかは定かでないが、引きこもっていては夜襲を掛けられるのがオチなので、夜こっそりと槍を持って散歩してみる事にした。
虫や鳥の代わりに鏑矢が鳴る夜道を抜け、自販機の近くに近づいた時、声を掛けられた。
「動くな。もう、動くな」
彼女の耳元に囁かれる声。それは決して愛しい仲間を看取るヒーローの台詞ではないのは、首元にあてがわれたナイフの刃から明らかだった。
声の主が何かをくどくど説明しているが、その間にヤリィは周囲を見回した。自販機の光が逆に闇を際立たせるので、背後に男が1人居る事以外、何も分からない。
ともすれば、取るべき行動は1つ。
「お前が死ねぇ!」
ヤリィは声のする辺りを全力で薙いで、悲鳴が上がった所に穂先を突き刺した。執拗に、何度も何度も、分かっているものが分からなくなるまで、何度も何度も。
「ニラカム君。私、これで良いんだよね?私、頑張るよ?頑張ってるよ?だから、ごめんねぇええ」
その実、彼の想いとは真逆の事をしていると知るのは、そう遠くない未来の事である。
槍サーの姫 蟹きょー @seyuyuclub
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。槍サーの姫の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ZOOMER/蟹きょー
★7 二次創作:スーパーカブ 連載中 3話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます