第9話 コスプレイヤーのスタジオ撮影

 とうとうスタジオ撮影の日曜日がやってきた。


 小宮に指定された、コスプレ用スタジオのある町の駅で待ち合わせをすることになった。

 場所は駅を出てすぐの場所にあるコンビニだ。


 約束の時間に小宮は現れた。

「おまたせ」

 小宮の私服姿は初めて見た。

 茶髪をサイドアップにしていて、大きなヘアアクセをしており、肩だしのブラウスにデニムのショートパンツにヒール付きサンダルという組み合わせだ。

 どちらかというとギャル寄りなファッションでこれまた陸野とは違うタイプである。

 普段とのお出かけの違いはおそらく大きめの旅行量衣装カートを引いていることだろう。おそらくそのカートの中に衣装やウィッグといったコスプレ用小物が入っているのだろう。

「ふーん」

「何よ。あたしの服装、なんか変?」

「いや、コスプレイヤーって私服ももっと派手な感じのファッションかと思ったけど割と普通なんだなって」

「そりゃあ私服は普通に決まってるじゃない」

 コスプレイヤーは派手なコスプレの時とオフとはこんなにも違うものなのだと感じた。

 あくまでも普段は普通の恰好なのである。


「スタジオへの場所はわかってるから、ついてきて」

 小宮に言われるがまま俺はその後ろをついていく。


「ここよ」

 案内された場所の建物の外見は普通のビルだった。

 外観はごく普通の建物でもこの中がきっとスタジオになっているのだろう。

 現に入口の自動ドアの上には大きく英語でスタジオと表記したロゴが輝いている。

 紛れもなく、ロゴがここのビルがスタジオということを示している。

 本格的なコスプレ専門のスタジオなんて初めて来た。

「じゃあ中入るわよ。まずは受付ね」

 自動ドアの入り口から中へ入ってみると、受付カウンターに小宮と同じくカートを引いた若い女性がキャイキャイ騒ぎながら並んでいた。

 恐らくカートの中身はコスプレ衣装やウィッグなど大荷物が入ってるのであろう。

 みんな黒髪や茶髪といった日本人によくある髪色であり、服装も普通の私服であるごく普通の女性達だ。

 コスプレイヤーのスタジオとは利用客に女性が多いのか、女性客が目立つのだ。

 きっとこの女性達がこれからコスプレ衣装を着ることで二次元の色とりどりの髪型や衣装といったキャラクターに変身するのだろう、とカートなど大荷物を見て思った


「まずはここで受付だから」

 俺達はまず受付を済ませることにした。

 初めての利用の会員証を作り、コスプレ利用かカメラマン利用かを選ぶ。

 料金は一日コースがカメラマン利用二千八百円、結構高いな…。

 コスプレ利用かカメラマン利用かによって料金も違うようだが俺は今回はカメラマンということでカメラマン利用料金を支払った。


 受付が終わると、ロビーで俺達はいったん別れることになった。

 小宮はこれからコスプレ衣装に着替えねばならない。

「じゃあたし、着替えてくるから更衣室行くね。あんたはロビーで待ってて。着替えるのに時間かかると思うから気長に待っててね」

 コスプレ衣装に着替えるということはただ服を着替えるだけではなく、ウィッグのセットやメイクに時間がかかるという。つまり通常の着替えよりもずっと手間がかかるのだ。

「行ってくるね」

小宮はカートを引いて更衣室へと姿を消した。


 一人になった俺はロビーにあるソファーで待つことにした。

 ロビーにあった自動販売機で購入したジュースで喉を潤しながらスマホをいじる。

 ふと顔を上げれば更衣室の方面からは続々と派手な色のウィッグをかぶりカラフルなコスプレ衣装に身を包んだコスプレイヤーが出てきた。

「あれは「魔法少女クレセント」のグループか」

 やはりコスプレをするキャラクターは現在放送中の人気アニメなど流行もののキャラが多く、俺も見ているアニメのキャラクターが多かった。

 今出てきた四人組は今期放送中の魔法少女アニメのメインキャラ四人のコスプレをしていた。

 魔法少女らしい色とりどりのドレスのような衣装に派手なウィッグ、さらには小道具であるステッキなどの武器も完璧に作られているのかそれらを折りたたんだり携帯できる形にして運んでいた。

 更衣室にロッカーがあるのか衣装を運んだ大きな荷物であるカートはそこに置いて撮影の時には撮影に必要な小道具に財布やスマホといった貴重品が入っている鞄のみを持ち歩くようだ。

 スタジオを利用するのは女性のコスプレイヤーが多めというだけあってやはり扮するキャラクターは女性キャラが多いのかと思えば、男装レイヤーもなかなか多く、学園制服の男子高校生キャラのコスプレに男性バトルキャラのコスプレ衣装を身に着けるコスプレイヤー達も見えた。

 更衣室の通路へと入っていくのはごく普通の黒髪や茶髪といった髪色の私服である日本人な客が更衣室から出てくる時にはまるで二次元から飛び出してきたかのように続々とアニメやゲームのキャラに変身しているのだ。

 今までコスプレといえばイベントで歩いているコスプレイヤーを見たくらいなのでこうしてコスプレ専用スタジオに来る経験なんてなかった。

 あまり利用客をじろじろ見つめるのも失礼だと思って俺はスマホの画面を見ることに戻った。


 それから約三十分ほどが経過して、ようやく俺に声がかけられた。

「おまたせ。待った?」

 その聞き覚えのある声から小宮だとわかったが、その姿は先ほどとは似ても似つかぬ状態だった。

 スマホで見せてもらったように派手なピンク色の髪型から腹や腕を出した小悪魔的なファッションに特徴的なギザギザ模様のスカートに二―ハイブーツ。

 顔もコスプレ用のメイクを施しているためかさっき会った小宮とはまるで別人のように見える。

 マスカラをつけた睫毛は目元をさらにパッチリと際立たせ、ファンデーションで色白の肌をよく再現できている。

 まさしく「サタンフォーチューン」のユニーが立っていた。

 目にはカラーコンタクトを入れていてアニメと同じ瞳の色であるグリーンの瞳が美しい。

 何から何までさきほどの小宮とは別人だ。

「すっげえ、生で見るとやっぱ迫力あるなー」

 スマホの画面で見ただけの制止画である写真と生で実際に見るコスプレとでは全然印象が違う。

 写真ではよくわからなかったメイクや細部へのこだわりが目の前で見ると迫力が違うのだ。

 歩くと揺れるスカートのすそや服の皺、等も細かくまさに現実にあのキャラがいたらこんな感じだという理想がそのまま現実に表れたかのようだ。

「そんなに、凄いかな?」

 俺の褒めた発言に小宮は少々顔を赤らめる。

「ああ、写真で見たのとは何もかも違うぜ。本当のユニーみたいだ」

「当たり前じゃなーい! あたしの衣装の完成度は誰にも譲らないわ」

 自信に満ちた小宮はどこかワクワクしていた。

「じゃあさっそく撮影、行きましょう!」

 そう言って小宮はトートバッグに何やら筒状のものを背中に抱えて、フロントに向かった。

「撮影に必要な道具とかはフロントで借りることもできるけど、今日はあたしが持ってきた一眼レフと三脚を使ってもらうからレフ板を借りていきましょう」

 レフ板とはコスプレ撮影でよく使う、折りたためる薄い鏡状の板だ。それを使って被写体に光を当てることができる。

 俺はイベント会場で何度か実物を見たことがあったので知っていた。

 そして小宮はトートバッグの中から一眼レフカメラの入ったケース取り出した。

「これがあたしの一眼レフよ」

 そしてその一眼レフカメラを今日はカメラマンという重要な役をする俺に手渡した。

 一眼レフは普通のデジカメよりもサイズが大きく、レンズが巨大な分、本体も大きい。

 手の平よりはみ出るほどの大きさで、実際に持ってみるとずっしりと重い。

「高い物なんだから、絶対に落とさないでよ。慎重に扱ってね」

 一眼レフはカメラの中でも相当高額な物である。確か数万円単位はするはずだ。

 普通のデジタルカメラが安いものであれば数千円から約一万円前後で買えるのに対し、一眼レフは数万円規模の値段である。

 しっかり握って落とさないようにしなければならない、と思うと持つ手も震えるような気がしてきた

「高校生が一眼レフって……こんな高い物よく買えたなあ」

「バイト頑張ってお金貯めたのよ。コスプレは衣装作るのもいろんな布とか道具とも必要だから学生レイヤーにとっての資金稼ぎのバイトは必須なわけ」

 なるほど、だから普通の飲食店よりも給料の高いメイド喫茶でバイトしているわけか。

 小宮いわく、コスプレが趣味だとメイド喫茶でのアルバイトはコスプレを常にしているようなものだし、同僚もやはりそういった趣味を理解できる人が多いということらしいがそういった事情もあるのだろう。

「でも俺、そんな高いカメラとか使ったことない。使い方わかるかな?」

 デジタルカメラやスマホ撮影なら慣れているが、こういった本格的なカメラを使う機会なんてなかなかない。

「大丈夫。今の一眼レフは自動焦点機能もついてるから普通のデジカメやスマホみたいな感じで撮影すれば充分いい写真が撮れるから。シャッターを押すだけで補正とかも大丈夫よ」

「わかった。あとは本番で教えてくれ」

「じゃあさっそくスタジオに行きましょう。まずは単独写真を撮ってからね」

 フロントにあったフロアマップをもらい、それを見ながら俺達は目的のスタジオへ向かった。

 スタジオ内の通路では他のコスプレイヤーとすれ違ったりもしたので私服の俺の姿はここでは逆に浮いてしまう。そのくらい利用者はコスプレイヤーが多かった。

一人一人を撮影できるステージスタジオがあるということでそこへ向かう。


 そしてやってきたスタジオはまるでソロアイドルがテレビで歌う時のバックのようなステージ風のフロアだった。

 細長いステージには銀色の壁が迫り、天井にはミラーボールが吊り下げられている。

 そのステージの真ん中に立ってポーズをとればまるでアイドルのようにソロ写真が撮れるというわけだ。

 その場所はすでに利用者がいたので順番待ちが発生した。

 スタジオ内は大勢のグループが同時に利用しているのでお目当てのスタジオが利用中の時は順番待ちも普通だという。

 しばらく待って、ステージスタジオが空いたのでようやく小宮の順番が回ってきた。

「一眼レフの設定はしてあるから、あたしにカメラ向けて、このシャッターボタンを押してくれればOKよ」

 小宮は一眼レフの使い方を説明して、カメラをどう構えるか、どう被写体を撮影するかを言った。 

「じゃあ、さっそく撮影の準備するから。そうそう、武器も作ったんだ」

 小宮はそう言うと、背中に抱えていた筒状の入れ物から何やら棒のようなものを取り出した。

 それを組み立てると、紺色の棒の先には丸い宝石のような物がついたアニメの中でユニーが武器として仕様する、ロッドが完成したのだ。

「すっげえ、小道具もちゃんと作ってるのな」

「こういう部分も自作するのが基本よ」

 そう言ってロッドを手に持つと、より一層ユニーというキャラに近づく

「それじゃあ撮影始めましょう」

 小宮は実にいろんなポーズを決めた。

 教えてもらった通りに一眼レフを操作するとモテルに合わせてシャッターを切るとカシャッっというシャッター音が響き、写真を撮ることができた。

 撮影開始になるとまずは基本的な正面立ちから、ユニーらしくロッドを前に掲げたポーズ、学校の鏡の前でもやっていた戦闘ポーズなどだ。

 背景の銀色の壁がより一層その演出を引き立てる。

 表情もしっかりキャラに合わせていて、武器を掲げる時は凛々しい表情でなどバラエティに富んでいる。

 小宮のメイクアップされた表情も、かなりいつもより美しさに磨きがかかっているように見える。

(こうやって見ると、小宮ってかなりの美人だよな)

 俺はほんのりそう思いながら、様々な角度で撮影した。

 まるでこうして撮影しているとアイドルのグラビア撮影か、本当の雑誌モデルの撮影現場にいるような気分にすらなる。

 きっとプロのカメラマンがモデルを撮影する時もこういう気持ちなのだろう。

 

 一通りのポーズをとってステージ撮影が終わると、小宮はポーズを決めっぱなしなのと立ちっぱなしで少し疲れたらしく、俺も重いカメラを持って腕が疲れたのでしばし休憩をはさんで次のスタジオへ向かった。

「じゃあ、次行きましょう」

「え、もういいのか? しょっぱなからそんなにペース上げて疲れないか?」

「いろんなスタジオあるんだからここでばててたら一日が終わっちゃうわよ。さあ、次行きましょう」

 俺達は荷物をまとめて、そそくさと次のスタジオへ向かった。


 ステージスタジオから次のスタジオまで歩いて移動する途中、様々なフロアを通った。

 背景なしで撮影できる白に統一されたフロアや、SF的な世界観を再現できる、まるで宇宙船の中のようになっている青い壁に管が張り巡らされたスペースもあった。

 まるでこのスタジオの建物全体がいろんな世界観や様々な国を再現した場所のように実に様々なスタジオがある。

 スタジオはひとつひとつが壁で仕切られているのではなく、大きなフロア一つに壁などの仕切りもなしで背景の違うスタジオが一つのフロアにまるで多次元のように存在する。

 学校の教室のように黒板に机が並んだ学園ものに合うスタジオから、中華風のチャイナ系コスプレに合うような中華風なフロアに、和で統一された日本家屋の茶室を再現した和風のスタジオまでフロア移動の合間にあらゆる世界のスタジオが見えるのだ。

「この先にサタンフォーチューンの世界観に合う中世ヨーロッパ風になってるスタジオがあるんだって。そのスタジオに行きましょう」

 小宮はフロアマップを見てそこへと足を進める。

俺達がやってきたスタジオはまるで中世ヨーロッパ風の洋館の中を再現したような洋館風のスタジオだった。

「すっげえ、なんか外国に来たみたいだ」

 壁は洋館のような紋章が掘られたアンティーク調で、部屋の中央にはよくアニメで金持ちが食事をするシーンに出てくるような長いテーブルの上には燭台や果物に花といったまたその雰囲気を演出するレプリカが飾られていて、椅子ももちろんアンティークのようなものだ。

 壁には赤いカーテンがかけられており、本当に洋館にありそうな絵画のレプリカが飾られている。その下には火は灯ってないものの暖炉まであるのだ。

 さらにテーブルの上には映画などで見るティータイムで使うティーポットやアンティークなカップに、三段トレーに作り物のお菓子が乗っている。

 まさにこのスタジオそのものが洋館の一室を丸ごと再現したようなフロアだ。

「こんなセットあるんだ。まるで本当にアニメか映画の世界に入り込んだみてーだなあ」

 現代日本に住む庶民ならばこんな洋館風の建物に来ること自体が滅多にない。

 日本家屋のダイニングキッチンとは大きく異なり、日本でもここまで本格的に洋館のような家には行ったことがない。

 まさに中世ヨーロッパの貴族のお屋敷みたいな場所である。

「あたし、こういう場所でコス撮影するのが夢だったんだ。よくSNSでもフォロワーさんがこういうスタジオで撮影したコス写真アップしたりしてるの見てて憧れてた」

 小宮のいう通り、ここはまさにコスプレ撮影にうってつけのスタジオだ。

「じゃあ、あたしがこの椅子に座って、ティーカップを持つポーズで撮影しましょう。サタン城の中でのティータイムのひと時みたいなシーン再現で」

「それいいな。確かにユニーならそういうこと日常的にやってそうだもんな」

 同じアニメを好きな者同士としてこういう話になると共感ができる。

 小宮はさっそくテーブルの奥の椅子に座り、レプリカのティーカップを持った。

 俺はそのポーズをカメラに収め、シャッターボタンを押す。

 カメラのレンズ越しに見ると、その姿は本当に一枚絵のようだ。

「おお、すげえ。マジでサタフォにありそうなシーンだな」

 その姿は優雅でまさにサタンフォーチューンのワンシーンとしてありそうな風景だ。

 背景と小宮の衣装が実に合う。

 コスプレとは絵とはまた違い、こういったスタジオ撮影という形で本編でありそうなシーンを再現することができるのだと感じた。

 

 そこで撮影が終わると、今度は同じフロアにある、一角で撮影することにした。

 洋館風のスタジオのあるフロアは同じく中世ヨーロッパをその場所に作りだしたかのようなジオラマが多い。

 ヨーロッパの城のテラスあるような柵があって、まるで城のテラスを再現しているジオラマだ。

 たまにテーマパーク等で施設の外観がこういったデザインになっているようなあんな感じだ。

 ここもまさにアニメのシーン再現をするにはうってつけの場所だ。

「ねえねえ、この柵で外を眺めるような構図にすれば、これもまたサタフォの再現になると思わない?」 

 小宮がそういうと、それは思い当たるシーンがあった。

「ああ、アニメ六話のリゼルの帰りを待つシーンが再現できるな」

 サタン城のテラスで外を眺めながら主人公リゼルの帰りを待つユニー、そんな場面が本編内にあったワンシーンだ。きっとそこのことを言っている。

「やっぱあのアニメをよく知ってるあんただからいいわー。ちゃんとバッチリあのアニメのどこのシーンとか当ててくれるわね」

「そりゃあ、俺もあのアニメ、何度も見たし」

「こういうコスプレ撮影はその作品を知ってる人同士だとやっぱり楽しいわね。こうしたらあのシーンが再現できそうじゃない?とか原作のどことかわかるし」

 それはまさに同じアニメが好き同士ならではの会話である。

 もしも俺がサタンフォーチューンを知らなければまず小宮と一緒にスタジオ撮影をしにくることなんてなかっただろう。

「じゃあまさにユニーの日常シーンを再現できるスタジオあるから、そこへ行きましょ」


 次に来たのは部屋のすべてがアンティークな家具に囲まれた書斎風なスタジオだった。

 まるで絵本の中から飛び出してきたかのような本当にアニメのワンシーンのような場所である。

 ロココ調の本棚にアンティーク風な書斎机に椅子が完備されていて、さらに古い振り子時計やランプなどが置かれており、まさにアニメではこういった書斎のシーンがよく出てくる。

 小道具も凝っていて羽ペンに地球儀に世界地図や羊皮紙のような書類などといったまさに中世ヨーロッパの書斎を思わせる雰囲気を見事に演出している。

「すげえ、これだけ完璧なセットが揃っていたらまんま映画の中みたいな世界だな」

 俺はその作りに感心した。 

 古い洋画などにもこういった背景が登場する。

 ここは本当に映画の撮影にも利用できそうなセットなのだ。

 まるでこういったスタジオは本当にその時代へタイムスリップしたような感覚になる。

 本の写真や映画で見る背景と違い、直にその場へ足を踏み入れるという行為は三百六十度がその空間に囲まれて、まさにリアルな体験なのだ。

「でしょー。ユニーは勉強もできるキャラだから本を読んでるシーンも多いし、絶対この書斎合うと思ってたのよ」

 ユニーはサタン側の頭脳キャラという面もあるので、本を読んだり調べ事をしているシーンも時々アニメ内に登場した。 

 小宮のフリフリしたゴシック調のコスプレ衣装と、書斎の背景がこれまたばっちり合うのだ。

 もちろんこの書斎はスタジオの作り物であって、あくまでも撮影用の用途でしかないのだがそれでも背景にここまで手の込んだセットが作られていると思うとコスプレスタジオとはリアルでまさに二次元を再現する場所だと思った。

「じゃああたしがこの本棚の前で調べ事をするユニーみたいな感じのポーズをとるから、それ撮影して」

 そう言うと小宮は書斎の小物である、一冊の本を開く形で立った。

 まさにアニメのワンシーンのようだ。

 俺はシャッターを押す。


 本編のシーン再現になる世界観に合った写真が十分に撮影できたので今度は少し変わった撮影をしようということでまたもやスタジオ内を移動する。

中世ヨーロッパ風なスタジオが続くフロアを抜けると、今度はいろんな場所で撮影したいということでバラエティに富んだフロアに来た。

 ここは廃墟風なジオラマや照明が暗いスタジオが続き、ホラー作品や、本編の暗い場所でのシーンなどを再現できるのだ。


 次に来たのはフロア内の一角が牢屋になっているスタジオだ。

 牢屋特有の金属の柵が縦に伸びた鉄格子は細い隙間でびっしりと立てられ、通り抜けることもできなさそうな細さだ。

 横には出入りする為に開閉できる柵がある。薄暗い照明がまたその雰囲気を演出する。

「牢屋なんて初めて見た」

 現代日本で普通に生きていたら入ることはないであろう場所である。

 もちろん今の日本でも刑務所や豚箱といった場所ならばこういう牢屋も存在するのだろうが、普通に生活していたらこんなところへお世話になることなんてまずないだろう。

「ここなら敵に捕まったユニーの悲壮漂うシーンが撮影できると思うの!」

 こんなまさにそんなシチュエーション撮影にうってつけなスタジオもあるのか、とこのスタジオの種類には衝撃だ。

「江村、あたしが中に入ったら、牢屋の鍵をかけてくれない?」

 牢屋の扉には横に棒を差し込んで施錠する鍵がついており、本当に鍵をかけることも可能になっている。

「えっ、撮影のためにそこまでするのかよ」

 出入口の鍵がかかっているかどうかなんて写真ではわからないことなのになぜそこも再現する必要があるのだろうか?

「こういうシーン再現ってのは実際に演出する為には写真ではわからなくても、鍵がかかっている方が演出的には忠実に再現できるのよ。実際に被写体が閉じ込められたって雰囲気を味わった方がより一層悲壮感出るでしょ」

 シーン再現をしたいという小宮の情熱は本物だ。

「わかった、じゃあそこまで言うなら鍵かけるぞ」

 小宮が牢屋の中に入ったことを確認すると、鉄格子越しにしか姿が見えなくなった。

 俺は入口の扉を閉めて端にある南京錠の棒を鉄格子間に通らせて鍵をかけた。

「OK! シーン再現はばっちりね」

 牢屋の中に入った小宮と鉄格子越しに会話する。

 こうやって実際に鉄格子を挟んで話すとまるで囚人との会話シーンを再現している気持ちになる。

 鉄格子の中にいる小宮はまるで檻に入れられた哀れな子犬に見えた。なんだかこうして見ると滑稽な風景にも見えてしまう

 これは一種の軟禁プレイなのではないだろうか、と俺はなぜかドキドキしてきた。

 実際にアダルト系のDVDなどではこういったプレイがあるのではないだろうか……、とそんなことを考えてしまう。

 鉄格子の奥の小宮はさっそく撮影の指示を出した。

「じゃああたしがここに座り込むから、江村はそれを撮影して。敵に捕らえられた檻の中のユニーを再現するのよ」

 敵に囚われた、という響きになんだか危険な香りを感じてしまい、俺はますますドキドキした。

 きっとアニメの実況コメントならば「ぐへへ」とか「薄い本が厚くなる」など低能なコメントが書き込まれそうなシチュエーションである。

 そんなやましいことを一瞬考えてしまったがここではカメラマンだ、そんな妄想をしてはいけない。

 小宮は牢屋の隅に体操座りのようにうずくまり、顔を膝につけた。

座り込んだ際、体操座りっで足を前に出して組んでるので当然ながらスカートはまくしあげられる形になる。スカートからちらりと除く太ももが見えてしまっている。

二―ハイブーツとスカートの間の絶対領域がまたよく見えるのだ。

って、さっきから何見てんだ俺!

 

 これではスカートの下も見えてしまうのでは…と一瞬考えたがそこは小宮もきちんと配慮をしているらしく、下に黒いスパッツを履いていた。

 なるほど、こういった撮影の際に下着が見えてしまうからコスプレイヤーはみんなコスプレ用の見せパンを履いているのか、と納得した。

「ちょっとー、早く撮ってよー」

 うずくまっていた小宮は顔を上げて俺に言った。

 そうだった、撮影するのが目的でのシーン再現だった、その雰囲気を味わっている場合ではない。

 まさにサタンフォーチューンの本編で牢屋に入れられたユニーの悲壮感が漂うシーンが忠実に再現されている。

 牢屋のスタジオは本物の牢屋らしく、ライトが暗めに設定されているのがまた臨場感を醸し出すのだ。

「じゃあ撮るぜ」

 小宮は再び顔を膝にうずめ、うなだれるユニーの構図になった。

俺はシャッターボタンを連射した。

 牢屋の静まり返った空気にパシャパシャというシャッター音だけが響いた。

「オッケー。撮れたぜ」

 俺の合図に小宮は顔を上げて立ち上がる。

「じゃあ次のところに行きましょうか」

 俺はついさっきまでのスタジオ移動の癖でそのまま小道具を持って移動する体制に入った。

 すると牢屋の中から抗議の声が上がる。

「ちょっとー。撮影終わったんだから早く牢屋の鍵、開けなさいよ。出られないじゃない」

 小宮は鉄格子をつかんでガシャガシャと鳴らした。

 これでは本当に囚人である。

「あ、そうだった」

 撮影の雰囲気を出す為に牢屋の鍵をかけていたことをすっかり忘れていた。

 俺は慌てて鉄格子の鍵を外した。


 その後も色々なスタジオを周って撮影をした。

 やはりコスプレイヤー利用者が多く、他のスタジオを周る際にもいろんなグループとすれ違った。

 二人から三人組という少人数で来ているコスプレイヤーのグループもいれば、十人という大人数で来たグループもいたり、やはり俺達のようなソロ撮影でレイヤー一人、私服カメラマン一名といった二人組の組み合わせも見た。中にはコスプレイヤー同士で片一方がカメラを担当してもう一人が被写体になることを交代交代でしているグループも見かけたのだ。

 そしてやはり利用客層は女性が多かった。

 他にも寝室のような部屋や台所みたいなスタジオもあり、いろんなシチュエーションで撮影しようという小宮の案により様々な撮影をした。

 やはりサタンフォーチューンという同じアニメを好きな者同士の組み合わせなのでこういうシーンもありそうだ、や捏造のシーンを撮影したりでそれもなかなか楽しいものだった。



「じゃあ、あたしは着替えるから。帰る準備してて」

 時間はすっかり午後四時を周り、かなりの枚数を撮ったので小宮が更衣室で着替えをして帰ることにした。

 またもや来た時と同じように俺はフロントで待つのだ。


 それから数十分もの時間が経ち、更衣室から出てきた小宮はコスプレ姿とは変わり、すっかりいつもの小宮だった。

 派手な髪色はウィッグを外していつもの髪色に戻り、カラーコンタクトも外して黒い瞳に衣装もごく普通の私服。

 ここに来た時と同じ姿に戻っただけなのに、まるでオンとオフを切り替えるアイドルのような変身を見た気分だった。

「お腹すいたね、どっかでご飯食べてから帰ろうか。今日撮ったカメラのデータも見たいし」

 スタジオの入り口である自動ドアをくぐるさい、小宮はそう言った。

 そういえば今日は昼飯はパンを軽く食べただけだった。

 スタジオ内のカフェは値段が張るという理由で飲食ブースではあらかじめ持ってきたパンやおにぎりで軽食を取っていたのだが、ゆっくり食べている時間もなく、その後も忙しい撮影をしていたのですっかり俺も腹が減っていた。

 それにカメラのデータを見たいというのも納得だ。

 今日一日は俺がカメラマンをしていて時折小宮がどう撮れたかをチェックすることはあったが、全体的にどんな写真が撮れたのかは見ている時間がなかったのである。



 俺達はスタジオの近くのファミレスで早めの夕食を取ることにことにした。

「ほら、この書斎での写真とか、まさにめっちゃサタフォらしくない?」

 そう言って小宮は一眼レフのデータ画面を俺に見せる。

 俺達はファミレスのテーブル席でフードを食べつつ、今日撮った写真を確認するべく、カメラの中のデータを見ていた。

 このファミレスは近くに撮影スタジオがあるためか、俺達と同じくコスプレ撮影会の打ち上げをしているグループが多いようで店内はコスプレイヤーと思われるカートなど大荷物を持った集団が結構いた。

「次はコールドエンブレムの併せしない?」

「あたし、ユイロやってみたいんだけどー」

「今度一緒に材料買いに行こうよー」

 今日の撮影会についてや今後の予定などコスプレイベントについて語っているようで他のテーブルからはコスプレ関連と思われる話題が聞こえる。


「こっちの壁の背景もユニーに合ってていいわね」

 小宮は自分の姿が写った画像を見ながら、いい写真を探していた。

 かなりの枚数の写真を撮ったがその中でも特に出来がいいものは加工してコスプレSNSにアップロードするということだ。

 ようやく今までは宅コスしかできなかったのが念願のスタジオ撮影ができたことでネット上にアップロードできるというのだ。

「江村にも今日撮った写真とかデータで送るから、欲しいのあったら言って」

 クラスメイトのコスプレ写真を異性である俺が受け取る、というのも不思議な気分だがこういったコスプレ撮影会の後は参加者同士で撮影した画像を共有するというのはよくある話らしい。

「じゃあさっそく、コスプレアカウントにもアップするわ。そうだ、せっかくだから江村にもアカウント教えておくわね」

 そういって小宮のコスプレ用のツイッターアカウントのIDを教えてもらえた。

さっそくプロフィール画面を見てみると「コミィ」というコスプレ用ネームでツイッターアカウントが作成されていてすでに自宅撮影のコス写真がいくつか投稿されている。

 そこへすでに午後の時間帯、つまりスタジオにいた時刻に「今日の速報! スタジオ撮影やってます」という内容ででスマートフォンでも撮影していたスタジオ撮影での一枚をアップしていたのだ。

 俺はそれを見ながら今日一日を振り返る。

「なんだかんだ今日の撮影会は楽しかったな。あんな和風だったり洋風だったり和風ないろんな世界を詰めたようなスタジオがあるなんて知らなかったし、牢屋まであるなんて。未知の世界へ踏み出した気分だったよ」

「ねー。あたし、前々からいつかああいう場所で撮影したいって夢だったんだ。今日できたからこれであたしも一歩さらにコスプレイヤーに近づいた気がするし」

 小宮は凄く嬉しそうに微笑んだ。

 普段はつっけんどんな態度を取っている小宮だが今日は自分がやりたかったことができて念願が達成できたことからか随分と楽しそうだった。

 むしろ初めてしゃべった時のとげとげしい態度とはうって変わって、今の小宮はまさに普通の女の子だ。

 つんつんした態度からは違い、今はおっとりしている。

 これがツンデレってやつなのか……?

 小宮にもこんな普通に話せる一面があるのであれば、もっと小宮だってクラスで友達を作るとか仲間を作ることだってできるのではないだろうか。


 俺は小宮に聞いてみた。

「なあ、小宮はそれで満足なのか? もっとそういうコスプレとか特技をネット上だけじゃなくて他の誰かに見て欲しい、とかそういうのはないのか?」

 俺のその質問に、小宮は首を傾げる。

「なにそれ。あたしはこうやって自分が楽しめるならいいかーって感じよ。コスプレなんて人によっては嫌悪されたり、偏見的にみられる趣味なんだからあまり誰にでも知られたくないし。あたしにとってはこうやって話がわかる人とだけそういう話とかできればいっかーって感じ」

「そ、そうなのか」

 確かにコスプレというのは特殊な趣味で、どうしても受け入れられない人も多い。

 それならば自分の中と自分のことを理解してくれるネット上の人だけに見てもらえればいい、というのも一つの考えだ。

「今日こうやってスタジオ撮影ができたおかげで今まで宅コスしかアップできなかったSNSにも初めてスタジオ撮影の画像アップできるし、夢が叶って満足かな」

 小宮にとってはコスプレ衣装を生かす機会がスタジオ撮影でもよかったようだ。

「個人での撮影以外にも大型のイベントとかにも参加してみたりはしないのか? それだけのクオリティの高い衣装が作れるなら、きっともっと多くの人に見えてもらえるチャンスだってあるんじゃないか」

 衣装だけではなく小道具にカラーコンタクトといった部分にまでこだわる小宮のコスプレへの執念はきっと、同じ嗜好を持つ者ならば受け入れてくれるものだと思うが。

「いつかはイベントとかも参加してみたいなーとは思うけど、やっぱあたし一人じゃねえ。放送時期もだいぶ前でそこまでメジャーじゃないアニメのコスプレしても仲間はいないだろうし。こうやってスタジオ撮影が精いっぱいかも」

 こういったことは誰もやらなかったら始まらない。

 ならば誰かがやってほしいとか仲間がいないと等他力本願ではなく自分から動くということも大事な気がする。

「でも、メジャーじゃないアニメだからこそ、小宮みたいにコスプレ活動とか熱心なファンが動くことで一人でも多くの人にこういうアニメがあるんだって知らせるチャンスでもあると俺は思うけどな」

 俺がそういうと、小宮はまるで目から鱗、とばかりに一瞬驚き、その手があったか、と目を見開いた。

「た、確かにそうかも」

「だろ? このアニメが好きならそうやってファンが動くことでこんなアニメがあるよ、って知らせるチャンスだ。イベントとかに参加してみれば、きっと仲間も増えると思うぞ」

 小宮はそういうと、グラスのジュースをストローですすって、言った

「あたしにそんな力あるかなあ。だって、やっぱしょせんちっぽけな高校生レイヤーじゃん」

 まるで自分を謙遜するように、小宮はいった。

「小宮にだって魅力はあるぜ。だってすげーじゃん。そんな衣装作るとか特技あるし、今日一緒に行動してて小宮のサタフォへの愛はやっぱり本物だって思ったしその個性をただ自分の中だけで終わらせるのは実にもったいない気がするぜ」

 少し照れたように、小宮は微笑んだ。

「ありがと。そういってもらえたらなんか自信ついた。イベント参加とか活動を広げるとかもっと考えてみようと思う」

 そして俺達はその後もサタフォのどこがいいなど、アニメについて語りまくった。


 時刻はすっかり夕方になり、俺達は解散することになった。

 駅まで歩いて小宮は告げる。

「じゃあ今日はありがとうね。でもあたしがコスプレしてる、とか今日のこととか絶対学校では誰にも言わないでよね」

 今日は散々コスプレを楽しんでおきながらも相変わらず今後も学校では秘密というスタンスを貫く。小宮は俺に釘を刺したのでその精神を変える気はないだろう。

「わかったよ」

「あとでラインにカメラの画像送るから、じゃーねー」

 カートをコロコロと引きながら帰っていく小宮の後ろ姿を見ながら、俺はなんとか今日のミッションは無事終わったとホッとした。

なんだかんだ、小宮ともこれでまた一歩仲良くなった、のかな。

 とはいえコスプレを秘密にしてという以上は学校ではあまり変わらないかもしれないけど。

 結局小宮はコスプレを人には秘密というスタンスなのでいまいちその趣味を生かす方に考えてみるとはいったものの、それでも秘密にするつもりかもしれない。


 結局この日は小宮をアニメ研究会に誘う口実を言い出すタイミングがなかった。

 俺の目的はあくまでもアニメ研究会へ誘い込むなのだから、結局今日の出来事があったとしても小宮が今後コスプレを隠すというスタンスを曲げないのならば意味はないのかもしれないけど。

 それでも一応クラスメイトである俺とこうして休日を共に過ごしたのならば、ある意味クラスメイトには誰も親しい者がいない、という状態ではなくなった。

 ここからうまく部活へスカウトできればいいのだが。

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