第6話 コラボカフェに行こう


 陸野と約束をした日曜日がやってきた。


 俺は池袋の駅中にある待ち合わせ場所で待っていた。

 普段はインドア派の俺が都心に出るのはアニメオタク友達とグッズを買いに行く時やイベントくらいだ。

 しかも今日の相手は異性であの真面目優等生のクラスメイトである陸野だ。

 まさかほんの少し前までは学校ではあまり絡むことのなかった女子と休日を共に過ごすことになるとは思っていなかった。

 アニメのコラボカフェに行くのなんて初めてだ。

 今までの経験からすると面白さ目当てにメイドカフェといったタイアップカフェには行ったことがあるものの、アニメとタイアップしたコラボカフェなんて普段行く機会がない。

 とはいえ俺も「コールドエンブレム」はそこそこ気に入っていたし、すでに自分も履修したアニメのタイアップなのならばその作品について知らないわけではないので、まったく知らないアニメのコラボカフェに行くというわけではないのだが。

 ある意味人生初のアニメ系コラボカフェというものがどんな場所かはクラスメイトの付き合いで行くとはいえ少し楽しみだった。

 待ち合わせの暇つぶしにスマホでニュースを見ていると、学校で聞いた声がした。

「江村くん、おはよう」

 その声の主を見ると、私服姿の陸野がいた、しかし学校でおなじみの眼鏡はかけていない。

 初めて見る陸野の裸眼の顔は目が大きくて眉も細くて鼻が高く、やはり美少女だ。


 陸野のファッションというと学校でのアレンジなしな校則通りというきっちりした制服からラフな格好だった。

 上はデニムの羽織を着ていて白いロングスカートに鞄は青いミニショルダーで靴紐のないスニーカーを履いている。

 いつもの質素な学生の基本である制服姿とは違っていてとてもこれはこれで斬新だ。

 学校の生真面目な陸野からはやや離れたイメージのラフな格好だ。

 ギャルギャルしい派手な服装でもなく控えめなその服が陸野によく似合っている。

「陸野、眼鏡は?」

「今日はコンタクトレンズにしたの。この方が私服のファッションに合うから」

「眼鏡なしの素顔、初めて見た。学校にもそれで来ればいいのに」

 やはり陸野は眼鏡なしの状態だとレンズがない分その表情がはっきりと見えるので学校で見る素顔よりも映える。

「勉強や授業とか長時間集中する時にはコンタクトレンズだと目に負担がかかるから。だから学校では眼鏡がいいの」

 俺は視力がいいので今まで眼鏡やコンタクトといったものを着けたことがないのでよくわからないがそういうものなのか、と私服の眼鏡なしな陸野を見て少し惜しいと思った。

「じゃあ行きましょう」


 待ち合わせ場所を後にして俺達はさっそくコラボカフェへと向かうことにした。

 駅を出ると池袋の駅前は大きなショッピングビルがたくさん並び、交差点には人があふれていた。

「私、あんまり繁華街とか普段行かないからコラボカフェがどんな場所にあるかわからないけど、スマホのマップに目的地入れてきたから、ここをたどれば行けるはずよ」

 陸野はあまり繁華街には行かないタイプなようだ。

 確かに陸野の休日や放課後の過ごし方は家で勉強をしているという気がする。

 俺も普段はインドア派だがイベントや店に行くことから若干繁華街には慣れている。

 今日はしっかり陸野をエスコートせねば、と思った。


 どこを見ても人だらけな都会の駅前を離れて少し歩いて交差点に出る。

 休日の町はどこか騒々しいが楽しい雰囲気もあった。

 ビル街には多くの飲食店の看板が連なり、店への客引きである従業員の呼びかけが目に入る。

 大勢の人々が通りすぎる繁華街で歩いている途中、俺は陸野と会話をする。

「今日コールドエンブレムのカフェに行くわけだけど、陸野ってコルエムではやっぱりユイロ推しなの?」

 当たり障りのない今日行く場所にちなんだアニメ話だ。

 少し前にツイッターに書いていた内容などから話を割り出し、これから行くコラボカフェのタイアップであるアニメの話をした。

 陸野は財布にユイロのカードを入れていたということはやはりそうなんだろうか。

「うん。ああいう正義感あふれて女の子を守れる男性って好き」

 やはり陸野はその話題に食いつきがいい

「五話では組織に加わる話だったけど、いよいよ本格的に戦いが始まるって感じだったけどこれからの展開は熱いよな」

「わかる。ここからが盛り上がり時ね」

 陸野とポンポンと話が進む

「主題歌も本編を表してるような歌詞だよなあ。オープニング映像のサビの部分とか、まさにあのアニメの最大の敵とか表してるっぽいし」

「ね。あのサビの部分のキャラがいつ出てくるのか楽しみ」

 学校とは違い陸野はプライベートだと好きなアニメについてよくしゃべる方だ。

 好きなアニメの話題なので話しやすいのかそれでも口数が多い。


 アニメ談義はすっかり盛り上がり、サンシャイン通りを歩いているとようやく目的地に近づいて来た。

 この周辺はアニメショップやオタク系の店が多く点在しているのでアニメ系のタイアップカフェもここらでよく開催されるそうだ。

「あ、あれじゃないか」

 俺はコールドエンブレムのタイトルロゴが見える立て看板を指さした。

 歩いて近づくと、立て看板には「コールドエンブレムカフェ開催中!この建物の2Fにて」という文字が大きくプリントされていた。

 その周囲にはコールドエンブレムのキャラクターの絵が散りばめられている。

「ああ、いよいよ来たのね。ドキドキするわ」

 陸野はとうとう憧れていたコラボカフェという場所についに行けるという興奮なのか少し緊張した様子だった。

 今までは好きなアニメのコラボカフェは一人で行く勇気もなく同行者もいなかったことからこういった場所はSNSなどネット上で見るだけの憧れの場所であり、実際に行くことはできなかったのである。

 それが今日はついに行ける時が来たのだ。その興奮はさも高揚したものだろう。

「じゃあ、入ろうぜ」

 そのビルの入り口自体は普通のビルで階段が右手にあり、奥にはエレベーターがあるだけの質素な内観だった。

 本当にここでコラボカフェがやってるのだろうか?と思いつつもエレベーターでコラカフェのある二階に移動した。

「わあ」

 エレベーターの扉が開くと陸野は感動の声を漏らす。

 扉の向こう、そこはもうすでにコールドエンブレムの世界が広がっていた。

壁には大きく「コールドエンブレムカフェ開催中!」と言う立て看板でも見たロゴでデコレーションされており、コールドエンブレムのキャラが執事やメイドと言ったカフェスタイルのファッションになっているパネルが展示されている。

やはりここがコルエムカフェの場所で間違いなにのだと実感した。


 エレベーターを降りて、通路からOPENと書かれた扉を開けて店内に入ると「いらっしゃいませ」の声と共にすぐにスタッフらしき人がやってきた。

「二名様ですか?」とスタッフは聞いたので「二名です」と答えると「お席にご案内します」と案内を始めた。

 コラボカフェの店内はまさにタイアップされているアニメのカフェという感じだ。

 店内には中央のモニターでアニメのPVが常に流れており、店内のいたるところに「コールドエンブレム」の本編の名シーンのセル画が貼られており、キャラクターの等身大パネルなどが飾られている。

 そして店内のいたるところにはテーブルと椅子があり、まだ午前だというのにすでに来場客がそこそこ入っていた。

ファンはここに来て写真を撮ったり、ひたすらその作品について語り合うのだ。


 タイアップされてる作品の人気度によっては事前に予約をせねば絶対に入れないコラボカフェや何時間待ちも当たり前という店もあるらしいが、俺達が来た時間帯は開催初日ではあるがまだ午後には時間がある午前十時半なのでわりかしストレートに入れる時間帯だった。

 おそらくすでに店内に来ている客は開店前から並んでいたのだろう。

「凄い……! もうここがまさにコルエムの世界ね……! キャラも可愛い」

 憧れの場所についに足を踏み入れた陸野は目を輝かせて店内を凝視していた。

 モニターの映像にパネル、壁に貼られたセル画、それはもう三百六十度見渡してもまさにコールドエンブレムの世界の中なのである。

 そこへスタッフが俺達を案内する

「こちらの席になります」

 二人ということで二人席のテーブルに案内され、俺と陸野は向かい合っての席になる。

 席に着くと、テーブルの上にもアニメの絵がプリントされており、テーブルに置かれているメニュー表はコールドエンブレムのキャラクターの絵にカフェのフードとドリンクの名前と写真が掲載されていた。

 まさにここはコールドエンブレムのタイアップカフェなのだということを嫌でも実感する。

「お客様、当店を利用されたことありますでしょうか?」

 店員はお冷とおしぼりを持ってくると次そう聞いてきた

 タイアップカフェは通常のカフェとシステムが異なり、その店独自のルールがあるとはネットで見てきた。

 なので初めて訪れた店の場合は説明を受けなければならない。

 コラボカフェによって一つ一つルールが違うのだという。

「ないです。初めて来ました」

 陸野はそう答えた。

 アニメのコラボカフェに行ったことがない初めての俺達は説明を聞く必要があったからだ。

「当店、コールドエンブレムカフェは利用時間が六十分となり、利用時間が過ぎると退室をお願いする場合があります。また、グッズ購入はお一人様三点までとなり、グッズ購入の際には来店時に配布されるグッズ購入券をカウンターまでお持ちください。追加オーダーはとらないのでご注文は最初に全てお願いします」

 コラボカフェに普通のカフェとは違うシステムのルールがあるのだとは聞いていたが利用時間が決められているのが普通のカフェと違う点か。

 こういった店は正午になると混雑してその時に来た客は待ち時間が長時間になり、空席になってどんどん客をさばくシステムなのでどうしても利用時間に制限があるという。

 通常のカフェのように長話をして長時間居座ってはいけないということだ。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

 店員はそう言うと、テーブルから去っていった。

 改めて席で二人っきりになったものの、陸野はすでにメニューを熱心に眺めていた。

「何を注文しようかなあ?」

 陸野はメニューを見て目をキラキラさせながらどれにしようか迷っていた。

「メニュー一品につきランダムコースター一枚配布…、じゃあなるべく一品でも多く注文しないとね」

 陸野はメニューに書かれている文章を読む。

「一品でも多く注文するならフードとデザートとドリンク合わせて三つずつがいいかも。一人三品食べれば全部で三枚のコースターね。それならキャラがばらける可能性が高いし」

 すでに複数のメニューを注文する気満々の陸野を目にして俺も何か注文しなくては、とメニューを見た。


メニューにあったのフードの一覧を見つめる。

・ユイロのお手製ミートソーススパゲッティ千百円

・キリカの好物オムライス 千三百円

・あの日見つめ合って食べたタコ焼き 七百円

・マムー特製ランチボックス  千五百円


 といった具合にメニュー名は全てコールドエンブレムにちなんだフードばかりだ。

 ミートソーススパゲッティは主人公ユイロが傷心のキリカに作ったユイロ自慢の得意料理の再現でオムライスはヒロイン・キリカの好物といった具合にキャラにちなんだものだ。

 たこ焼きは日常回である三話のお祭りでたこ焼きを食べるシーンがあったのでそこから来ていて、ランチボックスは主人公の母親が作ったお手製弁当の再現である。

 それらがメニューに載ってる写真を見る限り、コールドエンブレムの世界のキャラの絵が刺されていて普通のカフェのメニューよりもデコレーションが独自だ。

 しかしそれで気になった部分があった。

「値段、なんか高くないか?」

 俺はメニュー表の値段を見てそこが気になる

 通常のカフェよりもフードの値段が高い。

 たこ焼きなんて原価は安いだろうになぜ七百円もするのか……と。

 ランチボックスなんてつまりはお弁当を再現したフードだろうになぜ千五百円もするのだ。

「仕方ないよ、こういうコラボカフェって、版権代にお金かかるみたいだし、フードやグッズの売り上げで稼がないといけないみたいだよ」

「そうなのか、それにしても高い」

 こういうコラボカフェはフードの原価で値段を決めているのではなく制作会社等に許可を得る為の版権代から決められているという。

 その為にグッズやメニューで元を取るにはどうしても値段が高めになるそうだ。

 俺は値段に迷って値段の安いタコ焼きにしようかと思ったが朝早く出てきてもう昼に近いこの時間は空腹を満たしたかった。

 それだとボリュームのあるスパゲッティかオムライスがいいと思った。

 それにせっかくカフェという場所に来たのに普段でも食べられるタコ焼きでは特別感がない。

 こういったおしゃれな店だからこそメニューもおしゃれなものを食べたいものだ。

「俺はキリカの好物オムライスにするわ」

 俺はご飯ものが食べたい気分だったのでそれを選んだ。

「じゃあ私は推しキャラのメニューでユイロのお手製ミートソーススパゲッティにするね」

 陸野はやはり好きなキャラにちなんだフードを選んでいた。


 フードを決めると、今度は食後のデザートも決めるのだ。

 追加注文はできないと言われたので最初にフード以外のものも決めておかねばならないからだ。

「見て、デザートも面白い!」


デザートメニューの一覧を見ながら陸野が声を上げた。


・コールドエンブレムケーキ 千円

・食べればコンビ! 思い出のアイスクリーム 八百円


メニューの画像を見ると、「コールドエンブレムケーキ」はアニメ本編でコールドエンブレムという組織のロゴマークを再現した形で氷の結晶の形をしている。ケーキとしてはなかなか珍しい形だ。

 普通のケーキよりもまさにアニメを再現した形がなんとなく気になったのだ。

「俺、このケーキにするわ」

「このアイスも食べたいなあ…でも量が多いかも」

 陸野がメニューで指を差したたデザートは「食べればコンビ!アイスクリーム」というアニメ本編で主人公ユイロとヒロインであるキリカがデートの時にシェアして食べたアイスの再現というだけあって二人前の量なのでアイスがトリプル、と量も多かった。

 陸野はやはり本編に登場したメニューということで気になったようだが量が多いことに踏みとどまっていた。

「いいんじゃない? 陸野が食べられなかったら残した分は俺が食べるよ。それの割り勘でいいし。そのアイスのコースターは陸野がもらってもいいよ」

 こういう時は女子にそうサポートするのが男子の役目……な気がして俺はそう答えた。

 早くいうとメニューを注文するまでに長々と時間を取られるより早く決めてフードを食べたいから、という理由もあったが。

「いいの? よかった、一人だと自信なかったんだ」

 こういう時、二人で行くとは心強いものだ。

一人だと量の多いメニューを注文するには食べきれない可能性があって踏みとどまってしまうが二人ならばなんとか食べられるだろう。

 カフェのメニューの原則で一人一つドリンクも注文せねばならなく、メニューを見てドリンクも決めた。

 このドリンクもまた登場人物のイメージカラーに合わせた品なのだ。

 赤がイメージカラーのキャラにはアロセラジュース、紫のイメージカラーのキャラにはぶどう味、といった具合だ。

 ドリンクは俺が「ミーシャのメロンソーダ」を注文することにして陸野は「ユイロのオレンジジュース」を注文することになった。

 ドリンクもジュースが一杯六百円とそこそこの値段だ。

 今回二人で注文しただけでも軽く合計五千円を超えてしまう。一人当たり約二千円はかかるということだ。

 コラボカフェは予算を多めに用意した方がいいとは聞いていたが本当だった。


 メニューが決まったことでようやく店員さんを呼び止めて注文する。

 あとはメニューが運ばれてくるのを待つだけだ。


「フードも楽しみだけど、まずはこのカフェの店内をちゃんと楽しまないとね。私、グッズ買いに行ってくるね。店内の写真も撮りたいし。」

「あ、じゃあ俺もここに来た記念に何かグッズ買うわ」

 そう言って配布されたグッズ購入券を持ってグッズコーナーへ足を運ぶ。


 グッズコーナーはコラボカフェ限定グッズが販売されていた。

 陸野はグッズコーナーに置いてある商品籠を手に持ち、次々と三点のグッズを籠の中へと入れていく。

 看板やメニューにも使用されていた執事やメイドといったカフェスタイルの衣装を来たキャラクターのアクリルキーホルダーやブラインド式の缶バッジ、アクリルスタンドからクリアファイルといったグッズだ。

 やはりグッズの値段もそこそこ高く、アクリルスタンドは一つ千六百円、キーホルダーは一つ八百円、缶バッジはブラインド式でどのキャラが当たるかはかわからないというのに一つ三百円もする。

 俺はここへ来た記念になればいいので一番安いブラインド販売の缶バッジを一つ買うことにした。

 ブラインド販売なので銀色のパッケージに包まれた商品は開封するまでなんのキャラの絵が出るかはわからない。

 これを目当てのキャラが出るまで買ったり、全ての種類をコンプリートする為に何個も買わせるという商法なのだろうか。

 グッズを買う為にレジに並んだ際に周囲を見渡すと、コラボカフェに来ている客層はやはり女性が中心だ。

 彼氏とデートとして付き合わせて来る男女のカップル客や家族連れのファミリー層などはちらほらといるが、それでもほとんどのテーブルに座っているのは女性同士で来た客ばかりである。

 少年漫画原作のアニメだが男性のみで来る客層は少ない。まさにコラボカフェとは女性向けのタイアップなのだ。

 おそらく俺もコラボカフェなんてオタク友達と男のみで行くことはなかっただろう。

 グッズを買い終わり、席に戻るとちょうどそのタイミングで二人前のドリンクが来た。

「こちらは注文特典のランダムコースターになります」

 そう言って店員はドリンクと共に裏返し状態のコースターを二枚、一緒にテーブルに置いた。

「ごゆっくり」と言い残すと店員は去っていく。


 陸野はさっそくそのコースターに手を伸ばした

「コースターのキャラは誰かしら?」

 陸野は裏返しになっているコースターを表に返し、絵を見た。

 すると、そのコースターは一枚目にして陸野の好きなキャラである主人公のユイロの絵柄だった。

「やった! ユイロだわ! 推しキャラが一発で来るなんて……!」

 その陸野の表情は女子高生らしい笑顔で本当に嬉しそうだった。

 好きなアニメのコラボカフェに来て。ランダムでもらえるコースターで真っ先に出たのが一番好きなキャラなのだ。

 ランダムということは運要素もかかり誰が出るかはわからない。

 コースターの種類は全部で六種類だから引きたい絵が出る確率も六分の一なのである。

 その少ない確率に当たったのだからその喜びは凄いものだろう。

 ドリンクで喉を潤しながら、ふと陸野の顔を見つめる。

(こうして見ると、陸野って可愛いな……)

 普段学校で見る眼鏡で無愛想な陸野と違い、今の陸野はまさに年相応の少女として可愛い。

 眼鏡をしていなくて顔がよく見えることと服装も私服なせいだろうか、いつもと違う一面を見た気がした。

「ん? 何?」

 じっと見ていたら陸野と目が合ってしまった。

 やべ、俺なんで人の顔じろじろ見てるんだろう、と慌てて目を逸らす。

「そうだ、俺のドリンクについてたコースターも何か見なきゃ」

 俺はそう言って、自分のドリンクについていたコースターをめくった

「お、キリカか」

 俺のコースターはコールドエンブレムのヒロイン、キリカの絵だった

「いいじゃない、キリカ。まさにヒロインだし」

「だな」

 まあこれだっていいものだ。

 そして俺はふと気になっていたことを聞く。

「さっき、グッズ色々買っていたけどどんなの買ったんだ?」

 先ほどのグッズコーナーでの話題を出す。陸野はいくつかグッズを購入していた。

 グッズ購入は一人三点までだから三つのグッズを買っていた。

「コラボカフェ限定デザインのグッズをメインに買ったの。ラバーストラップとアクリルスタンドにクリアファイルよ」

 陸野は会計でもらったショップ袋から一部の商品を取り出し見せてくれた。

「ほら、こういうのだよ。可愛いでしょ?」

 ニコニコしながら陸野はあるグッズを手に持った。

 それはコラボカフェ限定デザインのラバーストラップだった。

 ウェイターといったカフェでご奉仕するかのようなデザインの衣装に身を包んだコールドエンブレムのキャラクターグッズだ。

 陸野はそれのウェイター仕様の衣装を着たユイロのラバストを買ったのだ。

「可愛いじゃないか。買えてよかったな」

 俺は感想を言う。

「さっそくスマホに付けちゃおうっと」

 陸野はそう言うと、飾り気のない紫色のカバーのスマートフォンにラバーストラップを取り付けた。

 最近のスマートフォンにはストラップホールなどのアクセサリーをつける穴がないことを前提としたグッズなのか、イヤホンジャックがついていてストラップホールのないスマホのイヤホン接続部分に差し込めばストラップとして使えるデザインだった。

 なんの装飾もなかったシンプルな陸野のスマートフォンにコラボカフェ限定デザインのコールドエンブレムのキャラクターグッズが吊り下げられた。

「可愛い、このラバスト。これからも大切にしようっと」

 そう微笑んで


 グッズを見せ合っていたらようやく店員が注文した品を持ってきた。

「ユイロのミートソーススパゲッティのお客様―」

 注文したメニューは皿にパスタが盛られており、ミートソースがかかっていた。

 これだけでは普通のスパゲッティだが、大きな違いに主人公ユイロのピックが刺さっている。

「まさにユイロが食べていそうだわ…」

 陸野はさっそく来たメニューをスマホで写真を撮る。

「ツイッターにアップしようっと」

 なるほど、こうやって注文したメニューをSNS映えするということで見た目を楽しんでなおかつ食べられるからコラボカフェは人気があるのか。


 そうしている間にテーブルには俺の注文したメニューも来た。

 黄色い卵のオムライスにデミグラスソースがかかっていてサラダが添えられている。

 オムライスに刺さっているピックにはヒロインであるキリカの絵がある。

「じゃあ俺も写真撮っておこう」

 俺もスマートフォンを取り出してオムライスの写真を撮った。


 二人で撮影が終わると、さっそくフードに手をつけることにした

「いただきます」

 俺はオムライスをスプーンですくって一口食べてみることにした。

値段が高いオムライスならさぞ高級な味わいなのだろうか、と期待したが味は普通だった。

 確かに家庭で作るオムライスよりもぱらっとしていてべたつかず、ソースもただのケチャップではなくデミグラスソースだから凝っているのはわかる。

 だがそれでも高級レストラン並みに美味しいというわけでもなく、普通のカフェの味だ。

 これも味は普通のオムライスだが千三百円もするのである。

「ちょっと量多いみたい。食べる?」

 陸野はそう言うと、スパゲッティの皿を指した。

 え?もしかしてこれは「あーん」的な展開ですか?と一瞬期待したがすぐにテーブルにあったフォークやスプーンの一式からとれと理解したのでそれを使う。

 危なかった……あやうく勘違いするところだった。

「じゃあもらうよ」

 俺はそう言ってフォークでスパゲッティを絡める

 しかしスパゲッティを一口食べてみても味は普通のミートソーススパゲッティだ。

 ただのスパゲッティに料金が千百円もするとはずいぶん割高である。

「そうだ、このフードのコースターも見なきゃ」

 陸野はそう言うと、自分のメニューについてきたコースターを裏返した

「リクトね、ユイロの友達の」

 それはメインキャラの一人である、主人公の友人のキャラだった

「じゃあ俺も」

 そして俺も自分のメニューについてきたコースターを見る

「ミナキ、か」

 それはヒロイン・キリカの親友である女性キャラクターの絵だった

「今のところ、私達で四種類のコースターが出たのね」

「ああ、まだだぶりがないな」

そして俺達は冷めないうちに、とメニューを食べきるために再び手をつける


 もくもくとフードを味わっている俺達の隣のテーブル席で二人客の女性がしゃべっていた内容が聞こえた。

「だからあの時、ユイロがキリカの方を見てああ言ったのはね、俺がお前を守るからって言葉に出せない視線だったと思うのよー」

「わかるわー。あたしもそこ、何度も巻き戻して見たー。キリカの純情な性格が出ててよかったよねー」

 隣の席の人もまさにコールドエンブレムの本編についての話をしている

 さすがはコラボカフェだけあってその店内にいる客もそのタイアップ作品を愛している人達だらけだ。

 最初からこういった店にはまずそのタイアップ作品を好きな人しか来ないのだろう。

 もちろんたまたま通りすがって来る客も中にはいるかもしれないが、それよりも事前にこのタイアップを知った人が来る確率の方が高い。

 こういった同じ店内の空気を触れるだけでタイアップカフェというものは楽しいのかもしれない。


「お待たせしましたー」

 フードを食べ終えると次は二人前のデザートが運ばれてきた。

「おお、すげえ」

 俺は思わず感嘆の声を漏らした

「コールドエンブレムケーキ」は実にSNS映えしそうな形をしていた。

 普通のケーキと違って雪の結晶を模した六角形にカットされたスポンジに生クリームとフルーツでデコレーションされていてケーキ屋で販売しているようなケーキとは違ってまさにアニメタイアップならではなデザインだ。

 メニューの写真でもすでに形は見ていたが実物を目にするとやはり違う。

「すごい!写真撮らせて!」

「ああ」

 陸野がそう言うので皿を彼女の方に向けて写真を撮らせた。

「こっちも凄い!」

 陸野が頼んだ「食べればコンビ!?アイス」はバスケットの形をしたコーンにバニラ、チョコ、ストロベリーの三種類のアイスクリームが乗っていて、フルーツがトッピングされている。

「わー!まさにユイロとキリカがデートの時に食べてたやつだわー!」

まさにアニメ本編に出ていた食べ物と同じ形だった。

 アニメの本編内の再現料理が出てくるとはやはりファンにとっては嬉しいものだろう。

 アニメの中で登場した食べ物がそのまま実現したようなものである。

 そして陸野はさっそくそれもスマホのカメラで撮影していた


「いただきまーす」

 さっそくデザートタイムに突入だ。

「うまい」

 ケーキはふわふわのスポンジになめらかなクリームが合う。

 普段あまりケーキを食べない俺には生クリームなど滅多に味わう機会がない

「そうだ、コースターは何が出たんだよ」

 俺達はデザートのあまりの完成度の高さに写真を撮ることや食べることに夢中になっていてフードがテーブルに来た時に一緒に置いてかれたコースターの存在をすっかり忘れていた。

「今見るね」

 裏返しのされたコースターを陸野がひっくり返すと、それはメインキャラ6人のうちの、バーゼルの絵だった。

 俺の方にも置かれた1枚のコースターを開くとそれはミーシャというキャラだ。

「おおっ、俺達6つのメニューで全部違う柄の絵だ出たんだな。全て揃ったぞ」

 なんと先ほど来たコースターと合わせて6種類全てのコースターが揃ったのである。

 普通こういったランダムのグッズは確率的に六枚もらえたとしても六分の一の確率で二枚同じものが出たりやはりだぶったりするものだ。

 それがランダムだというのにそれぞれ違う柄のものが出て全種類揃うなんて奇跡的なのだ。

「すごーい! 六品注文して六枚全部バラバラのコースターが当たるなんて!」

 こんな奇跡のような偶然あるのだろうか?

 二人で一人三品を注文して六つのコースターがテーブルに来れば六種類全てが出るとは。

 その陸野のはしゃぎぷりに俺はなぜかもう一押ししたくなった。

「陸野、そのコースター欲しいなら俺の分もやるよ」

 俺はそう言った

「え……でも、それじゃ江村くんの分が……」

「俺はさっきグッズ買ったからコラボカフェに来た記念品はあるし、そんなに陸野がコースター欲しいなら……全種類部屋に飾りたいんだろ?こんな全種類出るなんて偶然、滅多にないもんな」

「それはそうだけど……」

 陸野はいまいち遠慮がちだった。

「俺はスマホでその六枚のコースターの画像が残せれば満足だから。六種類全部そろってるところスマホで撮らせてくれればいいよ」

 気を遣う陸野に、俺はそう言った。

「嬉しい、ありがとう」

 その時の陸野の顔は学校では見たことのないような照れた表情だった。

ちっくしょう、かわいいじゃねえか……!

 

 その後ももくもくとデザートを食べ続けるとなんとか利用時間終了前に食べ終わることができた。

 陸野は当たった六種類のコースターを大切そうに鞄にしまい込んだ。

 会計を済ませ、店を出る。

 値段は割高だったけど、普段とは違う陸野の楽しそうな顔も見れたし、なんだかんだメニューも美味しくてあれだけ食べればお腹もいっぱいだったので満足度は値段以上のものだったように思える。


「楽しかったね」

 店を出て、来る時よりもテンションの上がった陸野はスキップをするような軽い足取りで歩いていた。

「コールドエンブレムのタイアップだけに店の中も一面がコルエムだし、グッズも買えたし、フードも美味しくて、大満足」

 ランランと歩き出す陸野に、俺は思っていたことを言った。

「なんか、陸野ってやっぱ好きなアニメの話とかするとそこそこしゃべれるんだな。ツイッターでもそんな感じだけど。じゃあ学校でもそのノリでオタク友達とか作ればいいのに」

 その発言を聞くと、陸野はぴたっと足を止めて真面目モードに突入した。

「私にとって学校は勉強する場所だから。もちろん、友達を作りたいって気持ちもあるけど、どうしても学校では気を張っちゃって。だから学校ではアニメの話とかしてる江村くんって羨ましいなって思ってた。私にはあんな堂々と話せない」

 陸野から見れば俺はそんな風に見えていたのか……と意外な面を見た気がして感じた。

「意外と女子にだってお前と気が合う奴いるかもしれないぜ。仲間とか作ればいいのに」

「うーん、でもうち学校は遊ぶ場所じゃなくて勉強しろって親がうるさいし、もちろんそんな友達ができれば学校も楽しくなるんだろなーとは思うけど、なかなか踏み出せないかな」

 俺にとって学校でアニメや二次元の話をすることは当たり前でも陸野にとってはそうじゃないのかもしれない。人には人なりのアイデンティティもあるものだ。

 なんとなくこれでは部活に入って、とは誘いずらい空気だ。

 結局この日はこれ以降学校関連の話題は出さないままお開きになった。


 陸野とはこのコラボカフェに行った日以降、学校でもたまに話すようになった。

 相川らずツイッターでのやりとりは続けているので、その延長気分でリアルでも絡みやすいのだという。

 何はともあれ、これで陸野がそこそこのアニメ好きだということは証明された。

 問題はここからどうやってアニメ研究会へ誘い込むかだが。


 結局この一件以降、進展があったのかなかったのかというと、微妙である


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