第8話 同じクラスのコスプレイヤー
朝の通学路で学校の近くを歩いていたた俺はたまたま小宮の姿を見かけて話しかける。
昨晩もラインで少し話したのでそのノリだった。
「おはよう、小宮」
「あら、おはよう」
その表情はだるそうで、少し疲れているようだった。
メイクで目の下のクマは隠しているようだが、眠そうである。
「おいおい、どうしたんだよ、疲れてるのか」
「ちょっと最近バイトが忙しくてね、スケジュールきついのよ」
小宮はメイド喫茶でアルバイトをしているという話なのでおそらくそのバイトがまた大変なのだろう。
ラインでもたまにバイト先のメイド喫茶の話題が出るのだ。
メイド喫茶は普通のカフェ等よりもずっと覚えることも多く接客も大変だと聞く。
俺はふとそれで思い出し、この前のことを聞いてみた。
「この前、なんであんなポーズを取ってたんだ? やっぱりバイトでそういうポーズやるとかそんな仕事もあるわけ?」
バイトと何か関係があるのかと、俺は疑問に思ったのだ
「気になる? あんたは数少ないサタフォ仲間だから教えてあげるわ」
その小宮の表情は眠そうな顔を押し返すほどになぜか自信に満ちていた。
「あたし、実はコスプレイヤーなの」
「こすぷれいやー?」
俺は今までの知識の中からその単語を探した。
イベント等でアニメや漫画にゲームといったキャラクターの衣装を着て、衣装を楽しむ、キャラになりきる、撮影をするというそういった界隈があるという。
「コスチュームプレイ」を略して「コスプレ」
そしてコスプレをする人のことを「コスプレイヤー」と呼ぶのだという。
俺は一応そういう知識は持っていた。
「へえ、小宮が? そうなの?」
そうと言われてもいまいち実感が持てなかった。
とはいえメイド喫茶でバイトをしているとなれば接客上、キャンペーンやタイアップでコスプレをしてでの接客をする日もあるということを見たことがあるので小宮がそういったことをしているというのも納得がいく。
「結構宅コスとかしていて、その自撮りとかSNSにアップしたりもしてるんだけど」
「どんな感じ?」
『宅コス』とは恐らく自宅でコスプレを楽しむという意味だろう。
「ほら、これがあたしのコスプレ写真」
小宮はそう言って俺に自分のスマホの画面を見せてきた。
「こ、これが……!」
ピンク色の髪の毛で、特徴的なツインテール、全体的に紫色の魔女のような衣装でありながら胸元の空いたデザインに大胆に腹を出し、ミニスカートは緑とオレンジのギザギザ模様。
フリルのついた袖もスカートと同じ模様、足にはニーハイブーツ。
顔は気合の入ったメイクが施されていてそれがキャラクターとマッチする。
そこに映っていたのは前にポーズをとっていた「サタンフォーチューン」のユニーというキャラクターだ。
紛れもなく、まさに二次元から三次元へと飛び出したかのような完璧な「サタンフォーチューン」のユニーがいた。
ピンク色の髪型から腹や腕を出した小悪魔的なファッションでスカートに特徴的なギザギザの入った模様まで完璧だ。
そのユニーがアニメ絵ではなく実写である。
「おお、すげえ。本当にユニーじゃん! え、これ小宮なの!?」
俺はあまりにもその完璧な再現された写真に感嘆の声を漏らした。
コスプレをただ衣装を着るものくらいにしかとらえていなかった俺には衝撃的だった。
もはやこれは完全にユニーというキャラクターそのものが二次元から飛び出してきたかのようだ。
「そうよ、それがあたし。本気出して着たんだから」
背景はおそらく小宮の自室と思われる場所でタンスや机といった家具が並んでいる。
今まで大型のアニメイベントなどでコスプレイヤーを通りすがりに見ることはあったが、まさか同じ学校の同じクラスという身近な場所にもコスプレイヤーがいたなんて意外である。
「本当にすげえ……。こんな特徴的なキャラクターの衣装、どこに売ってるんだ?マイナーなマイナーなアニメなのにこんな衣装あるなんて……」
こんな衣装が売っているのだろうか、と俺は思った。
「そんなん自作に決まってるっしょ! あたしが布から作ったのよ! 布買ってきて、ミシンで縫って」
なんと、この衣装は自作だというのだ。
「全部手作り!?」
「そう! 凄いでしょ!へっへーんそれがあたしの特技!」
こんな特徴的なデザインの衣装が自分で作れるというのに驚きだ。
スカートの特徴的なギザギザ模様に、その袖口にはスカートにも入っているのと同じギザギザの模様がついている。
こんな細かい模様まで再現できる衣装が自分で作れるというのが驚きだ。
服は買うもの、という認識しかなかった俺には自作でここまで細かく再現した衣装が作れるということに驚きでしかない。
「あたしは絶対完コス派なの! 中途半端は許せない」
完コスとは「完全コスプレ」の略で原作を忠実に再現してキャラクターになりきるコスプレのことだ。
コスプレイヤーには衣装が可愛いから着たかったので着てみただけ、というものと、ウィッグやメイクもせずにただ衣装を着ただけ、の意味での「着ただけ」というスラングが存在する。
「作品への愛を表現するならキャラになりきることもするし、衣装だって細部まで作るわ。どんな偏見の目で見られても」
コスプレといった趣味はアニメのキャラが三次元の実在の人間がそのキャラに扮することを嫌悪感抱く者もいる。
アニメはアニメの絵だからいいのであって、それを三次元の人間が再現なんて気持ち悪い、といった声もあるのだ。
でもすでにメイド喫茶でバイトしてることはクラスの一部の奴らにはばれているのだからどっちも同じような気がするけど、こんなことを言ったらまた怒られそうな気がするので黙っていることにした。
もしかして小宮ならコスプレとジャンルは違えどそこそこアニメに詳しいのであればそういった特技を生かして意外と早くアニメ研究会に誘うこともできるのではないか。
それならば陸野とは同じクラスということであいつとも仲良くなれるのではないだろうか?
まずは俺が小宮と距離を詰めてスカウトできるようにしなければいけないが。
「でもあたし、その衣装を今まで家でしか着たことない。イベント参加とかしたことなくて。こんなマイナーな過去アニメなんてきっとわかる人もいないだろうし、イベントに行く勇気なんてないから」
小宮は悲しそうに言った
「でも、こんなによくできた衣装を持ってるのに、ただ自分が楽しむだけってのももったいない気がするぜ」
この完成度の高いコスプレをただ自分が楽しむだけではもったいない、俺はそう思った。
「せめてバイト先でこういう特技を生かして自分で衣装作るくらいね。あたし、コス友とかいないし。バイト先の子は趣味は合うけどプライベートまでコスプレレイヤーじゃない」
「そうか。、せめてイベント以外でもこういうのを撮影するとかそういう趣味として楽しめる場所があるといいんだけどな」
家で着るだけであればあくまでも作った人自身が楽しむだけである。
もちろん小宮にとってはそれで満足なのかもしれないが、それだけでは実に惜しい気がした。
これだけ完成度の高い趣味ならば他にできることはあるのではないか。
「コスプレイヤーって併せとかスタジオ撮影とかコスプレを個人で楽しむ為の方法ならあるにはあるんだけどね」
「スタジオ撮影?」
その言葉に俺は頭の中でクエスチョンマークがついた。
スタジオとは雑誌やテレビの撮影等に使うあのスタジオだろうか?
「そう、コスプレイヤー専門のスタジオで撮影するとかあるのよ。コスプレイヤーには常識よ。すでに背景がセットされているスタジオでシーン再現ができるの。学園ものなら学校の教室みたいなスタジオがあって机が並んでたり、廃墟みたいな場所があるとか。中世ヨーロッパ風の建物を再現した部屋とか」
俺は聞いたことのない要素にいまいちイメージがが浮かばなかった。
スタジオといえばテレビ番組などを撮影するああいったテレビスタジオなどをイメージするがコスプレ撮影をメインとしたスタジオがあるなんて知らなかった。
とことんコスプレの界隈には疎い。
「ほら、こんな感じよ。こうやってアニメのシーン再現ができるの」
小宮はそう言うとコスプレSNSと呼ばれるコスプレ用のソーシャルネットサービスのページを開いた画面のスマホを見せてきた。
そこにはたまたま注目度の高い画像としてこの前陸野とコラボカフェに行った「コールドエンブレム」の衣装を着たコスプレイヤーが本当にそのアニメの世界に降り立ったようなSF風のターミナルのような場所でポーズを決めている写真だった。
「すっげえ、まさに二次元が三次元で再現できてるみてえじゃん。今ってこんなことできるの?」
コスプレというとただキャラクターの衣装を着て姿を楽しむもの、というイメージしかなかった。
今まで大型イベントでの通りすがりで見たコスプレイヤーしか知らなかったからだろう。
しかしこうしてスタジオという場所で撮影すれば、本当にコスプレで一つの作品として完成させた写真を撮ることも可能なのだと知った。
「スタジオ撮影ってのに憧れてるんだ。だけど私、家族にはこの趣味を内緒にしてるし、当然レイヤー友達なんていなかったし、一緒に取ってくれるカメラマンなんていない。誰かカメラマンやってくれる人とかいないかなーって思うけど、ネットで募集するのは怖いし」
俺はコスプレスタジオでのシーン再現というものに興味を抱いた。
当然ながらコスプレはコスプレイヤー本人が衣装を着る立場なのであれば自撮り以 外ではこういった本格的な撮影をするには他の人の手を借りなければならないのだ。
そこが今の小宮にとってはハードルになっている。
「じゃあ、このスタジオ撮影ってのはコスプレイヤーとカメラマンがいたらできるのか?」
「まあそうね。コスプレ撮影に必要な道具とかはスタジオで貸し出ししてもらえるし、あとはカメラを持参すればできないことはないわ」
そうしているうちに学校の門が見えてきたので小宮は走って門の中へ入っていった。
俺はその後ろ姿を見ながら、小宮にも凄い特技はあるのだと、どうにかしてそれを生かせないかと考えた。
その晩、俺は机に向かってうなっていた。
なんとかして小宮の特技を生かす方法、それがわかればアニメ研究会に誘うのも自然になるかもしれない。
しかしその方法は思いつかなかった。何かいい案はないかとあれこれ考えた。
その時、スマホに通知音が入った。
小宮からだ。
「今日のコスプレうんぬんの話とかは、あたし以外の人にしゃべっちゃダメよ。秘密だからね」と釘を刺す文面だった。
やはり小宮はあれは自分だけの趣味としてひっそりと楽しみたいのである。
みんながみんな趣味をオープンにしたいわけではない。残念ながらそれを他言することはできないことである
俺は小宮とのやりとりでなんとなく今日の話題を出した。
「朝、スタジオ撮影はカメラマンがいればできるとか言ってたけど」
俺はうすうす考えていた案を口に出すことにした
「俺がカメラマンやるって言ったら……できるか? なんてな」
冗談を混ぜてわざとそう返信する。
ダメ元のつもりだった
すると、突然スマホが鳴り響いた。小宮からの着信である。
文面でいいだろうになぜ通話が必要なのかと思いながらも俺は出た。
「あたし、やりたい!」
まず通話で一言目の台詞がそれだった。
「スタジオ撮影! 協力してくれるなら、その話、受けるわよ!」
その小宮の声は少々興奮が入っていた。
どうやら本気モードらしい
「マジか……。そんなにスタジオ撮影やりたかったのか」
あまりにも小宮の興奮に、俺はそう言ってしまった
「もちろんよ!ずっとSNSとか見てて憧れてたんだから! 今まで仲間がいないからできなかっただけで、あんたが協力するならすぐにでもやりたいわ!」
小宮はその勢いで話を続けた。
「でも俺、カメラっていうとスマホしかもってないぜ。あとは親のデジカメ借りるくらいしか」
よくイベント等でコスプレイヤーを撮影するカメラ小僧・通称カメコと呼ばれる人たちはレンズの長い立派なカメラを持っていることが多いのを知っていた。
あれらはきっと、コスプレイヤーをより高画質で撮影できるカメラ機材なのだろう。恐らく値段も高いと思われる
とてもだがスマホや安いデジカメ等ではそういう撮影に向いていないのではないかと、俺は思った
「問題ないわ。あたしコスプレ撮影用の一眼レフ持ってるからそれを貸すわ! レイヤーとして持っておくべきだろうと用意しておいたのがあるから! いよいよ使える時だと思うと買ったかいがあるし」
なんて用意周到なんだ。仲間がいない、といっておきながらすでにそういった道具を持っているとは。そこからすでに小宮のコスプレに対する本気度が伝わってきた。
「じゃあ、必要な物とか、場所とか決めるから!」
そのまま話は続いた。
話はまとまり、今度の日曜日にコスプレスタジオで撮影会をすることになった。
場所は小宮が目を付けていたコスプレスタジオに決まった
急にコスプレ撮影会をすることになり、しかも自分がカメラマンという重要な役割を受け持つことになってしまった。
俺は少しでもカメラマンの知識を入れておいた方がいいだろうと、本屋でカメラのうまい撮り方の本を買ったり、ネットで調べたコスプレ撮影のマナーのページを見たりと勉強した。
その他にできることはコスプレSNSを見て、実際にネット上にアップされているコスプレイヤーのスタジオ撮影の写真を見て。スタジオではどういった撮り方がいいのかなどを自分なりに研究した。
しかし調べるほどに、こういったことにはそこそこスキルも必要になって来ると不安もあった。
果たして俺にこの役目が務まるのか、と
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