第12話 覚悟

 数秒の沈黙の後、メルは後ろを向いたまま、ゆっくりと口を開いた。


 「——ええ、使用人です。ご主人様もそうおっしゃると思いますよ」


 それはエドワルドという男に言わされているだけではないのか?

 

 「なあ大夢、あんまりそんなことは聞くもんじゃないと思うぜ。確かに魔法が凄かったし、そう思うのも無理はないが」


 次に口を開いたのはギルであった。


 確かにギルの言う通り、家庭内の問題に口を出すのは得策ではない。しかも相手は貴族で、お互いのことは忘れようと言った関係だ。


 だが俺には借りがある。メルがいなかったら、最初の魔物で死んでいたかもしれない。ボン爺の店も知らなかったかもしれない。ギルドの場所すらわからなかったかもしれない。


 ギルとウールの前でなら、メルを知っていることを話しても問題はないだろう。最悪、能力のことに触れてでも——


 「メル、本当のことを言ってくれ」


 俺がそう言うと、今度は長い沈黙が訪れた。ギルとウールも状況が飲み込めず、固まっているようだ。


 「だ、誰のことかな?私そんな名前じゃ——」


 「メル! 君はメルだ。メル・フロストだ」


 俺はメルの背中に語りかける。今度は、ギルとウールもフロストという言葉に反応し、顔を見合わせている。


 「君はフロスト家の一員のはずだ。使用人であるはずがない」


 「あなたには関係ない。私が使用人ではないとしても——」


 メルの声は少し震えている。


 「関係無いわけない! 君は俺の命の恩人だ。今俺が生きているのは君のおかげなんだ。さっきだって君の魔法が無かったら負けていたかもしれない。」 


 俺の言葉を聞き、メルは拳をギュッと握りしめる。


「俺にできることなら何でもする。だから……君が置かれている状況を話して欲しい!」


 俺の問いかけに、メルはほんの少しだけこっちを向いて口を開いた。


 「これは私の問題。あなたが知る必要なんて——」


 ほんの少しだけ見えるメルの横顔には、一筋の涙の跡があった。


 「抱え込む必要はない。ここは馬車から少し離れているし、フロスト家の人は誰も聞いていない」


 「でも……」


 その時、ウールとギルが俺の隣まで来ていることに気づいた。ギルは俺の肩にそっと手を置く。


 「なあメルお嬢ちゃん、俺はギル。君のことは詳しくは知らない、通りすがりの冒険者だ。知っていることと言えば、君が凄い魔法使いということくらいか」


メルが小刻みに首を横に振る。


 「それともう一つ。これは憶測なんだが……君は相当なお人好しだろう」


 またもメルは首を横に振る。


 だがこれに関してはギルが合っていると思う。短時間の会話で見抜くギルも凄いが、それだけ彼女のお人好しな雰囲気が滲み出ているのだろう。


 「お人好しすぎるが故に、大夢を巻き込みたくない」


 今度はメルの首は動かなかった。


 「でもな、大夢は喜んで巻き込まれると言っている。相当な覚悟もある……と思う」


 そこは自信満々に言ってくれよ……。


 だがギルの言葉は的を射ているし、俺の言いたかったことを言ってくれている。


 「俺はウール。この金髪とパーティーを組んでいる。こいつはいつも適当なことしか言わない馬鹿だと思っていたが、今日は珍しくいいことを言っている」


 今度はウールが口を開いた。


 「君が芳しくない立場にいることは何となくわかる。でもあれだけの魔法が使えるのに、フロスト家で良くない扱いを受けていることはわからない。君が伝えるしかない。」


 そうだ。彼女はお人好しすぎるが故に、人に助けを求めることができなかったのだろう。だが今は違う。巻き込んでしまうなんて考える必要はない。


 「メル。二人の言う通り、俺は喜んで巻き込まれるし、その覚悟もある。それに、話をするまたとない機会なんだ」


 メルはまた、完全に背中を向けた。だが両手を胸に当て、その重い口を開く。


 「あるところに二匹の姉妹猫がいたの。姉は何でもできる凄い猫。でも妹は姉と違って何にもできない。戦うことも、親猫の世話も、何もかも。いつしか姉猫と親猫は、妹猫のことを家族としてみなくなっていった。代々優秀な血筋だったから、落ちこぼれの猫はいらないって」


 これは……。猫の話ではなくメル本人の話なのだろう。妹猫はおそらくメル、そして姉がいるのだろうか。


 「妹猫はご飯も満足にもらえなかった。与えられるのは、大きな住処の中にある小さな寝床だけ。面倒も見てもらえない妹猫は、よく家をでて食べ物を取りに行くの。でも逃げ出すことはできない。一人で生きていくことはできないし、寝床が無くなってしまうから」


 それで森へ行っていたということなのだろうか。あまりに酷い。


 やるせない気持ちに、俺は強く拳を握りしめる。


 「姉猫の失態は全て妹猫の失態ということにされた。それに他の仲間に勝手に悪い噂も流されたの。妹猫はそんな生活に限界を迎えている。助けて、と叫んでいるに違いない」


 なんて陰湿なのだろうか。お人好しの彼女は耐えることしかできなかったのだろう。だが彼女が明確に助けを求めていることが分かる。


 少し間を開けてメルは三人のほうを向き、


 「ごめんなさい、よくわからない話をしてしまって。あんまり遅いとご主人様に怒られてしまいます」


 と言って馬車のほうへ歩き始めた。

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