第5話 コラボカフェに行きたい

 その夜の時間、俺はいつも通りアニメを視聴しながらツイッターのタイムラインを開く。

 何かめざとい情報がないかとタイムラインを見つめていると「コールドエンブレム」の公式アカウントから今度の日曜日からコールドエンブレムのコラボカフェが開催という情報が流れてきた。

 コラボカフェとはいわゆるアニメのタイアップ企画の一種だ。

 店内をアニメのタイアップ仕様に飾り、フードなどアニメとタイアップした商品が提供されて、そこでファンが食事やトークを楽しむといった場所である。

 そんな店ならばきっと好きなアニメがタイアップされた場合ならファンなら行きたいだろう。

 俺はもともとアニメ系列のタイアップはイベントには行くがコラボカフェなどの店内タイアップにはあまり行く機会がないので存在を知ってるくらいだが。

 コラボカフェについての新情報が流れると、そのアニメが大好きなノリミさん……いや陸野のツイートが流れてきた

「今度コルエムのコラボカフェあるみたいで気になってるけど多分行かないんだろうなあ。リアルににオタ友いないから一緒に行く人とかいなんだよね」

 そんなツイートだった。

 内容にはどこか哀愁あふれるツイートだ。

「リアルにオタ友いないのか。まあ女子ってオタク趣味隠すことあるしなあ」

 陸野のツイートに俺はそう思った。

 俺は今までオタクをオープンにしているからこそオタク友達と学校でアニメについての話をすることも日常的だ。

 だからこそ俺の場合はSNSだけでなくリアルでオタトークをするのも普通だ。

 しかし女子だとそうはいかないこともあるかもしれない。

 陸野は特に学校では堅い真面目で優等生を貫いているのである。

 同世代の女子高生はオタク的な趣味よりもどちらかというとアイドルやドラマに流行りの歌に彼氏のことなどリアル方面の話題で盛り上がる傾向がある。

 それだとオタク趣味については男子ほどオープンにできないかもしれない。

 もちろんひと昔前のようにオタクを差別したりださいといった風潮はテレビでのアニメタイアップ企画や芸能人のオタクトークなどのメディアへの露出が増えたことにより、今は二次元やオタクといったことも次第に受け入れられつつある時代になる。

 学校でもクラスには他にもアニメが好きな女子はいるのだが陸野はなかなか絡む様子がない。まだまだみんながみんなオタク趣味をオープンにできるわけではない。



 朝が来て、教室に登校する。

 今日はなぜかいつも起きる時間より早くに目が覚めてしまい、やることもないので早めに家を出て学校に着いた。

 修二はまだ来ていないらしく、珍しく俺の席の前にはまた珍しく早く登校してきた陸野が朝の自習をしているのである。

 修二との約束の件と昨日のことで何か陸野に話しかけた方がいいような気がして俺は陸野に声をかける。

「よう。おはよう」

 俺が挨拶すると、陸野は自習で机に向けていた顔をこちらに向け、眼鏡越しに一瞬目が合った。

 その表情はどこかいつものような堅い感じではなく、陸野はすぐに挨拶を返した。

「おはよう。江村くん」

 会話を続けるために、何か話題を持ち出さねば、と俺は昨日のツイッターについての話をする。

「最近コルエムのコラボカフェとかやるそうだな。俺はコラボカフェとか行かないからよくわからないんだけど、やっぱ女の子ってカフェとか好きなの?」

 当たり障りのない、昨日のツイートからの話題だ。

 陸野はリアルにオタク友達がいない、とは言っていたがそれならばカフェ自体は好きなのかと。

「私はコラボカフェって行ったことないんだけど、フォロワーさんの話によると、店内もアニメの絵とか飾ってあってフードの写真撮ったりして楽しそうだなって思う。よくツイッターにメニューの画像がアップされてるのをよく見るから」

 確かにツイッターは日記のようなものなので食べた物の画像をアップするのも日常的によく見る。

 コラボカフェはそういったSNS社会のツールに合っていてフードの写真をアップするなど感想を共有できることから今は多く開催されるのかもしれない。

「コールドエンブレムが好きなら、陸野も行ってみればいいのに」

 俺は昨日の「オタ友がいないから一緒に行く人がいない」とつぶやいていたことに対してそう思った。

 俺は割と好きなアニメのイベントなら一人で行くことも普通だ。

 むしろ一人行動の方が自分の思うまま自由に行動できるから楽だとも思える。

 女子だとなぜそれができないのか疑問だった。

「でも、カフェという場所だから一人で行くなんてなんか勇気なくてできなくて……大抵そういうコラボカフェって誰かと行くものだと思ってたし……。フォロワーさんも同じアニメ好きな人同士で行ったってツイート多いから」

 一般のカフェと違ってコラボカフェという未知の場所には一人で行くにはなかなか勇気がいるものらしい。

「コラボカフェに一緒に行ってくれる人をツイッターで募集するとか見かけるけど、私はまだ未成年だし、ネットでそういうの募集してみてどんな人かわからない知らない人が来ると怖いし、もしも問題になって学校に知れたらって思うと怖くて」

 陸野は学校では優等生ということになっているのだからそういった軽率な行動はできないのだ。

 それにいくら同じ作品が好き同士とはいえ募集して知らない人と一緒に行ったところで話が合わなかったら大変だろうしな。

 中には女子高生とお近づきになろうとするのが目的の変質者もいるかもしれない。

「ごめんなさい。こんなこと話しても、江村くんにはわからないわよね」

 陸野は少々申し訳なさそうに謝った。

 俺はコラボカフェに行きたそうにしているが勇気がない、という陸野に何かできないかと考えた

 陸野を部活に引き入れるにはまずは俺自身が陸野に近づいてみなければならない。

 共通の話題があるとはいえ、なかなかそれ以上踏み込むことができる機会がないのだが、もしここで俺が陸野に近づくために一歩踏み出すことも必要ではないのか?

 チャンスがないのであれば自分で作る、それがアニメヲタクの常識だ。


「じゃあ、俺がそのコラボカフェ一緒に行く…とか。俺ならフォロワーだし、しかも同じ学校のクラスメイトなら問題ないだろ?」 

 陸野の行きたい場所へとかまをかけて誘い出してみる。

 いきなりクラスの男子にこんなことを言われて了承するかというと、そこはわからないが……。

 もしも陸野が男子と共に行動をするのを嫌がるなら無理だし気持ち悪がられてしまう可能性もある。

 もしもこれで断られたりすればそれまでなのである。

 しかし陸野と近づいてみるにはこれが絶好のチャンスだとも思ったのだ。


 だが、それを聞いた陸野の表情は一瞬驚いたようだがその話に食いついた。

「いいの? そんなコラボカフェに私なんかと一緒に行くなんて」

 遠慮しがちに見えて俺が見た陸野の表情はその眼鏡のレンズの向こうに目を開いてキラキラさせる眼差しだった。

 まるでいい機会を得たかのような。

 俺はその陸野の勢いに押されて話す

「ネット上のよく知らない人よりも、クラスメイトならもう少し安心だろ? 俺もコルエムはアニメ観てるし、ちゃんとタイアップ内容もわかるからな」

 この機会を逃すものかと俺はさらに畳みかける。

「本当に一緒に行ってくれるなら、江村くんならツイッターのフォロワーだし、クラスメイトだし、コルエム仲間としてOKよ! 嬉しいわ! ぜひコルエム知ってる人と行きたかったの!」

 陸野はまるで普段のお堅い雰囲気からクラスの女子と変わらないはしゃぎっぷりだ。

 いつもの大真面目な態度とは大違いである。

「こういうのってクラスメイトだと同じアニメ好きな人探すの大変けど、江村くんならツイッターでやりとりしてるもんね」

 まったくお互いのことを知らない他人同士でそういった場所に行くのは苦痛だが、すでにそういったウェブ上とはいえ繋がりを持っている人ならば少しだけ緩んでいたのかもしれない。

「今まで、ツイッターでコラボカフェに行った人のツイート見て憧れてたの。店の中は大好きなアニメの絵だらけでメニューも本編にちなんだもので画像見ると美味しそうで。そういう場所に行ってみたかった」

 リアルの知り合い、だけではなくツイッターでそこそこやりとりをしている相手というのもポイントが高かったようだ

「俺もコラボカフェって行ったことないから、いい機会だ」

 アニメ関連の店へ行く、ある意味これもアニメ好きとしての一歩前進な気がする。

「じゃあいつにしようか? コルエムのコラボカフェ開催期間はもうすぐだからできれば早い方がいいんだけど」

 陸野はそうそうと話しを勧めた。


 そして俺達はコラボカフェの開催日程である今度の日曜日にさっそくそこへ行くことを約束した。

 なんとも急な展開であるがこれは陸野をアニメ研究会に誘い込む絶好のチャンスである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る