第16話 グリーグ卿

 俺たち三人は話し合いを終えた後、宿の食堂で夕飯を食べた。もちろん、ウールの奢りで。

 俺の想像よりも美味い飯で、少し安心した。


 部屋に戻ると、三人はベッドに沈み込んでいた。誰一人口を開くことなく就寝したのであった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 一方、ある貴族の館——


「おやおやクリスティーナお嬢ちゃん。見ないうちに大きくなったねぇ」


 グラスを片手に、立派な白髭を蓄えた中年の男性が少女に話しかけた。


「いやですわね、グリーグ卿。私はもう17ですのよ。大きくなっただなんて言われる年ではありませんの」


 赤茶色の髪をなびかせながら、少女はムッとした表情で言った。


「それと、グリーグ卿こそ近年顔を見せていらっしゃらなくてよ。どういたしましたのかしら?」


「ええそれがですねぇ——」


 グリーグ卿はグラス内の赤ワインに移る自分の顔を眺め、言葉を詰まらせた。


「——特に何があったというわけではありませんよ」


 そう言って、自然な笑みを浮かべた。


「ところで、メルお嬢ちゃんは?」


 その言葉を聞くと、クリスティーナは待っていましたと言わんばかりに、歩き始めた。


「こっちのほうにいますのよ」


 クリスティーナは、華やかなパーティー会場から少し外れた窓際に向かっていく。

 その窓近くの壁には、一人の少女が者悲しげな表情で寄りかかっていた。


 「メル、グリーグ卿よ。挨拶なさい」


 メルはクリスティーナに気づくと、少し俯きながらグリーグ卿のほうへ向き、口を開いた。


 「お久しぶりですグリーグ卿」


 グリーグ卿はにっこりとしてワインの香りを嗅いだ。そしてメルに話しかけようと口を開いた瞬間、


 「メル、顔をあげなさい」


 と鋭い声が飛ぶ。クリスティーナがゴミを見るような表情で、メルを睨んでいる。


 「グリーグ卿の前よ。そんな態度でいいと思っているわけ? そんなだからあんたは何にもできないクズでゴ——」


 「クリスティーナ嬢」


 今度はグリーグ卿がクリスティーナを遮り、制止した。

 予想外の制止にメルは驚いた表情で顔をあげ、グリーグ卿を見る。


 「私は別に構いませんよ。それよりも、クリスティーナ嬢の言葉が気になりますねぇ。貴族として相応しい言葉遣いをしてほしいものです」


 クリスティーナは下唇を噛み、目をひくひくさせている。グリーグ卿の言葉に、苛立ちを隠せないようだ。だが相手は階級の高い貴族であり、言い返すことができない。


 直後、彼女はパーティー会場を見渡していた。まるで獲物を探すかのような鋭い眼光で。


 そして目的の人物を発見すると、一見グレートリスよりも速い程の速度ですり寄っていった。


 「メルお嬢ちゃん、私が知らないうちにどうされたのです?」


 グリーグ卿は近くにあった小さなテーブルにワインを置き、小声でメルに話しかけた。


 「いつものことです。見ていればわかると思いますよ」


 メルはグリーグ卿の奥に視線を向けた。その視線の先には、別の貴族に声を掛けてこちらに向かってくるクリスティーナがいた。


 メルの視線の方向に気づくと、グリーグ卿は近づいてくるクリスティーナのほうを向く。


 「おやこれはこれはベルモント伯、久しゅうございますなあ」


 グリーグ卿は再びワインを持ち、クリスティーナと共に歩いてきた男に挨拶をした。

 ベルモント伯のすぐ後ろでは、クリスティーナが勝ち誇ったような表情で歩いている。


 「グリーグ卿、お久しぶりでございます」


 茶色のチョビ髭を触りながら、ベルモント伯も挨拶を返した。続けて、

 

 「ところで、先ほどはそちらの嬢ちゃんが失礼な真似をしたそうで。クリス嬢ちゃんが嘆いていましたよ」


 と言い、髭を触りながらメルを嘗め回すように見た。

 グリーグ卿はもう一度ワインを手に取り、一口飲んでから口を開く。


 「クリスティーナお嬢ちゃん、先ほど私は構いませんと言ったはずですよ」


 それを聞いたレイモンド伯とクリスティーナは、顔を見合わせて意地の悪い笑みを浮かべた。


 「オホホホホッ!わたくしはそこの落ちこぼれに、貴族としての在り方を教えて差し上げているだけですわ!」



 甲高い声でクリスティーナが言うと、ベルモント伯がそれに続いて


 「そうですともそうですとも!こちらの“優秀“なクリス嬢がその”落ちこぼれ“嬢ちゃんに教育をしているところなのです!」


 と言い、激しく髭を触る。


 「貴族としての在り方ですか。なるほど」


 グリーグ卿は残りのワインを一口で飲み干し、グラスを少し強めにテーブルへ置いた。

 メルは相変わらず俯いており、まるでその場にいないかのように身を潜めていた。


 「で、もういいですかな?」


 グリーグ卿はクリスティーナとベルモント伯を視界に入れず、パーティー会場を見渡すそぶりを見せた。


 一方の二人はメルに嫌らしい視線を向け、ニヤニヤと笑っている。


 「おお、あそこに美味しそうなデザートがありますな。さあメルお嬢ちゃんいきましょうか」


 グリーグ卿はメルの手を優しく引き、二人のもとを自然に離れた。

 残された二人は小さく舌打ちをし、ベルモント伯が元々いた場所に戻っていった。


 グリーク卿とメルは、二人から離れあまり人のいない場所まで移動していた。


 周りに誰もいないことを確認すると、グリーグ卿は紙とペンを取り出し何かを書いてメルに渡す。


「必要な時に」


 それだけを言い、グリーグ卿は華やかなパーティー会場へと戻っていった。

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