第19話 イベントアフター



 待ち合わせ場所に約束した通路のオブジェ前で二人を待った。

「おまたせ」

 すっかりコスプレ衣装から私服へと着替え終わった小宮はラフな私服だ。

「ごめんごめんー。宅配便、混んでて」

撤収作業を終えた深山も合流してきた

 時刻はコミケ閉会時間の三時半。

「ただいまをもちまして、コミックマーケットを閉会します」

 会場内に閉会のアナウンスが流れた。

 辺りは閉会の拍手に包まれ、俺達もその流れに乗って拍手をした。

 こうしてあわただしいイベントは終わった。



 俺達は四人で電車に乗って都心のファミレスに来ていた。

 イベント後のアフターというやつをするにも未成年なので居酒屋は入れない。

 かといって高校生には値段の高い店はただでさえイベント後なのもあって財布の余裕がない。

 高校生がこういった打ち上げをするには安いチェーン店のファミレスが妥当というわけだ。

「乾杯!」

 俺達は未成年なのでアルコール飲料ではなくジュースのグラスをぶつけあった。

 コミケ会場では持ってきた飲み物もすでに尽きてその足でこのファミレスまで来たのである。

 そしてジュースを飲む

「くぅ~うまい!」

 暑さと疲れでもはや喉がカラカラで夏の熱気にほてった体には冷たいジュースはまるで五臓六腑に染み渡るかのごとく美味しい。

 いうなれば猛暑の砂漠を歩き回ってオアシスにたどり着いたような気分である。

「同じクラスでイベント参加するほどの熱心なオタ活してる人がいるなんて思わなかった」

 陸野はオレンジジュースを飲みながらそう言った。

 まさかこの四人でイベント後のアフターをすることになるとは思っていなかった。

 しかし、もしこれでこの三人が仲良くなれば俺のこの三人を同時に部活に誘う為に近づけるという目的は達成されるかもしれない。

 と俺は一人そう考えていた

「いや、驚いたのはこっちよ。なんだかお堅いイメージの優等生である未祐がこっち系に興味あるなんて思わなかったし」

「そうかな? 私としては桃菜が絵がうまいとはいえアニメ系の絵もかけるってのに驚きだけど」

「私もクラスメイトにレイヤーさんがいるなんて思わなかったなあ」

「いやあ、私なんてまだまだだよ。イベントでちゃんとした同人誌出すほどの行動力がある方が凄いって」

 すっかり三人はイベントを乗り越えての仲間意識が芽生えたのかすっかり打ち解けて苗字ではなく名前で呼び合いだ。

 女子三名はそれぞれのイメージを覆す出来事だったためかそのことについて語り合った。

やはり女子同士の方がそういった話はスムーズにできるのだろう。

「でも、あたしもまさか会場にサタフォのコスプレしている同士さん発見できるとは思わなかったなあ」

 小宮がコスプレエリアでの思い出を語る。

 参加者が多いコミケとはいえ偶然にも同じイベント会場に同じアニメのコスプレイヤーがいただけでも驚きなのに、そのレイヤーさんは併せ撮影にも協力してくれた

「今日の経験だけでもやっぱコスプレとかしててよかったって思う。思い切って参加してみたわけだからそういうことだってあったんだから。あのレイヤーさんからもらった名刺にツイッターのアカウント書いてあるみたいだし、あの人フォローしちゃおっと」

「奇跡っていえばさ、私のスマホ見つけてくれた人、あの人が桃菜の憧れの人だったんでしょ?」

 俺達は先ほどここに来るまでの電車の中で深山が同人活動を始めるきっかけの話を聞いていた。

「さっき電車の中でスマホ見た時、ツイッターにリプ来てたんだ。苺さん……いや穂市りんごさんから」

どうやら深山は早速苺さん、いやりんごさんのツイッターをフォローしたらしい。

そしてりんごさんは深山のアカウントへと、すぐに深山のツイッターへと反応をくれたというのだ。

「え、もう反応くれたんだ!なんて書いてあったの?」

「えーとね、『今日はコミケお疲れ様でした。家に着いたからさっそく買った同人誌を読んだらすごくいいお話で感動しました』って。エルザードがまさに経験してそうなお話だったってさ」

 まさに俺達が思ったことと同じ感想をあの人も抱いたのだ。

 スコルピオン学園が好きな人に、その良さが伝わった。

ただでさえずっと行方がわからなかった尊敬していた人に実際に会えただけでもかなりの出来事だったのに、その上自分が作った本を読んで感想までくれたのだ。

「だよねえだよねえ。やっぱあの本、凄かったもん」

「私も感動したね。スコルピオン学園のアニメちゃんと見たくなった」

「えへへ。頑張って作ったかいがありました」

 自分の描いた作品をべた褒めされてすっかり深山は有頂天だ。


「今日のコミケであったこととか、まさにリアルのイベントだからこそ経験できる体験だったよねー。こんなの、ネットサーフィンとかネット上だけでは絶対経験できないことだね」

 確かに文字上のオンラインではこういった実際に体感できる出来事はわからない。

 俺は今までコミケは毎回一般参加していたわけではないので行かない時にはツイッター上でエアコミケということで参加者のリアルタイムな感想を見るだけで過ごしていた。

しかし今日の出来事などこういった経験はまさに現地へ直接行ってこそだ。

「江村くん、ありがとう。コミケに誘ってくれて。スマホなくした時はどうしようかと思ったけど、その結果が貴重な場面を見ることもできたから」

陸野は最上の微笑みででお礼を言った。

スマホを無くした時には今にも泣きだしそうなほど困っていたが無事にスマホも戻ってきた今ならば良い思い出だけが残るようだ。

「そうだよねえ、江村はあたしのスタジオ撮影とかも手伝ってくれたし。なんだかんだ色々と楽しませてくれたね」

 それに付け加えるように小宮がそのことを話す

「えー、スタジオ撮影なんてのがあるんだ!?」

「そうそう。コスプレ衣装はイベントで着るだけじゃなくてそうやってスタジオで撮影もできるのよ」

「私の同人活動にもちょっと協力してくれたね。一緒にスコ学のアニメ観て、語り合ったりとか。そのおかげでインスピレーションが沸いて今回の同人誌ができましたって感じ」

「そうなんだ! アニメ好きの江村の協力もあってあのクオリティ高い本ができたってわけかー」

 俺は片隅でジュースを飲みながらその話を聞いていた。

 自分のことを持ち上げられるのに少し照れ臭かった。

「江村くんの見てるアニメのカバー範囲広いよね」

「そうそう、私らが好きなアニメとかそれぞれ違うのに、全部見てて知ってるんでしょ?」

 俺はただアニメが好きで毎シーズンたくさんのアニメを見ておく習慣があるだけだ。

「いや、俺はただ生粋のアニメ好きなだけだから」

 しかしそのアニメを見まくったカバー率の高さでげんにこうして彼女達の好きなアニメも知っていたことから共通の話題ができてこうして盛り上がることもできた。

「でも、いろんなアニメを見てるからこそたくさんのジャンルを知ってるってことだしね。それもある意味才能だよ」

 今までアニメが好きで単にアニメを見ていただけだった。

 それがこうやって役に立ったのでアニメを見てるということもあながち役に立たない趣味ではないと思った。

「でも江村がそうやってみんなに協力したりしたからあたしたちがお互いを知ることもできたんだよね。じゃなかったら今日コミケ行ってもレイヤーさんとだってすれ違うだけきっと撮影までできなかっただろうし、こうして未祐がオタ女子だとか桃菜が同人活動してるとかみんなのこと知らないままだったし」

 小宮はそう言った。

 なんだかんだ俺のやっていたことは無駄じゃなかったと報われたような気がした。

「じゃあ、ある意味江村くんがみんなを引き合わせてくれたんだね」

 俺としては元々友達に頼まれてこの三人と交流しようと思っただけだけど、結果的にはこうして三人のそれぞれの嗜好を理解して繋ぐことができたのだからプラスになったのかもしれない。

「みんなに会わせてくれてありがとう」

 三人の女子からお礼を言われる。

 これだけでもやはり成果はあったのだ。

その彼女達の感謝の声でああ、やってよかったと思った。


「なんかみんなの意外な一面を知ったなあ。アニメ好きでもこうやってそれぞれが異なった形でも愛を表現する形も様々だってのがわかったし、コラボカフェ行ったりグッズを買うとか以外にもコスプレとか創作活動とか、アニメが好きってだけにもいろんな愛の形な表現方法があるってわかったよ。俺はただアニメを見て楽しむくらいしかできないからな」

 アニメ好きには実に様々な「好き」の表現があるものだ。

 俺は今までアニメはただ見て感想をリアルの友人と語り合ったり、ネット上に書き込むくらいしかしなかったけれど、そのアニメを好きという形だってこんなにも多種多様なのだと。


 そして俺達はこの後、散々アニメについて語り合った。

 女子三人はすっかり打ち解けて、お互いのアドレス交換をしたり、それぞれが好きなアニメをオススメし合ったり、親交を深め合った。

 これでこれからはこの三人がクラスで孤立することはなくなるだろう。

 今日という日に同じ学校の同じクラスメイト同士で仲間ができたのだ。

 


それぞれの帰りの路線で別れて、俺は一人になった。

まあこれであの三人が仲良くなったのならば今日俺がイベントに行った意味もわったわけだ。

 ちょっと意外な展開もあったけど、結果はオールオーケーだ。

 今日はうっかり彼女達を部活に誘うことを言うタイミングがなかったけど、いずれ言おう。

 あれだけ彼女達が打ち解けたのならばあいつらはもうクラスで孤立なんてしないだろう。

これからは仲間がいるのだから。




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