第12話 アニメ鑑賞会をする



 深山は同人誌を作るにあたって改めて同人活動に向けてスコルピオン学園のアニメをまた見ることにしたそうだ。

 そこでスコルピオン学園を好きな人同士で鑑賞会をしたいとのことだったのでその件のOVAを見せてもらえるという条件でつまりスコルピオン学園のアニメ鑑賞会をすることになった。

 これが深山にとっては俺が同人活動に協力できること、らしい。


 深山はそのアニメで創作活動をするほどの熱心なファンなので当たり前のようにスコルピオン学園のブルーレイを全巻所持していた。

 それを広い空間で本編を見ることでファンとしての意識を高め創作意欲を出そうということだ。


 そこで深山に誘われて俺達は放課後にカラオケボックスでアニメ鑑賞会をすることになった。

 最近のカラオケボックスはオフ会などにも利用できるようにDVDを再生する機材もついている。

 その為にわざわざ深山は荷物になるであろう手提げのバッグにスコルピオン学園のブルーレイを学校にまでわざわざ持ってきたのだ。

 そこまでした深山の行動に感心して、俺達は学校が終わると学校近くのカラオケボックスに来たのである。

 わざわざ上映会に適した大スクリーンの個室をとって。

 DVDやブルーレイを大勢に上映するといった行為はそれでお金をとったり商売にするのなら違法だが、個人で楽しむ分にはプライベートということでOKなようだ。

 放課後のカラオケボックスでこっそりスコルピオン学園鑑賞会が始まった。


「やっぱり五話のバトルシーンの作画はいいよねー」

 カラオケボックス特有の機材にブルーレイを入れれば壁のスクリーンにはスコルピオン学園の本編が映し出される。

 薄暗い照明の中でスクリーンいっぱいに映し出されるアニメは家のテレビやパソコンにスマホといった画面で見るとのはやはり迫力が全然違う。

 大スクリーンいっぱいに映し出される映像はテレビ放送でも散々見たのと同じオープニングや本編だがカラオケ音響の効果も相まってまるで違うアニメを見ているようだ。

 スコルピオン学園は全二十六話だがその中には一話完結のギャグ回や学園での授業などのいわゆる日常回も存在する。

 ただの日常かと思いきやしっかりキャラの個性を生かし、学園内の催しをこなすエピソードはバトルが続くストーリーの中でのお茶請けのようなファンにも人気が高い。

 学園内で行われる運動会や文化祭といった学校行事の話はまさに彼らが超人でありながらも学生という身分で日常を楽しむというシーンに、癒されるファンも多くいた。

「あ、この回でのエルザードのこの動きがのちの伏線だったのか」

 アニメ放送当時には気づけず、最終回まで見たことにより改めて本編を見ると新しい発見がちょっとずつあったりする。

 実はすでに最初辺りの一部の場面が後半への伏線になっていたり、細かいシーンが後の展開に繋がっていたりすることだ。

 深山は大好きなアニメをこういった場所で見れることにテンションが上がっているのか先ほどから気分がよさそうだ。

「アニメ鑑賞会楽しいねえ。これも読んで読んで」

 さらに深山がブルーレイと一緒に持ってきた数点のスコルピオン学園の二次創作同人誌を読ませてもらうことにした。

 本来個人作成である同人誌を外に持ち出して公共機関や学校など公衆の面前で読むのはNGだが見せ合う為に個室のカラオケボックスという場所を選んだのである。

 机の上には薄い本、もとい同人誌が何冊か積み重ねられている。

 どの表紙もスコルピオン学園のキャラクターが描かれていた。

「こういう同人誌ってどこで買えるんだ?」

「池袋や秋葉原に同人誌専門店があるけど、私は主に家に届けてもらえる通販で買ってるね。送料や手数料とかもかかるから割高になっちゃうけど、わざわざ店まで行く交通費とか手間や時間を考えると通販の方が便利で」

「へー、確かに店まで行かなくてもいいなら家に届けてくれる通販は便利だな」

 深山が持ってきた同人誌はスコルピオン学園のジャンルで人気が高いサークルの本だけに、どの本もクオリティが高かった。

 まるでプロのようなアニメ系な絵柄に、コマ割り、ストーリーの見せ方や台詞のセンスといったものも読んでいて面白い。

 同人誌は一部は実際に漫画家やイラストレーターといったその筋のプロの職業の人が描くこともあるが、それでもそんな話はごくわずかでありほとんどはあくまでもアマチュアが描いたものだ。

 アマチュアは常に漫画を描くことを一本にして専業としているプロと違い、生活と趣味を分けながら同人誌を制作することが多いというが、それでも同人誌を出している人々のクオリティは立派なものも多い。

「これが私の一押しの本! 初めて買った同人誌なんだ!」

 以前、深山が言っていた自分も同人誌を作りたいと思うまでに感化された例の本も今回持ってきていた。

「へえ、これがか。どれどれ……」

 深山が同人誌を作りたいというきっかけにまでなった同人誌ということでそれを読ませてもらうことになった。


 わずか五十ページほどの本をパラパラとめくると、そこにはまさに生き生きとしたスコルピオン学園の世界が広がっていた。

 とても見やすい絵柄に魅力あるキャラクターが動き、ストーリーも立派だ。

 まさに描いた人がこのアニメへの愛にあふれているということが伝わってくる。


「おお……!!」

 確かにその同人誌の完成度は凄かった。

 二次創作でありながらまるで公式がこのストーリーをかいたのではないかと思うほど本編にリンクしており、スコルピオン学園という世界の魅力をより広げる。

 深山がこの同人誌により自分もこんなものを作りたいという気持ちがわかるような気がした。

「私もこの人みたいに忘れられない本を作るのが夢なの」

 俺は同人誌の最後のページにある奥付を見た。

 そこにはサークル名とペンネームと発行日が記されていた。発行日は今から三年前に出されたことになる。

「サークル名『いちごほいっぷ』の野山苺さん……か」

 このサークル主こそが深山が尊敬する人の名前で現在は消息不明の人である。

 奥付には感想を送るためのツイッターアカウントやpixivIDも記されているが深山がいうにはすでにこのアカウントは消去されているようだ。

「やっぱりこういうの見たら私もまた新しい絵、描きたくなっちゃったな」

 アニメを見ながら同人誌を読む、のダブル刃ときた。

 そう言うと深山は通学鞄からスケッチブックを取り出す。

「お、さっそくここでもお得意の絵ですか」

「今日、画材も持ってきたから絵も描けるんだ」

 深山は通学鞄から画材と思われるペンポーチを取り出し、スケッチブックにイラストを描き始めた。

「今日はエルザードを描こうっと」

 そう言って深山はさっそくお絵かきをスタートさせた。

 描く手順を見ていると、まずは顔の輪郭から始まり、瞳、口といったキャラクターの顔を書き始めて、頭には髪を書き、髪の毛を描き、身体の輪郭に服を描いていく。

「すっげえ、こうやって絵を実際に描いてるところ始めてみた」

 ネット上にアップされている作品はすべて書き上げた後の完成されたものばかりでこういった途中経過というものは全然わからない。

 たまに動画サイトには絵を描いているところをリアルタイム実況で放送する動画があるが、あれらの既にプロ並の絵描きと違い、目の前でクラスメイトが実際に描いている姿は身近な存在だけあってやはり特別なものに見える。

 深山の手が動けば動くほど、どんどんイラストとして完成させていく。

「よし、できた!」

 あっという間に深山は一枚のイラストを書き上げた。

 円盤鑑賞で本編を見たことにより刺激されたイラストは黒いペンで描いた白黒イラストながらも実に完成度が高かった

 白黒のペン描きながらもスケッチブックには凛々しい表情のエルザードが短時間でたった今誕生したのだ。

「さっそくこの落書きもツイッターにアップしちゃおっと」

 深山はスマートフォンでスケッチブックのイラストを撮影すると、それをSNSに投稿した。

「やっぱ深山はそういうとこすげーな、絵を描くのはある意味才能だよ」

「そうかな、いつもやってることだけどね」

 謙遜しているのか、深山にとってはいつものこと、のようだ。

 そういえば、と俺は気になっていたことを尋ねた

「前に俺の友達が言ってたんだけど、深山は美大を目指してるんだってな。それでいつも美術室で練習してるって」

 以前、修二から聞いた情報を本人にふっかけてみる。

 深山の絵のスキルが高いのも、やはりそれは美大進学希望だからなのか。

「うん。将来はイラストレーターとかになれたらいいなって思ってて。子供の頃から絵を描くのが大好きだったから。それでそういう絵の学校に行きたくてね。他にも美大受験用の予備校とかにも通って絵の練習してるよ」

 学校で描いているだけではなく美大受験用の予備校にまで通っているとなるとそれだけ深山の絵に対する情熱は本物だ。

「やっぱ絵のスキルってのはイラストや漫画にも生かせるものなのか?」

「美術方面の絵と漫画のイラストはちょっと違うね。でも、基本的なデッサンとかは基礎だから流用できる部分もあるよ。やっぱりデッサンの基礎ができているからこそイラストや漫画も描けるっていうのがあるし」

「ふーん。そういうものなのか」

 俺は自分が絵を描かないのでいまいちわからないが、確かに基礎ができているからこそ応用ができるというのはどの分野にも当てはまることだ。

「そんなに絵が好きだったら、高校もそういうアート系な学科に進学するって手もあったんじゃないのか?なんでうちの高校を選んだんだ?」

 それは俺が疑問になっていたことだ。

 美大を目指すのならば高校だって芸術系の学科のあるところを選ぶ選択肢もあっただろうに、なぜ普通のうちの高校なのか。

「単純に今の学校が家に近かったからだよ。予備校に行くのにもアクセスいいしね」

 なるほど、高校はそういう基準で選んだのか。

「放課後や休みの日とかも予備校あるし、それ以外はひたすら趣味の絵や漫画ばっか描いてるなー。だからバイトとか恋愛とか部活みたいなそういう普通の高校生らしいことできなかったなー」

 それならばぜひとも俺のいるアニメ研究会に入部すべきだ、と今言いたかったがここで言ってしまうよりももう少しタイミングを見はかろうとあえて黙っていた。

 アルバイトもしていないのに、ブルーレイといった高額なものを買えるだけの小遣いをもらえてなおかつ予備校にまで行かせてもらえるとなると深山の家はかなり裕福な家庭だということがうかがえる。

 さらに学費が莫大にかかる美大へ進学させることを認めている親に、その受験レッスンの為の予備校等、とにかく絵の道は金がかかると聞く。

 ある意味、深山の家はアートな才能を認めている家庭なのだろう。

「さらにその中で同人活動までするとなるとやっぱ大変だね。でもそこまでしてでも私はどうしても同人誌を出したい。無事に発行できるか不安だけど」

 深山は少しため息をつくがそれでもやりたいことへの前向きな意思を見せていた。

「絵について極めるのだって大変だし、親御さんもちゃんと深山の才能認めてて凄いな」

 俺の親はアニメを見ることについて口うるさくはないがやはり少し心配している傾向がどうしてもあるのかもしれない。

 アニメばかり見ていないでもう少し恋愛に興味を持つとか将来について真面目に考えてほしいと思っている面はあるだろう。

 その点、深山はきっちりと自分の進みたい道を決めていてやりたいことをきっちり見つけ出していることが凄い。

「絵を描くのが純粋に好きなだけだよ。美大へ行けば、きっともっといろんな絵の勉強ができると思って。それに、絵のスキルが上達すればきっともっといいものが書けると思うから」

 その趣味はただの趣味にとどまらずすでに将来のことまで考えているのである。

「ああ。きっと深山くらい絵がうまかったら美大行ったらもっと楽しいことあると思う」

 おそらく深山があまりクラスメイトには打ち明けてないであろう将来のことなどを知れて、なんだかちょっとだけ深山がどんな人間かより知れた気がする。

 ただ絵がうまいだけではなく、その道筋はとても真剣なものだった。


 今回は鑑賞会がメインだったはずだが深山はブルーレイや同人誌以外にも設定資料集といったスコルピオン学園の公式関連書籍も持ってきていた。

 なんでもその設定資料集もブルーレイ購入特典で一般の書店には並んでいないもののようだ。

 それは実にレアなものを見せてもらえたと思った。

 やはりこういった書籍は二次創作の資料にもなり、本編のストーリー解説がされているメモリアルブック的な役割もあるのでのでアニメを見返す時間がない時にも読んで補完するのに役に立つようだ。

「私ね、この公式ファンブックの監督のインタビューで気になった部分があるんだ」

 深山は目を輝かせて「ここ見て」と俺に設定資料集の一文を見せてきた。

 そこにはスタッフインタビューで監督のインタビューが書かれていた。

『エルザードは十一話の戦いの時に力が覚醒しますよね。あれはそれまでに経験した学園で過ごした仲間達と過ごした時間の中での成長を表しているんですよ。仲間達と学園で過ごした日々の中で成長したエルザードがあそこで覚醒って感じで』

 こういったスタッフインタビューでしか見れない本編では出てこない設定はまさにこういったシークレット情報ならではだ。

「へえ、あの回にはそんな秘密があったのか」

「最初は能力に目覚めたばかりで初心者だったエルザードが能力の扱いに慣れてきて戦いに参加するようになるじゃない?きっとその仲間達とのエピソードの中で力を増大させるようなこともあったんだと思うよ」

 深山はそう言うが、実際にスコルピオン学園本編の中ではエルザードが力を覚醒させる決定的な理由付けとなるイベントのようなものは描写されなかった。

 直接的な描写こそは出てきていないが、スタッフインタビューから考察するには深山がそう言った通り、そういったこともあったのではないかと推測はできる。

 エルザードは一話の時点では能力に目覚めたばかりで学園に転校してきて間もない初心者だ。

 それを支えるのがクラスメイトの仲間達で、さらに良きライバルの親友になった宮橋ノラド というキャラクターである。二人は親友になって友情を深め共に試練を乗り越えていく。

 その二人の間で友情を深める何かもあったのかもしれない。

 原作では語られてない部分をイメージして想像で補うのもファンの役目だ。

 本編では語られていないものの設定を見て「こういう場面があったのではないか」とキャラクターの過去を捏造して作品にするのもまた二次創作の面白い部分である。

この書き手はこう解釈した、というそれぞれのイメージが作品として表れる。

「本当に凄い二次創作ってのはその作品の原作を知らない人が読んでもとてもインパクトを感じて面白い! と感動させてなおかつ原作を見てみたい! という気にさせるくらい引き込む魅力があると思うんだ。私は、そういう同人誌を作って、たまたまその本を読んだ人がスコルピオン学園というアニメに手を出すきっかけになるくらいの同人誌を作りたい!」

 深山は瞳の奥にメラメラと燃え上がる炎を揺らしているかのような熱血でそう言う。

「二次創作としてファンが読めても面白くて、原作を知らない人が見ても楽しめる」それは実にレベルの高い話だった。

 もしも深山の作品をスコ学知らない人が読んだとして、それがあまりにも面白くてその人がスコ学に興味を持つ、そうなったらかなりのすごい同人誌になるだろう。

 同人誌といったものは同じ趣向を持つ人だけに読まれるもの、という垣根を越えて、スコルピオン学園を知らない人が読んでもそれをきっかけに原作を見たくなるほどの同人誌を作る、実にレベルの高い話である。

「だからあ、私の描きたい話は……はっ! 今、すっごいインスピレーションがきた!」

 深山はそういうと突然スケッチブックの一ページを切り取って何やら鉛筆で文字を殴り書きにして描き始めた。

 どうやらいいアイディアが浮かんだらしく、それをすぐにでも描き留めておきたいようだ。

 いわゆるストーリーを作るにあたってのプロットというものだろう。

 深山は眉間に皺を寄せた真剣な表情でひたすら紙に思いついたことを描いていく。

 何度か鉛筆で描いた文字に線を引いて書き直し、俺はアニメを見るふりをしながらただそれを黙って見守ることしかできなかった。


 それから約十分が経過すると、深山は「できた!」と紙を掲げた。

 どうやら同人誌に描きたいアイディアと詰め込んだプロットが出来上がったようだ。

 紙には「エルザードの力が覚醒した理由」から始まり「学園内で過ごす仲間達との日常の中から能力を引き出すほどの出来事」に矢印が伸び、そこには「ノラドと休日を過ごして共に鍛錬を積んだ」や主人公であるエルザードが能力を覚醒させるために本編では描かれない鍛錬を実はやっていたのではないかという考察からそれを描きたいとばかりにその部分に焦点を当てた内容だった。

 つまり本編では描写されていないがエルザードの能力覚醒にいたるまでの経緯を同人誌のストーリーとして深山が描こうとしているのだ。

 このプロット通りのストーリーが実際に漫画になるとしたらきっと名作だろう。

「凄い!深山、これめっちゃいいよ!これならきっと面白い!」

 まるでプロの少年漫画でありそうな王道的展開でなおかつ原作ともよくリンクするそのネタに、俺は賞賛した。

「まさしくこれが私の描きたいもの! 江村くんのおかげですごい内容思いついちゃった、ありがとうね」

 深山は俺の手を取り、ブンブンと腕を振った。

 俺が今日ここでやったことが協力になったのであれば嬉しい。

「私、イベントに向けて原稿頑張るね! 絶対にこのストーリーをかき上げてみせる!」

 カラオケボックスの小さな個室で、今一つの大きな目標が出来上がったのだ。

 

 目標も決まった深山は景気づけにとカラオケらしくスコルピオン学園の主題歌を唄いたいというのでそれを入れた。

 驚くほど、深山の歌声はうまかった。







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