第10話 クラスメイトは絵描きさん


 修二との約束であった新入部員確保の為に陸野と小宮とは交流することに成功した。

 ここからどうやって部活へ誘うかなどどう先に繋げるかはまだ考えていないがとりあえず交流しなければならないクラスメイトは残り一人。深山桃菜だ。

 成績優秀の陸野や容姿端麗な見た目な小宮と違い、絵を描くことがうまいという部分以外は特にパッとした特徴もない女子である。

 しかしそんな目立たない女子生徒だが彼女には絵を描くという分野においてはずば抜けた才能があった。

 中学時代には美術部で何度も絵のコンクールの賞をとって表彰されていたり、学校の美術室の前には彼女の絵が飾られている。

 家がかなり裕福らしく経済的にも恵まれていて彼女の家は立派らしい。

 美大へ行けるほどに裕福だからこそ絵がうまいのか。それとも才能なのか。

 ならばなぜもっと進学率の高い名門校や金持ちが通う私立の高校ではなくではなくこんな普通の高校に通っているのかは謎だが。

 美大進学希望ということは絵を進路にするほど彼女は絵がうまい。

 しかしなぜかそんな才能があるのにクラスでは特に誰かとつるむこともなく地味に過ごしている。

 この学校は実技の選択科目が書道・音楽・美術の中から選ぶことができる。

 俺は歌うよりも字を書くだけだから楽そうだ、というイメージで書道を選択していたが美術もなかなかの人気科目なのだ。

 その美術の授業では毎回教師の絶賛を得られるほどに深山の絵はうまいそうである。やはり何度も表彰されるだけあって彼女には絵の才能もあるのだろう。

 修二は深山もアニメが好きでそういった漫画のような絵も描くとはいっていたが彼女は一体どんな絵を描いていて、なんのアニメが好きなのかもわからなければただアニメが好きというだけでは交流もできない気がする。

 それでも約束通り陸野と小宮というクラスメイト二名とすでに交流できたのであれば残る深山ともなんとか話さねばならない。

 

 俺は陸野と小宮の交流のきっかけができたように昼休みの長い休憩時間を使って今度は深山に接触することを試みた。

 まずは近づくためにクラスメイトに深山の居場所を聞いた。

「深山さんなら今日は仕上げたい作品あるからって昼休みは美術室にいるぜ」

 昼休みを使ってまで絵を描く時間に当てるとはなんて絵が好きなのだろうか。

 とはいえ俺がまず交流するには彼女が一体どんな人物なのかを知らねばならない。

 話しかけるチャンスを作るために俺は美術室へとかけこんだ。


 美術室の入り口の戸を開けると、油性絵具の独自の香りが鼻につく。

 机やイーゼルが並べられており、美術室の壁一面には石膏像が並び、絵の為の資料や画材などが教壇の横に並び、絵の具を洗い落とす為の水道がある。

「へえ、美術室ってあんまり来たことないけどこんな風になってんだ」

 俺は選択科目に美術を選ばなかったのでこの学校の美術室はオリエンテーションの学校案内でしか見なかったので、普段来ない場所を見てそんな言葉が漏れる。まさにここはアートな芸術を磨くための場所だ。

 さっそく目的の人物を探したが美術室は無人だった。

 しかしイーゼルには何やら描きかけの絵が残っていて、おそらく深山のものと思われる荷物もあったので、深山は間違いなく先ほどまでここにいて課題をやりかけにした状態でどこかへ行ってしまったのだと察した。

「まいったな。いない。トイレかな?」

 昼休みはまだ時間がある、ここにいれば深山がいずれ戻って来るかもしれないと、俺はここでしばらく待つことにした。

 しかし噂を聞いていたとはいえあまりしゃべったことのない相手と何を話せばいいのか、普段来ない美術室にあるものをまじまじと見つめながら、話題を考える。

「石膏像ってやっぱこれ見ながらデッサンとかやるのかな?」

 目の前には青年や中年といった男性の筋肉質な体型をかたどる石膏像がいくつもあった。

 こんなものをデッサンとして絵に描くのは難しいのではないか、と絵に関心がない俺は思った。

「へー……これどうやって描くんだろう…って、いてえ!」

 壁面の石膏像を見ながら足を動かすと、深山の荷物がある机にドン、と腰がぶつかり、机に積まれていた数冊のスケッチブックが床に落ちてしまった。

「やっべ!」

 スケッチブックが床に散らばり、そのうち一冊のスケッチブックは床に開いたページを押し付けた形で床を滑っていく。

「やべー、すぐに戻さねえと」

 床に散らばるスケッチブックをすぐに拾って元の位置に戻そうと、俺はしゃがみこんでスケッチブックを拾う。

 すると、床にページを開くように落ちてしまったスケッチブックを手に取り、あるページがみえてしまった。

「こ、これは……!」

 俺はたまたま見えてしまったそのページに目線が釘付けになった。

 そのスケッチブックの一ページには気合の入ったイラストが描かれていた。

 三年前に放送していた深夜アニメである「スコルピオン学園」というアニメのイラストだった。

 俺も中学時代にアニメを見ていたスコルピオン学園というアニメの主人公であるエルザードというキャラクターのイラストだったのだ。

「スコルピオン学園」(通称・スコ学)という学園バトルものだ。三年前に放送したアニメで原作なしのオリジナルアニメである。

 エルザードというアメリカ出身の主人公が能力に目覚め、日本の能力者を集めたスコルピオン学園という学校に転校してきて学園内のバトルなど様々な困難に立ち向かっていく話だ。

 俺も毎週アニメを見ていたのでよく知っている。

 原作のないオリジナルアニメなので先の見えない予測不可能な展開から毎回驚きの連続でそのバトルシーンなどに力が入っていて話題を呼び評判で人気も高かった。

 あまりのアニメの出来の良さに最終回を迎えた後は二期、いわば続編を求める声も高かったが新しいメディア展開は今のところない。

「誰がこの絵を描いたんだろう……!?」

 ただ拾うだけのつもりがついその絵をじっと見てしまう。 

 紙に直接ペンで描いた絵のようだがそれはまるでプロが描いたかのように細い線で色塗りも美しく、まるでアニメのイラストかと見間違えるほどだ。

 これがアナログなペンなどの文房具で描かれたものとは思えない。

 この学校にここまでこのアニメの絵をうまく描ける生徒が存在するのかと。

 俺がそのスケッチブックにあっけにとられていると、戸の開く音がした。

「誰!?」

 突然入口の方から声が響く。

 ハッとした俺は目線をスケッチブックから声の主へと向ける。

 入口に立っているその声の主こそが俺が探していたクラスメイトである深山桃菜だ。

 黒髪にボブカットのショートヘアーで小顔に制服を着て、これといった特徴のない女子。

 どうやらトイレから戻ってきたところらしく、俺を見て驚愕の表情を浮かべる。


 そうだ、このスケッチブックは深山のものかもしれない。

 美術で絵がうまく、アニメが好きという噂のある深山、この絵を描いたのも深山だとすればそれを勝手に見られては驚くのも無理はない。

 これはまさに俺が勝手に大切なスケッチブックの中を見てしまった現場にもなってしまう。

「み、見ないで!」

 深山は即座にこちらに走って駆け寄り、俺の手からスケッチブックを奪い取る。

 まるで見られたくないものを見られたかのように、顔を紅くして、御山はスケッチブックを抱きしめた。

 そのただごとではない様子に、俺は見てはいけないものを見てしまったのだと悟る。

「ご、ごめん! 勝手に見るつもりなんてなかったんだ」

 俺はすぐに謝罪した。

 深山は一瞬こちらをキッとした目で見つめた。怒っている?

 これでは小宮の時と同じだ。勝手についてきて、勝手に秘密を見てしまい、またもや怒られるパターンかと俺は覚悟した。


 しかし深山は怒鳴る様子もなく、ただ無言でスケッチブックを抱きしめていた。

 どうやら深山は小宮のようにキレるタイプではなく、温厚でこういう時はただ黙るタイプのようだ。

「ちょっとスケッチブック落としちゃって、拾おうとしただけなんだ、そしたら中、見えちゃって、ホントごめん!」

 深山はじっとこちらを見つめる。なぜかその表情はどこか悲しそうにも見えた。

「ごめんな。拾おうとしたら中身が見えちゃって。それが俺もよく知ってるキャラの絵だったから驚いたんだ。描いた人がスコルピオン学園好きなんだなって」

 深山は俺の口から出たアニメのタイトルを聞いた途端表情が変わった。

「えっ、これがなんの絵かわかるの!?」

と驚きの声を上げる

 確かになんの絵か元ネタがわかるなんてそのアニメを知っていなければ無理だ。

 深夜放送のアニメだとアニメを全然見ないオタクじゃない一般人だとまずなんの絵なのかすらもわからないだろう。

「それ、スコルピオン学園のエルザードだろ?」

 さらに畳みかけるように、俺はイラストのキャラクターの名前を言った。

 ぱああ、と深山の表情が明るくなる

「江村くんもスコルピオン学園見てたの?」

 深山、クラスメイトの俺の名前覚えてくれてたんだ、と思いノリで話を続ける。

「うん! めっちゃ面白いアニメだったよな。特殊能力だらけの学校でバトルもあればギャグもありで毎週夢中になってた」

 アニメの話になればこちらの得意ジャンルだ。共通の話題を続けられる。

「このアニメの良さがわかる人が同じクラスにいるなんて……」

 深山は怒る様子も悲しむ様子もなく、今の表情は同士を見つけた!という時の顔だった。

 深山とこうして二人っきりで話すのは初めてだが幸いにも共通のアニメの話題で困らなかった。

「この絵、私が描いたの。このスケッチブックは全部スコ学だよ。よかったら見る?」

 深山はそう言うと、手に持って隠そうとしていたスケッチブックの中身を俺に手渡し、改めて俺に見せてくれた。

 どうやら深山の見知らぬ初対面の他人へのバリケードは踏み入ることを許されたようだ。

「見ていいの?」

「うん、どうぞ」

 スケッチブックの他のページを開くと先ほど一瞬見た絵の他にもいろんな構図のキャラクターが出てきた。

 主人公のエルザードだけではなくスコルピオン学園に登場する親友やクラスメイトに教師である大人キャラクターなど、実にスコルピオン学園のキャラクターが色とりどりで感情豊かに書かれたイラストがたくさんあったのだ。

「これ、全部深山が描いたのか!? すっげえうまいじゃん! プロみたいだ!」

 俺は深山が描いたイラストのクオリティの高さに驚いた。

 先ほど一瞬見た絵もかなりもものだったのだが他のページもそれにひけを取らないほど美しい絵なのである。

 スコルピオン学園のデザインを崩さず、しかし深山の目の大き目な今風の絵柄とも実にマッチしていて本当にこんなカラーイラストがあっても違和感ないほどだ。

「こういうのってどうやって描くの!? 最近はパソコンでデジタルで描くっていうけどそのスケッチブックはアナログだよな!? それでそんなに綺麗な絵が描けるのか!」

 興奮したあまりの俺はつい深山を質問攻めにしてしまう。

 深山が絵うまいというのは評判だがまさかアニメ系のイラストもこんなに美麗なものを描けるということを知らなかったのだ。

「そ、そんなにこの絵、綺麗?」

「うん! マジですごくうまい!」

 俺はお世辞ではなく、本当にその絵のうまさに感動したのである。

 まるでネット上で見る人気のイラストレーターが描いたのかと思うほどのレベルなのだ。

 プロの大人のイラストレーターならその画力はわかるが高校生という年齢でこれならかなり凄い。

「これはコピックっていうペンで描いたの。アニメ系のイラストに適したカラーペンみたいなものよ。アナログの時の色塗りは水性絵具を使う時もあるけど」

「それでそんな凄い絵が描けるのか!?」 

 コピックという知らないペンの名前が出てきたことも驚きだが水性絵具といえば小学校の図工とかで使う画材のイメージだ。

 中学校の美術の授業では油性絵具だったので。そんな安価な画材でプロ並みの絵が描けるということに感動した。

「デジタルでも描くことができて、家で書く時はパソコンにペンタブレットとか全部デジタルで描いてるかな。外ではアナログだけど」

「手描きだけじゃなくてデジタルもやってんの!?」

 デジタルで絵を描くにはパソコンといった必須道具以外にもペンタブレットといった高価な道具が必要だと以前ツイッターで流れてきた情報で見た覚えがある。

 しかし裕福という噂の深山の家なら揃えられないこともないのかもしれない

 絵の能力をべた褒めにしたところで深山は少しずつ口を開く。

「私、その……イラストとか漫画とか描くの大好きで、よく好きな作品の絵とか漫画描いてるの。それで大好きなスコ学の絵を描いてたらこんなにいっぱい増えて」

 小宮はコスプレといった形で作品への愛を表現していたが、御山はいわゆる「絵描き」という分野だ。

 絵とは主にオタク業界ではイラストや漫画などを指す。

 深山が描いているのはいわゆるファンアートというものだ。

 既存のアニメや漫画のキャラクターをファンが描くというものでいわゆるパロディというジャンルだ、

 ファンの作品への愛の形は俺のようにひたすら作品への感想を言ったり、陸野のようにグッズを買ったりタイアップされてる店に行く以外にも小宮のようにコスプレで表現するというものもあるが、その中でも絵を描けるものだけができる活動だ。

 好きな作品のイラストを描く。好きな作品を元とした二次創作を書くなどだ。

好きな作品のキャラクターを自分の絵柄でイラストを描いたり。そこからさらにストーリーをつけて漫画や小説として発表するといったものである。

 その二次創作文化というものも昔は小規模な同人誌即売会やオタク系雑誌へのイラスト投稿などでひっそりしたものだったのが今はすっかりインターネットという場のおかげでSNSに投稿、それを簡単に見れるといった理由で大きくなっている。

 今やイラストや漫画に小説の投稿をメインとしたSNSすらも存在するほどだ。

「見せてから言うのもなんだけど、引いた? こんな好きなアニメの絵描いたり、してる趣味なんて」

 深山はまるで自分の特技を後ろめたさがあるのかまるで悪いかのように比喩していた。

「なんで? 全然恥ずかしいことじゃないじゃん? むしろファンとしての愛の形を立派に表現できててすげえって思う。」

「江村くんはこういうの嫌とか思わないの?」

「全然。俺はこういうのむしろ好きだけど」

 俺はこういったファンアートはそれも作品を愛する形の一つとして受け入れている。

 ツイッターでもよく絵描きであるフォロワーがアップしたアニメのイラストなどはよくいいねをつけるし、タイムラインに流れてきたファンが描いたアニメの二次創作の漫画はありがたく読むほどだ。

「むしろ、なんで深山はそれに引け目を感じているんだ? 凄い特技だと思うけど」

 深山はこういった特技にどこか引け目を感じているからクラスっでは距離を置いているのかもしれない。

 クラスの奴もきっと深山と仲良くしたいと思う奴いるだろうに、なんで深山はクラスでは誰とも話さず、その絵の才能も公にしないのかが謎だった。

 俺がそう聞くと、御山は美術室の窓の外を見つめながら話し始めた。

「子供の頃から絵とか描くの好きで、小学校までは学校で漫画とかイラストとか描いてれば自然と友達が寄ってきて『好きなキャラ描いて』とか言われてたりもしてたの」

 どうやら深山の過去のようだ。ファンアートを肯定するクラスメイトに心のバリケードのようなものが解除されたのか俺は黙って聞いた。

「それで絵を描けることって立派な特技なんだって思ってた。けど中学入ったらみんなそんな趣味よりも好きな芸能人とか好きな男の子の話とかばっかりでだんだん受け入れられる特技じゃないって気づいた。それでも私は絵を描くことが好きでやめられなかった」

 外を見つめる深山の表情は少し寂しそうだった。

「中学の時、そんな私の趣味を認めてくれた友達がいたんだけど、ある日その子がネットで好きなキャラが酷いこととかされているイラストを見ちゃって『好きなキャラが酷いこととかされているのを見てショックを受けた』ってことを私に言ってきたの」

「あー……」

 いわゆるファンアートや二次創作の中にはエロやグロ系といった、描き手の好みのシチュエーションでキャラの絵を描くというものもある。

 その中には既存のキャラクターを性的な表現の絵にしたり、もしくは残虐的な描写をされている絵が描かれることもある。

 おそらく深山の友達が見たというのもそういう類だろう。

 そういったものは閲覧する前にキャプションといった注意書きを見てウインドウを閉じろといった警告があるものもあるが、現状ではSNSなどにアップされていれば見たくない人にまで見えてしまうということもあるのだ。

「その友達が「アニメは公式の良さがあるからいいんであって原作者と違うやつが描いたものなんて認めねえ! 公式を個人の解釈で捻じ曲げんな!」ってすごく怒ってて。それでその子はそれ以来二次創作やイラストを嫌悪するようになっちゃったから……。それでそれ以降は私もこういう絵を描くことはもう誰にも言わないようにしてて高校ではクラスの子と距離作ってた。それ以来ファンアートとか二次創作は学校とかでは誰にも教えないで隠れてひっそりとやるようにして」

 それは二次創作が苦手な人が運悪く見てしまったといういわゆる地雷を踏んだというやつだ。

 深山は絵がうまいし、もちろん二次創作がそんなものばかりというわけではないが友達とそういうことがあって、それ以降高校でもクラスメイトとは距離を置いていたということだ。

 大人ならばネット上でたまたま見かけた地雷の創作物を見ても、その作品がそうだっただけ、とも解釈できるが中学生という子供の年齢だと地雷は二次創作をそういった嫌悪や偏見の目で見てしまうかもしれない。

 二次創作やファンアートは描き手の趣向や好みを入れたシチュエーションを描くのでエロやグロといった類はそれが全員に受け入れられるといったものではない。

 なので運悪くそういったものを苦手な人がそれらを見てしまった時はまさに地雷を踏んだように嫌悪感を抱くという。

 きっと深山の友達もそういったショックを受けたのだろう。

 実際にファンアートや二次創作は著作権や版権的な意味ではすでにある作品を別の人がそのキャラクターを使って作品にするということで法的にはグレーゾーンで違法行為ギリギリなのである。

 それを公式からは見逃されていることでスルーされている状態であり、二次創作反対派からすれば公式を自分の好みの解釈でねじまげて自分の作品として発表する行為を悪だという者もいる。

 元となった作品に対しては著作権や版権の問題もあるし、公式である原作をねじまげて好きにしてる、など認められたものではない、と思う人もいる。

 どうしても全てのファンが受け入れられるというものではない。

 二次創作やファンアートといったものはそういった暗黙の了解が前提で楽しまれている文化なのだ。

「こんな趣味誰にも知られちゃいけないって思ったからこういうの好きな自分はひっそりやるべきで本当はこんな趣味あっちゃいけないんだ、ってずっと思ってて。だから少し時間が空いた時とか誰も来ない場所でひっそり描いたりしてた」

「そんな負い目に感じることだったのか……」

 凄い才能があってもある分野ではそれを堂々としてはいけない、むしろ本当はダメなことだと思いながらひっそりとやっていく。

 深山はどうしてもそうせざるを得ない状況だったのだろう。

「今日は本当に美術の課題やろうとしてたんだけど、ついお絵かきもしたくなっちゃってスケブも持ち歩いてたの。でもまさか江村くんもこういうの好きとは思わなかったなあ。教室でアニメの話してるのはたまに見てたけど、やっぱり二次創作が好きとは限らないもんね」

 俺が深山のその特技に驚いたように、深山もまた俺のそのファンアートに寛容な思考が意外だったようだ。

 ここで一押しすればまた深山との交流を持つチャンスかもしれない。

「俺はこういうのとかもっと深山の作品読みたい! よかったら他の絵とかも見せてくれないか? 今日はイラストだけだったけど、深山が描いた漫画とかも読んでみたいな」

 俺は精一杯の笑顔でそう言った。これは心からの本音だった。

 こういった些細なことでもいいから深山のイラストをもっと見てみたいという気持ちもあった。

「私、SNSに作品を投稿してるから、結構ネット上にアップロードしたりしてるよ」

「え、そうなのか」

 リアルでは隠し気味でクラスメイトに秘密にしていてもこれだけうまいのであれば確かにすでにどこかで公開していてもいける内容だ。

 現に小宮だってコスプレ写真をSNSにアップロードしていたのである。それなら深山だったら作品をアップロードしていてもおかしくない。

「アカウントをフォローしてくれればそこから読めるようになるよ。昔のことがあるから学校の知り合いには誰にも教えてないけど、スコ学好きな江村くんだったフォローしてもらいいよ。今日もうこういう絵を描くことも知られちゃってるし」

「いいのか?」

「うん、だけどクラスの人には教えないでね」

 そんな会話をして昼休みが終わる時間だったので俺達は教室に戻った。


 俺はそうして深山のSNSのアカウントを教えてもらえることになったのでフォローさせてもらうことにした。

 噂通り、深山は芸術的な絵がうまいだけではなくアニメ好きだった。そして絵のスキルをそういった趣味にも生かしていたのだ。

 噂が本当だったように、クラスメイトでまた一人アニメが好きな人がいたことは嬉しい。

 しかもそのイラストの腕も相当なものだ。あとで深山のネット上にアップされた作品を読むのが楽しみである。



 学校が終わると俺はその夜パソコンを開き、pixivにログインしてさっそく深山の作品を見ることにした。

 Pixivはよくプロの漫画家も作品をアップすることがあるのでそれらをを見るのに利用するためにアカウントを作っていたのだが、まさかリアルの知人であるクラスメイトの作品を見ることになるとは思わなかった。

「深山のペンネームは『ナナコ』さんか」

 教えてもらったID番号を入力して深山のアカウントのトップページでペンネームを知った。

 イラストはすでに十数枚も投稿されており、わずかながらも漫画もあった。

 サムネイルを見る限り、アップロードされていた作品はスケッチブックに描かれていたもの以外もたくさんあった。

 全く会ったことのない他人のアカウントを見るのではなく、リアルでよく知っているクラスメイトの作品を見るというのはなんだか秘密を共有しているような気持ちになった。

 主に描いているのはやはり「スコルピオン学園」のファンアートや二次創作である。

 俺はさっそく深山の作品をクリックすると、その絵に驚愕だった。

「すっげえ、スケブの絵もすごかったけど、デジタルだともっと綺麗だな」

 まさにスコルピオン学園のキャラクター達全てを一つの絵にしたオールスター勢ぞろいであるイラストからはまさにスコルピオン学園の世界観がうまく表現できている。

 異能バトルということで学園側の味方サイドと敵サイドの対が見事である。

 決してオリジナルの世界観を崩さない絵柄に、まるでプロの漫画家かイラストレーターが描いたかのようなクオリティの画力。

 おそらくデジタルで描いたであろうカラーイラストもアップロードされている。

 漫画は四ページほどのショートストーリーばかりだが、どれもスコルピオン学園のキャラの個性を生かしてちゃんと漫画になっている。

 閲覧数も軽く数百という単位であり、いいねも結構な数がついていた。そのことから深山の作品はすでにネット上では多大な評価を得ていることがよくわかる。

「すげえ面白いじゃん。絵もうまいし、ストーリーの見せ方もバッチリだ」

 深山の二次創作やファンアートはまさにその作品を大好きだという感情は伝わってくるように愛を感じる。




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