第8話 荷台の少女

 「お前、この子のこと知ってるのか?」


 隣にいたウールがこちらを向いて口を開いた。


 この少女は、数時間前に会ったときと服装が異なるが確かにメルに似ている。いや、フロスト家の馬車(なぜ荷台に乗っているかはわからないが)に乗っていることからメルでほぼ確定だろう。


 だがメルは俺の能力を知っており、他言無用だと約束をした。

 あまり知り合いだということを大っぴらにはしたくない。


 「み、見覚えがあるような気がしただけだ」


 「そうか。で、君はなぜここに乗ってるんだ?」


 ウールが少女のほうへ向き直した。

 その少女は顔を膝に乗せたまま、目だけをこちらに向けている。


 「私はフロスト家の使用人です。フロスト家の貴族ではありませんので、荷台で移動しております」


 少女は無機質な声でそう答えた。


 使用人、といったか。この子がメルであるならそのはずはない。メルはフロストという性を持っていることを知っている。それならばあのエドワルドとかいう男の血筋にあたるはずだからだ。


 「なあ使用人って言ったってフロスト家の一員だろう。なぜこんなことを…」


 ギルが珍しく弱々しい声をだす。


 「どうかお気になさらず。私は荷物だと思って馬車に乗ってください」


 またも感情の無い声で少女が答える。


 これではNPC(ノンプレイヤーキャラクター)みたいじゃないか。事前に返答が決められている…まさにマニュアル通りといったところだ。


 「とりあえずずっと立っててもあれだし、いったん座ろう」


 俺は少女をチラっと見ながら言った。少女は俺の顔を少し見た後、すぐに目をそらす。


 「そうだな、フロスト家も色々あるだろうし…。俺らが干渉するべきじゃないだろうな」


 ギルの言葉にウールも頷き、三人は円になって座った。俺はギルとウールの間から症状が見える位置にいる。

 重いリュックを下ろし一息ついたが、少女のことが気にかかって落ち着かない。


 ステータス確認ができれば、本当にメルかどうか確証を得られるのだが、また気を失ってしまってはしょうがない。仮説1のようにギルに対してのみステータス確認ができないのならばいいのだが、仮説2の回数制限があるほうならば無理だ。


 「一応大夢とも確認したいからもう一度言うが、俺たちの仕事は移動中に魔物や盗賊が出た際の処理だ。基本的にそれ以外は無い」


 ギルが剣を横に置き、くつろいだ格好で言った。

 

 魔物…ならまだいいが盗賊は勘弁だ。魔物と違ってしつこいだろうからな。

 それと第一、今はステータス確認が使えない。俺は正真正銘の荷物持ちだ。


 「そしてこの馬車は我が町レヴィールからエルグラントという町に行く。そこで一泊して次の日の昼頃に再び護衛をしながら戻ってくる」


 「おい、俺もそこまでは聞いてないぞ」


 ウールがギルを睨む。ギルはやっべ、と言って頭を掻いた。

 

 「一泊するのか…飯代も宿代もない。困ったな」


 そう、俺は無一文。今日金が入ると思ってついてきたら一泊するとは。金を借りるしかないか。


 「わりーわりー言ってなかったな。ただ宿代は出してくれるそうだから心配いらないぜ!」


 ギルの言葉に、ならよかったと胸をなでおろした。


 「大夢、今晩の飯くらいは奢ってやる」

 

 今度はウールが肩をポンと叩いて言った。


 なんて優しい人なんだ!この世界に来てから優しい人にしか出会ってない!


 「その代わり…今度牛の肉料理を奢ってくれ」


 無条件の奢りは無いか。

 まあ牛肉なら少し稼げば…と思ったが、ここは異世界。どれだけの価値があるかわからない以上簡単に「うんいいよ」とは言えない。


 「あのー奢ってくれるのはものすごーく助かるんですけど、牛の肉ってどれくらいするんだ?」


 それを聞くと、ウールは少しニヤッとして


 「俺の知っている店だと一人前で金貨3枚ってとこかな?」


 と言った。この世界の通貨については疎いが、この反応はおそらく高い…!

 だが今夜の飯が無くては生きていけない。

 お願いしますという以外に道は無い。


 「こらウール、あんまり大夢を困らせるなよ」


 ギルがウールの頭にコツッと拳を当てる。


 「ごめんな、こいつたまに冗談言うんだよ。それもとびきりたちの悪いやつ」


 冗談だったのか。ウールの言うことは全て本気にしか聞こえないのが難点だな。


 「豚肉でもいい」

 ウールがボソッといった。ギルはおいおいと言ったが、


 「豚肉でも何でも奢るよ。俺は借りをつくるのが嫌なんだ」


 と返答。ギルは「マジかよ」と驚いていたがウールと俺はガッチリと握手を交わし頷いていた。


 そう、俺は借りをつくることが嫌いだ。この世界に来てからあまり時間がたっていないが、すでに色々な人に助けられている。

 ボン爺、ウールやギル、そしてメルだ。

 

 「どんな形だろうと恩は返す」


 俺の視線はギルとウール、そしてその先にいる少女へと向かう。


 少女は俺の目線に気づき、わずかに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る