第7話 ちょっと昔のアニメだって
「億斗、最近陸野さんとはそこそこしゃべったりしてるみたいじゃん」
割と席が近いこともあり、俺と修二とのアニメ議論に時たま陸野も話すようになっていた。
周囲からはあの堅物の陸野さんがアニメの話するなんて…と意外な目で見られるようにもなったようだが、これもある意味目標達成の一歩ではある。
「ああ、まあちょっと色々あってな」
細かいことを説明するのは面倒だが、とりあえず陸野がアニメ好きだということはわかった。
「その調子で残り二人ともなんとか交流できるようにしてくれ」
そんなわけで次に部活に誘い込む希望がある女子を教室でチラ見する。
小宮恵子、彼女はいつも教室の隅で一人でスマホをいじっていることが多い。
顔にはばっちりメイクをしているがそのオーラはクラスのギャル集団とも違っていてどこか近寄りがたい。
秋葉原でメイド喫茶のバイトをしている噂もあり、ますます謎の存在だ。
なぜメイド喫茶でアルバイトをする必要があるのだろうか。普通にお金に困っているのならばアルバイトなんていくらでもあるだろうに、あえて秋葉原というオタク店でメイド喫茶というのが謎だ。
小宮となんとか交流してみようと、話しかける機会をうかがうもなかなかやってこない。
機会がなければ作る、そのスタンスでこうなればこんなことはしたくはないがいつも昼休みはどこかへ行ってしまう小宮を少し追いかけてみよう、という作戦に出ることにした。
まるでストーキングしているみたいで気分は悪いが、話すきっかけもないクラスメイトに近づくにはまずは本人の行動を知ることも必要だ。
いつも昼休みに小宮はいつもどこかへ行ってしまうのか。その後を追跡してみるのだ。
さりげなく後を追うように、壁に隠れたりしながら小宮に気づかれぬまいと気配を消しながら進む。
小宮が昼休みに向かう場所は屋上や食堂に購買や中庭といったスポットではなく、あえて旧校舎だった。
小宮が教室のある校舎とは反対側の旧校舎の西側の隅にある階段に登っていく姿がみえる。
そこは踊り場に大きな鏡があるのが特徴だった。
普段この旧校舎は授業には使われておらず、部活動などの部室をもらえないサークル規模の集団が空き教室を部室として使われることが多い。
正式な部活動の部室ではないのでごく少数の者しかここには来ない。
ましてやこんな空き教室でもない階段の踊り場なんて誰も来ないのだ。
なんでまたこんな場所を好き好んでいるのか、その理由は不明だが、小宮は一人でこういう場所に来ているという新たな情報を知った。
そして俺は階段の下から一階の階段横の倉庫になっている部分から踊り場にいる小宮を影からこっそり見ている。
小宮のミニスカートから覗く足に黒の二―ソックスから太ももがみえる、いやらしい角度だ、いや今はそんなことを言っている場合ではない。
「ふっふーん」
鼻歌混じりに小宮はまるでいつもの日課といわんばかりに動き出す。
何やら一人で腰をひねらせてポーズをとったり、ピースサインを頭上に持ち上げてたり、少しかがんで前のめりに胸を寄せるなど、だ。
階段の踊り場にある鏡の前で、小宮は一人ポーズの練習をしていた。
「あいつ、いつもこんなことしてるのか」
普段はどこか絡みづらい印象を受ける女子が一人の時は、こんな可愛らしいことをしている。
ちょっとだけほほえましい。
そりゃあこんなことしているところ、誰にも見られたくないだろう。
なぜ小宮がこんなことをしているのか。
思いつくのはやはりメイド喫茶でバイトしているだけあってその店での接客に必要なポーズを練習しているのではないかと思った。
メイド喫茶は普通のカフェよりも客とトークをして盛り上がるといった接客が普通の喫茶店以上にシビアなのである。それならばバイト先の練習をしているとも思えば納得だ。
これはまさに学校では誰にも明かさない秘密として小宮だけの秘密なのである。
そんな秘密をこうしてのぞき見をしているのは非常に申し訳ない気もしたが、これも修二に言われた部活へのスカウトの為だと言い聞かせた。
小宮がノリノリで左手は頭上に掲げ、右手を前に突き出したポーズで台詞を言った。
「我の鉄槌を受けろ!喰らえ、ファイアーボマー!」
小宮はノリにものった勢いで台詞とポーズを決めた。
俺はそのポーズと台詞を見た瞬間、自分の中でふと過去の記憶を思い出した。
「え……このポーズって」
俺はそのポーズときめ台詞に見覚えがあった。
まるで懐かしい記憶に薔薇の開花のように記憶の扉が開く。
それは俺が小学生の時に見たアニメ「サタンフォーチューン」(通称・サタフォ)のヒロインであるユニーの魔法を出す時のポーズと技名だ。
「サタンフォーチューン」は五年前に放送されたアニメでつまり俺達の学年の歳だと小学五年生の時に放送していたアニメだ。
異世界に生まれたサタンと呼ばれる魔王がフォーチューンと呼ばれる儀式で勇者たちの動きを見て、勇者たちの行く末を悪役である魔王側からの戦いを描いたという珍しいアニメだ。
魔王の息子・リゼルとその配下であるヒロイン・ユニーの戦いを描く。
いわゆる、キッズ向けアニメではなくオタク向けという部類に入る深夜放送のアニメなのでまだ深夜放送アニメを見る年頃じゃない俺のように放送当時が小学生だった同世代にそのアニメを知っている人はあまりいない。
かといって中学生になってアニメを卒業するかそれとも見続けるかの年齢になってからだとリアルタイムではない数年前に放送していたアニメをわざわざ見る人は少ないのだ。
もちろん、リアルタイム放送じゃなくてもレンタルや配信などで見る方法はある。
小学生とはいえ深夜アニメを見ていた層だって探せばいるだろう。
しかしこの「サタンフォーチューン」というアニメは深夜アニメにしてはワンクール放送でそこまでヒットせず、特にネット上でも話題に上がらなかったいわゆるマイナーアニメという部類だ。
俺はたまたまリアルタイム放送時に親が録画していたハードディスクレコーダーを見たことで知っていた。
今もそのアニメは配信サイトで見ることはできるがそれでも放送年数の都合があるので同じ学校でそのアニメを知っている人は少ないだろう。
まさか五年も前に放送したアニメを知っているやつがいるとはと驚いた。
今までそのアニメは放送当時はネットを使っていなかったので話題になっていたかわからないがやはり放送終了後は話題にならなかったことで次第にアニメファンからは忘れられていった作品であり、今まで知り合ったやつらの中でそのアニメを見ていた人を見たことがない。
しかしそんなマイナーなアニメなのだが俺にとっては今までの人生の中でかなり名作と思えるアニメだった。
人気のメジャーアニメではなく、マイナーなアニメを知ってる人がまさかこの学校にいるとは。
ある意味これはレアな経験だ、まさか同じ学校でクラスメイトである小宮があのアニメを知っているとは。
共通の話題もあることだし、これらなば何か話しかけるチャンスだ。
これは偶然通りかかったふりをして話しかけてみようかな。そう思った矢先、俺にアクシデントが起きた。
俺はしゃがんだ体制から立とうとした瞬間、しゃがんでいたことによる足のしびれで足がもつれ「わっ」と声を上げてながらおおいに転んでしまった。
ドサッ、という床に身体が叩きつけられる音が響き、これではばっちり小宮に聞こえてしまう。
「誰!?」
小宮は物音に気付き、まるで見られたくないものを見られたかのように顔を真っ赤にしながらズカズカと階段を降りて来る。
そして俺のいた一階に着くと、慌てる俺を見てその顔は羞恥に染まっていた。
「あんた……同じクラスの江村ね!」
やべえ、小宮、めっちゃ怒ってる……。
まるで髪の毛が逆立つ幻すら見えるように小宮は怒っていた、
「い、いやこれは……」
俺はあたふたしながら言い訳を考える。
小宮はつかつかと歩いて俺の傍に近寄る。
「いつからいたの!? まさか今の見てたんじゃないわよね!?」
小宮は一人で楽しんでいたところを覗き見されたということで怒りだした。
「いや、そんな見てないって」
「見たの!? あたしの密かな楽しみ! 誰かに言ったりした許さないんだからら!」
やはり小宮はどこかとげとげしいオーラがあるだけに口調もきつい。
こいつ、こんなんだからクラスで孤立してるんじゃないだろうか……。
ポカポカと殴りにかかる小宮の動きを止めたくて俺は必至になって言い訳をした。
「悪かったって、覗くつもりはなかったんだ」
なんとか弁解しようと、俺は謝罪を含めながら言い訳をする。
「やっぱり覗いてたんじゃない! 最悪! こんなとこ男子に見られるなんて!」
しまった、これでは火に油を注ぐだけだ。
小宮のポカポカ殴りはさらに勢いを増す。
俺は先ほどのポーズについてを口に出した。
「まさか今になってサタンフォーチューンの技とか見るとは思わなくて、つい見入っちまったんだ」
「え? さたん……」
俺の発言に、小宮はぴたりと腕の動きを止め、目線を向けた。
どうやらアニメのタイトルを出した部分にひっかかったようだ。
「あんた、あの技なんのことかわかるの?」
小宮は俺の顔を見ながらまじまじとそう質問した。
先ほどの態度とは打って変わって、まるで元ネタを当てられたことに驚いているようだ。
落ち着いた小宮は驚いて腕を元の位置に戻した。
ようやく動きが止まったことで俺はそのことについて言う。
「サタンフォーチューンのユニーの戦闘ポーズだろ? 俺も昔そのアニメみてたんだ。面白くてあの頃はまってたけど今まで自分以外にあのアニメ観た人に会ったことなかったからついさっきのポーズは気になって」
ついアニメの話になると俺は途端に饒舌になる。
ましてや今までそのアニメの話題すら上がらなかった高校生活で、初めて数年前に見ていた懐かしいアニメの話題ができる相手を見つけたのである。
「この学校でサタンフォーチューン知ってる人に会うなんて思わなかった。だいぶ前のアニメだし。あんまりメジャーなアニメじゃないもの」
小宮はそうつぶやいた。
やはり俺が先ほど思ったように、今まであのアニメを知っている人は同世代ではいないのだ。
俺はアニメの話題ならこっちの得意分野だ! と話を続けた、
「俺にはあのアニメ、すっごく面白かったぜ。特徴的な技とかキャラの個性もよかったし、ストーリーも良かったよな。さっきのユニーのポーズも十一話のシーンのポーズってすぐわかったし」
そのままチャンスといわんばかりにぐいぐいと話を進める
「話がわかるわね、やだ、あんたもしかしてあのアニメ、めっちゃ詳しい方?」
小宮は仲間を見つけた、とばかりにそれはそれは嬉しそうな表情だった。
今まで同じクラスで過ごしていて小宮のこんな表情は見たことなかった。
先ほどの怒っていた時よりも目じりがおっとりとしていて少し赤みが入った表情は年相応の少女そのものだ。
「江村ってもしかして、そういうアニメとかめっちゃ詳しいタイプ?」
小宮と初めて絡んだのでお互いのことをよく知らない俺達はそういった話をしたことがない。
そうなると趣味の話題も当然初めてだ。
「アニメはだいぶ見てるぜ。サタフォも見てたし、最新のアニメから昔のアニメも色々見てるし」
「じゃあ、サタフォもよく見たのね。同じ作画監督の「エリアナインティーン」は!?」
小宮が上げたそれはサタフォと同じキャラクターデザインの作画監督が描いたアニメだ。
サタンフォーチューンと同じ作画でこちらもファンタジー要素が強い。
俺はもちろんそのアニメも見ていた
「もちろん! 知ってるぜ。俺はあのアニメだとフィーデルが好きだな」
そのタイトルを知ってる証に俺はそのアニメのキャラクターの名前を出す。
「やっば!ガチじゃん! 同じ学校にそんな人いたなんて、えーとどうしよう」
小宮は少し考えて、スカートからスマホを取り出した。
「ねえ、よかったらあたしとライン交換してくれない? もっとサタフォとか他のアニメについての語り聞かせてよ!」
突然だが俺はこの日から小宮のラインアドレスを交換することになった。
小宮と交流をしたいと思っていた俺にはいい機会だ、と思いその話にのった。
そしてこの日からちょこちょこラインでやり取りをするようになりお互いが知ってるアニメの共通の会話をすることになった。
サタンフォーチューンはアニメの何話が好きだとか、どの技が好きだというそういった雑談なのだ。
小宮にとっては昔から大好きなアニメを周囲に知る人がいなくて寂しい想いをしていたとのことで初めて同じ学校という身近な場所でサタンフォーチューンを知ってる人に出会えたことが嬉しくてたまらないそうだ。
今まで長年そのアニメについて語れる同士がいなかった分、その十数年を取り返すように小宮はアニメの語りをラインでしてきた。
俺もアニメ好きとして自分が好きなマイナーなアニメを知ってる人に出会えたらその喜びはわかるかもしれない。
とりあえずそんな感じでやりとりが数日間続いた。
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