第7話 良薬口に苦し

 「ん…」


 俺が目を覚ますと見慣れない天井、そして嗅いだことのある不思議な匂いがした。

 

 この匂いは——


 「おや、起きたかね?大夢くん」


 ——ボン爺だ。


 ボン爺がベッドで横になっている俺のそばに座っていた。

 どうやらボン爺の店のどこかの部屋(おそらく前に見た奥の部屋)にいるようだ。俺は何をしていたんだっけ?


 気を失う前のことを思い出そうとすると、あの不快な感覚を思い出した。と、同時に森でギルのステータスを確認しようとしていたことも思い出す。

 

 結局ステータス確認はできなかった。なぜできなかったのだろうか?


 「ボン爺、俺はどれくらい寝てました?」


 「フォッフォッフォ。心配はいらんよ、運ばれてから10分くらいじゃ」


 運ばれた…。ギルとウールか。また人に貸しをつくってしまったな。


 「運んでくれた二人は…?」


 「この店で待機しとるよ。時間が来たら出発するから、その時はよろしくといわれておる」


 あの二人…待っていてくれているのか。出発の時間というのは…依頼のことだな。俺も依頼に参加しないと。


 「ちょっと二人の所へ…」


 そう言って立ち上がろうとするも、床に吸い付くように座り込んでしまった。


 「そう焦りなさんな、起きたら薬をやろうと思っていたのじゃ。ちょっと待っておれ」


 俺はまたベッドで横になり、ボン爺が部屋から出ていくのを横目に見ていた。

 

 いったん状況を整理しよう。俺は森でギルのステータスを確認しようとした。しかしステータスと心の中でいった瞬間に謎の痛み。気絶した俺はギルとウールに運ばれボン爺の店へ。


 あの痛みはおそらくステータス確認が原因だろうが、グレートリスまでは何事もなく出来ていた。なぜギルのステータスだけが確認できなかったのだろうか。


 今日ステータスを見たのは、自分、メル、ババ様、筋骨隆々のジン、ウール、スライム、グレートリスだ。


 ここから考えられる仮説その1。ギルが何らかのステータス確認に対する耐性を持っている?しかしステータス確認をババ様ですら知らない世界でそれは考えにくい。


 仮説その2。回数制限だ。俺は今日すでに7回ものステータス確認を行っている。

 7回までしかできないという制限があるのなら納得できる。おそらくこれが一番有力だろう。


 「起きたか大夢ぅ!心配したんだぞ!」


 部屋に入ってきたのはボン爺…ではなくギルだ。意識が戻った直後ではこの元気さは毒だ。いや猛毒だ。

 

 ギルのすぐ後ろにはウールが腕を組んで立っている。


 「おい、依頼は行けそうなのか」


 「もちろん行くさ。というか行かないと今日食う飯も無い」


 そう。この依頼を何としても受けなければ無一文のままだ。飯にすらありつけなければ泊まる場所もない。せめて一定の戦闘力さえあれば野宿もできたのだが。


 「フォッフォッフォ。普通じゃ気を失った後はなかなか動けんが、わしの薬は世界一じゃ。きっといつも以上に動けるわい」


 ボン爺は濃い紫色の液体が入った瓶を持って来た。

 色は明らかに毒だが、ババ様が飲まされていた薬も色は暗かった。怖いが飲むしかなさそうだ。


 「お代は後払いでええ。それとこの薬が効いたら、町の人にボン爺の店を進めてくれんかのう。なかなか人が来ないのじゃ」


 笑顔で言っているがしっかりと商売につなげてくる。しかし人が来ないのは物々しい雰囲気を出している建物とその立地のせいでは。


 「わかりました。払えるようになったら必ず払います」


 それでええ、と薬を飲ませてくれた。味は見た目通り何にも形容しがたい酷いものだった。


 こみ上げる強烈な吐き気——

 それを必死に抑えて口をフグのように膨らませる。

 通れ通れ!と胸をたたいて何とか飲み込むことができた。


 薬が胃に到達したのを感じると、途端に体が楽になった。


 「はは、即効性ありすぎだろ」


 ボン爺は満面の笑みだ。


 「よかったな大夢!俺らも結構ボン爺にお世話になってるけど、やっぱすげえな」


 なぜかギルが誇らしげに言った。


 「大夢、そろそろ依頼の待ち合わせ場所に向かったほうがいい。歩けるか」


 ウールが足をトントンと鳴らしている。俺のせいで余裕があったはずの時間が無くなってしまったのだろう。今日は色々な人に迷惑をかけてばっかりだ。せめて依頼では貢献しなければ。


 「ああ、大丈夫そうだ。迷惑をかけた」


 今度はベッドから立ち上がることができた。この世界の薬は、前の世界の薬とはレベルが違う。飲んですぐに効果があらわれる、ゲームのような薬だ。


 「じゃあボン爺、助かりました。またお世話になると思います」



*********



 その後ボン爺の店を後にした俺と、ウール、ギルの三人は再び町の出口付近に向かっていた——


 「聞き忘れてたんだが、依頼人のフロスト家ってどんな貴族?」


 今回の依頼人はフロスト家と言っていた。メルの性もフロストであり、何かしらの関係があるに違いないのだ。


 「フロスト家はかなり厳しい家系だと聞いている。なんでも、娘の一人を落ちこぼれだといって酷い扱いをしているらしい」


 と、ウールが答えてくれた。落ちこぼれの娘に酷い扱いか…あまりいい印象は持てない家系だな。


 二人と話しながら歩いているうちに、先ほどギルが待っていた町の出口付近についた。


 「よし、ちょっと待ってろ」


 ギルが近くの建物に入っていった。何をしに行ったか分からなかったが、すぐに戻ってきたギルは大きなリュックを一つ持っていた。


 「こ・れ・が!大夢に持ってもらう荷物だ!食料や薬、予備武器とか大事なもん入ってるから慎重によろしく」


 ギルがリュックを地面に置くと、地面から振動が伝わってきた。


 慎重にと言った直後だけど結構雑だな。


 だがよほど重いのだろうか。俺はごくりと生唾を飲み込んでリュックを眺めた。あんなものを長時間持ったら、この貧弱な体は潰れてしまいそうだ。


 「そんなに心配するな。持つといっても馬車から降りている時くらいだぜ」


 「馬車があるのか?」

 

 「そりゃ貴族が歩いて移動しないだろ」


 ウールから鋭いツッコミ。確かに貴族は移動時に歩かない…か。荷物を馬車に乗せられるなら思ったよりも楽そうだ。


 その数分後、三人に二台の馬車が近づいてきた。

 一台は豪華な装飾が施され、もう一台は質素な荷台がついた馬車である。

 おそらく豪華な馬車のほうにフロスト家が乗っているのだろう。


 豪華な馬車から一人の男が降りてきた。茶髪で立派な髭をたくわえた、上品な顔立ちの男である。


 「これはこれは冒険者御一行。エドワルド・フロストだ。本日はよろしく頼むよ」


 「こちらこそよろしくお願いいたします。エドワルド様」


 ギルが丁寧な言葉遣いでお辞儀までしている。決めるところは決める男のようだ。


 「我々はこちらの馬車に乗っておる。君たちはあの馬車で同行してくれ。ちと“荷物“が乗っておるが気にするな」


 「わかりました。ご配慮感謝いたします。」


 今度はウールまでもが頭を下げたので、俺も慌ててそれに続いた。

 そしてこの荷物をずっと持ち歩かなくて良いのはありがたい、と足元の大きなリュックをチラッと見る。

 

 リュックを持つと体が地面に吸い寄せられそうだったが、必死に持ち上げてなんとか背負った。背中が引っ張られる感覚から、少なくとも10キロはありそうだ。


 「じゃあ行くか」


 とギルが背中をポンっとたたき、質素なほうの馬車に乗り込んでいった。ウールと俺も続いて馬車に乗り込んでいった。


 荷台の後ろ側の入り口から入ると、中は木箱が大量に積んであるのが見えた。


 「おいどういうことだ。何で人が乗ってるんだ?」


 先に乗っていたギルが立ちすくんでいた。ギルの視線の先には一人の少女が膝を抱えて座っている様子が見える。


 どういうことだ。と、ウールと俺は馬車の奥を、目を凝らして見た。目が暗さに慣れてくると、その少女の顔がはっきりと見えるようになった。


 その顔は悲壮感が刻み込まれているが、明らかに見覚えがあった。


 「メル…なのか?」


 その少女は数時間前に会ったメルに瓜二つであった。

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