第17話 二日目の朝

 「おい——」


 近くで誰かの声がする。お父さんか?

 

 「おい!起きろ!」


 何を急いでいるんだ……目覚まし時計が鳴っていないから今日は休日のはずじゃないのか——


 寝ぼけていた俺は、無意識のうちに転移前の思考に陥っていた。

 二日目の朝で順応できる人間のほうがおかしいくらいなので無理はない。


 だが目に映った強烈な金髪と、目つきの悪い男の顔は、一気に俺の意識を覚醒させた。


 「大夢ぅ、寝坊助は命取りだぜー」


 そうだ。俺は異世界に転移していた。朝起きたら元の世界に戻ることもなく、ギルとウールと一緒にいる。少し長い夢だった——ということもなく、現実として異世界にいるのだ。

 その実感が再び湧いてきたのである。

 

 それはそうと、寝坊助とはいったい? 俺はどれくらい寝ていたんだ?


 俺は眠い目をこすりながら上半身を起こした。


 「今は何時だ?」


 「依頼まであと1時間だ。早く準備しろ」


 ウールが強めに肩を叩いた。


 普段からいかに目覚まし時計に頼っていたかを痛感する。

 それと少しジンジンと痛む右肩をさすりながら、立ち上がった。


 さあ着替えよう、と私物を探したが無い。


 「あれ、俺の——あ。」


 そうだ。俺は手ぶらということに加え、このパジャマで昨日を過ごしていたのだ。

 

 「どうした?」


 「いや……そういえば着替えも無かったなって」


 そう言うと、ギルから憐みの視線を感じる。


 やめてくれ……おそらく心から憐れんでいるんだろうが、それが一番心に刺さる。俺だってパジャマで魔物と戦っただなんて、昨日あった人以外には知られたくない。


 それに昨日は、メルを助ける覚悟があるとか言っていたが、それもすべてパジャマ姿で言っていたことを思い返すと、恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。


 「そうだよな。あんまり聞かないようにしていたが、大夢は変な恰好の上に手ぶらで常識もあんまり無い。なのに魔物とかの知識はあるって、俺の想像できる範疇を超えた裏がありそうだな」


 ごもっともなギルの鋭い言葉に胸が痛い。

 傍から見たら俺は完全なる不審者だ。


 「これでも着ておけ」


 大量に荷物が入っていたリュックから、ウールが黄土色の服を取り出した。

 少し着古したような服だが、異国の雰囲気が出る上、なによりこのパジャマから着替えられるのはありがたい。


 「ありがとう。変な目で見られることは減りそうだ。」


 受け取った服を着てリュックを背負い、二人と共に部屋を後にした。


 宿を出ると、俺が最初に着いた町よりも栄えている町並みが広がっていることに気づいた。


 ここはエルグラントと言っていたが、首都や王都みたいなものだろうか。明らかに歩いている人も裕福そうだ。

 ここでは俺の着ている服では結局目立ってしまう。


 発展した町に見とれていると、すぐに町の出口付近に到着した。この町は、元々いたレヴィールとは異なり城壁に囲まれている。かなり厳重な防御態勢だ。


 「ここで待機だ」


 ギルが立ち止まると、すぐに二台の馬車が到着した。


 「あーぶねー、フロスト家の馬車は来るのが早いぜ」


 運転手に聞こえるくらいの声でヒヤッとしたが、まあ中の人に聞こえていなければ大丈夫だろう。


 豪華なほうの馬車からは、案の定エドワルド・フロストが出てきた。

 

 ギルと挨拶をしているが、俺はメルの姉のステータスを確認したいという思いが頭を占めている。 


 そもそも新規のステータス確認が成功する保証もないが、今は自分の立てた仮説を信じるしかない。

 仮説1は、ギルだけがステータス確認への耐性を持っている説。仮説2は、一日にステータスを確認できる回数に制限がある説だ。どちらの説にせよ、姉のステータスを確認できることになる。もしまた気絶したら、その時はその時だ。


 姉の姿さえ確認できれば、ステータスが見られるはずなのだが。


 俺は隣にいたウールに小声で話しかけた。


 「メルの姉を見ておきたくないか」


 ウールは小さく頷き、ギルとエドワルドの挨拶が終わった時を見計らって口を開いた。


 「エドワルド様、フロスト家の皆様にも挨拶をさせていただきたいのですが、いかがでしょうか」


 エドワルドはにっこりとして、


 「そうだな。嫁と娘も挨拶をさせよう」


 と言い、豪華な馬車の横扉を開けた。


 エドワルドの嫁と娘と思われる女性二人と、黒いタキシードのようなものを着た男性一人が向かい合って座っていた。

 中は最大6人が座れるほどの広さである。


 「こちらが娘のクリスティーナと嫁のジョアンナだ。ほら二人とも、挨拶しなさい」


 ジョアンナがこちらを向き、


 「警護を頼みますね」


 と言ったのに対し、クリスティーナは少しこちらを見ただけであった。


 だが俺は気にも留めず、しめた!と思い、心の中で「ステータス」と唱えた。

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