第18話 まさかの……?
案内所にも再び足を運んだが、やはり目当てのものは届けられていなかった。
「ダメだったか」
二度目の案内所に行ってもやはり落し物はこの会場内のどこかに落ちたままなのか、それとも誰かが持って行ってしまったのか。
こんなにも人の多く広い会場内で小さなスマートフォン一つを探し出すなんて無理がある。
もしかしてイベントが終了した後になれば見つかる、という可能性もあるがそれでは遅い。
先ほどのツイートを流してから約三十分が経過した今、通知欄を見てみると、リツイートは二百件にも回っていた。
それだけ俺のツイートをフォロワーが見て、リツイートされたことでさらにそのフォロワーへと流れたということだが今のところ利益な情報はない。
やはりこんなツイッターに頼るみたいなやり方は非効率だったのではないだろうか。
俺達は足元の床を見てスマートフォンを探しながらも再び深山のいるサークルスペースに戻ることにした。
しかしやはりまたもや同じルートをたどっても、床に落ちているスマートフォンを見つけることはできなかった。
再び足は深山のサークルスペースにまでたどり着いてしまう。
「どうだった?」
サークルスペースの深山が心配そうに机越しに陸野に話しかける
「ダメだった。やっぱり案内所にも届けられてないって」
「そっかー。残念だね」
「もう諦めるしかないのかも……。」
陸野は非常に残念そうな顔だった。
ああ、俺はこんな時何もできない。
ツイートを流したり、一緒に懸命に探すのを協力したが結局見つからなければ意味はない。
そこへ声がかかった。
「あ、あのー」
残念がる俺達のふと後ろを見たら女性が立っていた。
その女性は顔に化粧をしていてすらっと伸びた背が高く、長髪に女性に人気のブランドの服を着ていた。
明らかに俺達よりずっと年上の女性であることがわかる。
その女性はバッグを片手に抱え、もう片方の手にはスマートフォンを握っていた。
「このスマホ、あなた方のですか?」
紫色の防水カバーのついたスマートフォンにはコールドエンブレムのコラボカフェ限定のデザインであるラバーストラップが付いていた。
「わ、私のスマホ……! このカバーにラバストーは間違いない! どこでこれを!?」
陸野はそのスマホを見て自分のものだと確信した。
「ツイッターでリツイート回ってきて、サークルスペースのナンバーもあったし、案内所に届けようと思ったんですけど、ツイートにユニーのコスプレイヤーさんと一緒にいるって知って。ユニーは私も知ってるキャラだったので、さっきたまたまあなた方を見つけて。これ、「か」の島のところで見つけたんです」
俺のツイートは大量のアニメクラスタでなおかつコミケ参加者によってリツイートされ、それがさらにフォロワーのフォロワーという同じくアニメ好きの属性でコミケ参加者という限られた部分に拡散されてこの人のタイムラインにも入ったようだ。
ということはちゃんと意味はあったのだ!
そういえば最初に深山のサークルスペースに来る際に「か」の島の傍を通った。
何度かその場所も通ったルートとして床を見ながらその付近を探したがその時は人込みの多さで見つけることはできなかったが、どうやらこの人が拾ってくれていたようだ。
「これ、あなたのですか?」
「は、はい! 間違いないです!」
「やっぱりー。よかった、落とし主を見つけられて」
その女性は落とし主を確認すると、陸野にスマートフォンを渡した。
「よかった。戻ってきた……」
陸野はスマートフォンを胸に抱き留め、大切そうにぎゅっと握りしめた。
「え、マジ!? 本当に戻ってきた!? やっば、奇跡じゃん!」
小宮は落し物が本当に戻ってきたことにひたすら驚く。
コスプレエリアでも小宮と同じジャンルのコスプレイヤーを見つけられたという奇跡を経験したばかりだが、本日二度目の奇跡だ。
「ありがとうございます! ありがとうございます! もう見つからないかと思った……なんとお礼を言ったらいいか」
陸野は再び自分の手元に戻ってきたスマートフォンを手に抱え、泣きつくように女性にお礼を言った。
「大切なスマートフォンに限定品のグッズまでつけてたんですから無くしたりしたら悲しいですよね。よかったです、無事に持主に渡すことができて」
女性は髪を触りながら笑顔でそう言った。
「リツイートでこのサークルスペースのナンバーも回ってきた時にここに持っていけばいいのかな、と思ってきたんです。そういえば気になったのですが…」
女性は深山のサークルスペースのポップを見つめ、同人誌の表紙をじっと見た
「ちょっと見本見せてもらってもいいですか?」
「は、はいどうぞ」
深山がそういうと、女性は見本誌を一冊手にとり、中身を見る
しばらく中身をじっくり読み、女性は口を開く
「この絵柄、もしかしてpixivとかでスコ学の二次創作を書いているナナコさんって方ですか?」
とそう言った
「えっ」
同人誌の奥付には確かにペンネームが書かれているが、なぜそれならば本人確認をしてくるのだろうか
「はい。そうですけど」
「やっぱり。SNSで見たことある絵柄だと思ったんです。特徴的な絵柄だったので。私、以前スコ学でサークル活動してて。ナナコさん、私の本の感想に熱烈なメッセージをくれたので」
深山は今までに感想メッセージを送ったことがあるのはその一回だけだと言っていた。
ということはこの人は……。
「ま、まさか……『いちごほいっぷ』の野山苺さんですか!?」
「『いちごほいっぷ』って、深山が初めて買った同人誌のサークルの……!」
俺は以前カラオケで見せてもらった同人誌を思い出す。
深山が尊敬する作家であり、同人誌のクオリティも高い野山苺さん。
SNSのアカウントを削除してしまい、生息不明になっていた人。
「はい、私がその野山苺です。今日はサークル参加じゃなくて一般参加なんですけどね」
それがまさに目の前にいるこの女性なのだと
「本当に!?」
深山は女性の正体を知ると、口元に手を当てて衝撃を隠せずにいた。
この人こそが深山が尊敬していたというサークル主の本人なのだ。
「今回たまたまリツイートでこのサークルスペースのことを知ったのですがまさかナナコさんのサークルだったなんて。スコ学で同人誌を出されたんですね」
ツイッターのリツイートでここのことを知ったということは苺さんは今は別アカウントでツイッターをやっているということだろう。
つまりこれで消息不明の状態ではなくなったということだ。
「こ、こちらこそお会いできて光栄です!」
尊敬していた作家さん、それも深山が同人誌を作りたいという行動力のキッカケにまでなった憧れの人が今こうして本人の目の前にいる。奇跡の連続だ
「ナナコさん、私の本をとても読んでおられて、まさに私がこう表現したいって思ってた部分とかまさに読み取ってくれてたみたいで、感想とても嬉しくて何度もあのメッセージを読み返したんです。それでナナコさんの絵とかも見たらすごく私好みで。でも私、あれから仕事変わってさらに結婚することになって生活が忙しくなりSNSする余裕なくなってしまったもので……。それでアカウントはすぐ消しちゃったんですよね。だから返信もできなかったことが心残りだったんです」
苺さんがアカウントを消したのはそういう理由だったのか。
リアルの生活が忙しくてSNSをする余裕がなくなってしまいアカウントを削除したものの、深山のことは覚えていてくれたのである。
「そんなそんな! こうしてお会いできただけでも嬉しいです!」
深山は頭が上がらないかのように、尊敬していた人物を目の前にして照れ臭いような表情で頬を染めて舞い上がっていた。
「じゃあ、せっかく来たのだからこのスコ学の本、買わせていただきます」
なんとそれだけではなく苺さんは深山の本を買ってくれるとまでいうのだ。
深山にとっては尊敬していた人に自分の作品を見てもらうことになる。
「あ、ありがとうございます!」
緊張の為かあたふたとした手つきで深山は同人誌を一冊取り出した。
苺さんは鞄から財布を出すとお釣りの出ないちょうどの金額を支払った。
金額を受け取って本を差し出す深山の手はどこか緊張で震えているようにも見えた。
尊敬していた人に自分の本を買ってもらうということが恐れ多いのかもしれない。
「ありがとうございました!」
深山はどこか緊張気味の声で苺さんにお礼を言った。
「あ、そうだ」
苺さんは買った同人誌を鞄にしまい込む際、何かを思い出すように言った。
「私、今は『野山苺』から『穂市りんご』って名前に変えてツイッターやってるんです」
苺さん、いやりんごさんは現在のアカウントを教えてくれた。
ツイッターのリツイートを見てきたということは今もSNSにアカウントを新しく作り直して持っているということだが、苺さんはかつてのペンネームとは違う名前で新しくアカウントを作りなおしてツイッターをやっていたのだ。
アカウント名を変えていたので深山は見つけられなかったということだ。
「私、もうすぐまた新規アカウントでpixivも復活するので創作活動とか再開できそうなんです。結婚してからずっとバタバタしてて創作活動してる余裕なかったんですけど、やっと落ち着いてきたので。よかったらまたフォローしてやってください」
とりんごさんはそう笑顔で言ってくれた
「はい! 喜んで!」
「では、帰ったらナナコさんの本も楽しませていただきますね」
苺さんはそう挨拶するとサークルスペースから去っていった。
その後ろ姿を見送るように、スペースで深山は呆然と立っていた。
「嬉しい……まさか尊敬していた絵師さんに会えるなんて……」
深山のその表情はなんともいえない満足感で浸っていた。
もう探すこともできないと思っていた尊敬した人にこの広い会場で偶然巡り合うことができたのである。
さらにその憧れの人が自分の作った本まで買ってくれたのだ。
消息不明だと思っていた人の新アカウントまで教えてもらってなおかつ、創作活動も再び始められるということまでもを教えてもらった。
これ以上にない幸福なことだろう。
「よかったな、深山」
「うん、今日サークル参加してよかったって思う!」
そしてその一連の一部始終を見ていた二人も目をうるうるとさせて感動していた。
陸野にとっては紛失していたスマートフォンを届けてくれた恩人に加え、さらにそれが深山の憧れの人という運命の再会だったのだ。
「ちょっと、すっごい運命的な出来事あったみたいじゃない! なんか感動したわ……」
「会いたかった人に会えたんだね……よかったね」
「これってまさにイベントならではじゃない!? こういうリアルなイベントだからこそ奇跡も起こるっていうか」
小宮は自分に今日あったことも兼ねてそう言っているのだろう。
アニメのコスプレをすれば同じアニメのコスプレイヤーと出会えたことも感動ではあるが、深山が尊敬していた人に会えたことも奇跡だ。
まさにこんな運命のめぐり合わせのような偶然があるからこそイベントは素晴らしいのである。
「コミケ、来てよかったな」
こんな感動的なこともあるのなら、今回コミケに行ってよかったと俺は思った。
時刻は午後二時を回り、サークルスペースは次第に撤収を始めるサークルが出てきた。
机の上の在庫を段ボール箱にしまい、テーブルの上を片付けるサークルが目立つ。
「じゃあ私、そろそろ着替えてくるから」
小宮は更衣室でコスプレ衣装を着替えると言った。
コスプレ参加は閉会の二時間前にはすでに着替えを終えてなくてはならない。
コスプレ参加者は閉会の直前ではなく、それよりもう少し前から着替え終えていなければならないのであれば時間的にもそろそろだ。
「わかった。今日はお疲れさま」
小宮にそう挨拶すると、小宮は何かを思いついたように発した。
「あ、そうだ! どうせならこの後、このメンバーでアフターしない? ほら、イベントの後ってよく参加者はその後の二次会みたいなノリで参加者同士でアフターするっていうじゃない。そういうのよくツイッターで見たことある」
小宮はツイッターで知った情報からイベント後の打ち上げをやろう、というアイディアを出した。
「それいいね。今日のことについてこのメンバーで話し合いたいな」
陸野はその意見に乗っていた。
「楽しそう! 私、一人のサークル参加だからそういうのできないと思ってたけど確かにこのメンバーでやるのいいかも」
女子同士で話がまとまっていく
「江村は? どうせならイベント後のアフターもやってみたいんじゃない?」
小宮は俺にもその打ち上げに参加しないかと持ち掛けた。
「そうだな……俺は……」
ここでふと思った。
これはもしこの三人がそこで話しているところをアニメ研究会へと誘い込む絶好のチャンスではないか。
そう思った俺はこれは断る理由はない、判断した
「行くよ。未成年だから居酒屋とかは無理だけど、ファミレスでいいなら」
「じゃあ決まりね。じゃああたしは着替えてくるからみんな待ってて」
「私もこれから撤収作業しなきゃ」
周囲もすっかり撤収を始めるサークルも増えて、時間も午後を過ぎたので会場内の参加者も徐々に減り始めていく。
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