第13話 筆談

 馬車は、戦闘から戻った俺たち四人を乗せ再び出発した。


 馬車に揺られながらメルからより詳しい話を聞き、今後の作戦を立てようということになった。

 メルも俺たちの説得により、どんな話であれ口を開いてくれて何よりだ。

 

 だがこの会話を運転手などに聞かれ、エドワルド・フロストにバラされてはダメだ。そのため筆談をすることになったのだが……。


 そういえば俺、なぜか話し言葉は理解できていたけど読み書きできないじゃん!


 あまり意識はしていなかったが、いざ文字を見ると何もわからない。アルファベットのようなアラビア文字のような……どちらにせよ理解不能だ。


 「あれ?大夢は読み書きできないのか?」


 ギルの言葉が胸に刺さる。まさかこんなセリフを自分が言われる日が来るとは。


 「いや……これには深い事情が」


 「あ、ああ……! いや悪いな。気にしないでくれ」


 ギルが両手を胸の前で振って謝っている。

 俺が貧しかったからとか、学ぶ機会が無かったことが原因だと思っているのだろう。


 そもそもこの世界の識字率はどれくらいなのだろうか。今の反応を見るに低くはなさそうな気がするが。


 「字を読めないのは稀なのか?遠い地に住んでいたからあんまり詳しくないんだけど」


 「あまり考えたことはなかったが、少なくとも冒険者ギルドに入り浸っている奴は皆読めると思う。一部の貧民街ではそうじゃないだろうが」


 ウールの言う通り、この世界でも貧富の差はやはりあるということか。

 貧民街出身だと思われるのはしゃくだが、下手に本当のことも言えない。ここは勝手に推測させておくのが無難だろう。


 「じゃあ俺は抜きで頼む。後で教えてくれ」


 結局ウール、ギル、メルの三人で筆談をすることになった。俺は目的地に着いてから二人から教えてもらう算段だ。


 羊皮紙とペンはリュックの中に入っていた。何かと準備がいい二人には感心している。


 三人が筆談をしている間、俺はすることもなかったので、メルのステータス画面を開いていた。


 使用可能魔法が氷結魔法って抽象的すぎるよな……と眺めていると、急に画面が切り替わった。


 「なんだこれ?」


 思わず声が出てしまった。


 「おい急に声出してビビらすな」


 ウールに睨まれたが、ギルとメルは筆談に集中していて気づいていないようだ。


 すまん、と言ってまたステータス画面に目をやると、使用可能な氷結魔法という文字が映っていた。


 これはメルが使用できる氷結魔法の一覧だ。先ほど使っていたエターナルフリーズももちろん、それ以外にも種類がかなりある。


 メルがこんなにも多くの氷結魔法を扱えるとは思っていなかった。魔力が同程度のはずのウールでさえ、炎属性魔法の最大火力がファイアーボールなのだから。


 これで落ちこぼれ扱いされるフロスト家は恐ろしい。俺がフロスト家に生まれていたら、そもそも家にすら入れてもらえないだろう。


 こうして色々と考えていたが、一つ疑問が浮かんだ。


 ゲームなどでの知識でしかないが、魔力や生命力の類のものは最大値と現在の値が表示されるはずだ。特に気にしていなかったが、魔力は使えば減るはず。今まで見ていたのは現在の値でしかなく、最大値ではない可能性が高い。


 改めてメルの魔力を確認すると、最初に見たときよりも少ない気がした。

 124と書いてあったのだ。やはりこれは現在の値だろう。最大値が気になるが、見る方法がわからなかった。


 「何かと不便な部分も多いな……」


 どうすれば見られるのかと考えていたが、その中でさらに大きな疑問が浮かぶ。


 「レベル制ではないのか。そもそも俺しかステータスを見られないなら、レベル制の意味が無いもんな」


 ではどのようにステータスが成長するのだろうか。まだ初日なので焦る必要もないが、今後の行動方針を決める上では重要だ。


 だがこれらに関してはこの三人のほうが詳しいだろうし、今一人で悩んでも仕方がない。とにかくメルの状況打破が先決だ。

 俺はステータス画面をそっと閉じ、メルの顔を見た。グレートリスと戦う前の悲壮感あふれる表情は消えており、ほっと胸をなでおろした。

 

 俺も文字が読めれば……と、もどかしい気持ちだが、それを言っても仕方がない。今は少しでも解決策を考えてみよう。


 結果として、メルをフロスト家に留まらせるというのは解決になっていない。たとえその時に仲直りをしたとしても、すぐに虐めが始まるに違いないからだ。


 ではメルを連れ出すのか。とはいってもギルやウールを巻き込むわけにはいかないし、俺とパーティーを組むのも、今は難しい。無一文なのだから。


 「どぉすればいいんだよ」


 威勢よく、覚悟があるなどと言ったが具体策は何もないのだ。恥ずかしにも程がある。


 「ウール、さっきから大夢の奴ずっとブツブツ言っているぞ。おかしくなっちまったんじゃないか」


 ギルがウールに耳打ちしている。すべて聞こえているが。


 「とりあえず精神安定剤でも飲ませろ」


 ウールはむしろ聞こえるように言っている。


 「ボン爺の薬だけは勘弁」


 荷物入れのリュックを、取られないようにゆっくりと体に寄せて置いた。


 息が漏れるような音が聞こえたので、メルのほうをまた見た。この会話を聞いてか、声を出して笑わないよう必死に口を押さえていた。


 ウール、ギル、俺の三人も、お互いに顔を見合わせ笑顔になる。


 そうだ。俺一人で考える必要なんてない。この二人がいればきっといい解決策が見つかるに違いない。


 ホッと一安心し肩の力を抜いた俺は、何かの糸が切れたかのように、急激に眠りに落ちた。

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