第4話 依頼

 諜報員とはスパイのことだ。俺はここが何という国かということすら知らないし、ジンは敵国のスパイの可能性もある。何にせよ迂闊に接触するべきでは無いだろう。

 

 しかし話も聞かないで追い返してしまうのは怪しまれるだろう。一応聞いておくか。


 「ではジンさんから聞かせてもらえますか?」


 「おう!」


 ジンはそう言って拳を鳴らす。


 「俺は今三人でパーティーを組んでいる冒険者だ。よくここにいるから困ったら話しかけてくれ。今回兄ちゃんに話しかけたのは困っていそうだったから、というのもあるが実際の所は新参者だからだ。加えてその恰好に手ぶらと、何か訳アリに見えるしな」


 俺は心臓が激しく脈打っているのを感じた。相手がスパイであることが分かっているため、全ての言葉が俺を探っているのではと勘ぐってしまう。


 「それでだ。銀貨一枚で兄ちゃんの話を聞かせてくれねえか?面白そうな話が聞けそうだしよ!」


 なんとも難しい提案だ。銀貨一枚あればギルドに登録でき、そのまま仕事にありつけるかもしれない。しかしこのジンという男にボロを出してしまうのは後々に響きそうだ。


 間違ってもステータスについてと異世界転移のことを話すわけにはいかないが、この世界のことをよく知らないため誤魔化すことも難しい。


 ウールの話を聞いたうえで断るしかない。

 

 「わかりました。とりあえずウールさんも話してくれますか?」


 「俺は話を聞くとか面倒なことはしない。依頼に同行してくれというだけだ。急用でこれなくなったやつの代理で主に荷物持ち。別に戦えって言ってるわけじゃない。ギルドに登録していなくても依頼の手伝いは問題ないし、依頼が終わったら銀貨5枚の報酬をやる。それで登録でもなんでもすればいい」


 ウールという男は口も悪く目つきも悪いが、中身までは悪くないようだ。

 ウールには悪いが、話すだけで銀貨一枚もかなり惹かれた。ステータス確認がなかったらそちらを選んでいたかもしれない。

 

 しかしスパイにベラベラ話すわけにはいかない上にウールの条件も結構いい。そもそも初めて見る奴に荷物持ちで報酬をくれるのは中々ないんじゃないか。


「ジンさんには悪いけどウールさんの依頼についていくことにします。面白い話もできないし、それで店の外に投げられたらたまりませんから。また縁があったらお願いします」


 と、適当な断り文句を言いながら渾身の作り笑顔。違和感なく見えただろうか、とジンの顔色を伺う。


 だがジンは特に気にする様子もなく、


「んまあ兄ちゃんにも言いたくないことはあるよな。また困ったことあったら遠慮なく話しかけてくれよ!」


 と手を振って離れ、輩が多く座っている机へ向かっていった。


 俺はほっと息を吐き、全身から力が抜けるのを感じる。

 また皆がステータス確認できる世界ならスパイに怯える必要などなかったのに、と心の中で憤慨したが、これが無ければ俺はただの弱い奴で終わっていたことに気づいた。


 ——何としてもこの能力を活かさないと。万が一ウールの依頼中に魔物と遭遇したらステータス確認を戦闘に活かせるか試そう。


「ということでウールさん、俺は柊大夢です。よろしくお願いします」


 少し気をよくした俺はウールに握手を求めたが、


「いちいち敬語を使うな気持ち悪い」


 と睨まれてしまった。今度は


「じゃあウール、よろしく」


 と言うと


「気安く呼ぶな。あくまでお前は仲間の代理だ。」


 と冷たくあしらわれてしまった。どっちだよ!という声は心にしまっておこう。


「俺のもう一人の仲間が町の出口付近で待ってる。さっさと行くぞ」


「りょーかいりょーかい」


 それから俺とウールはギルドを出て、仲間がいるという場所に向かった。

 そこに向かう途中に目立った会話は無し。どんな依頼かの説明が軽くあっただけである。


 ウールが言うには、貴族の護衛任務らしい。ウールともう一人、それに俺だけで大丈夫かよとは思ったが、ここら辺は魔物も少なく万が一のためということらしい。


 仕事は荷物持ちだとは言っていたが、ウールもまさか俺が戦闘経験ゼロだとは思っていないだろう。だが戦闘になっても参加する気は毛頭ない。まあ戦闘の可能性が出るのは魔物が出たらの話だが。


 俺たちは仲間のいる場所に到着した。どうやら俺が来た草原の近くのようだ。そこには大きな剣を背負った金髪の男がいた。少し髭も生えたイケてる奴だ。

 この男は歩いてくる二人を見るなり手を振りながら走ってきた。


 「ようウール。お前でもちゃんと一人見つけられたんだな。帰ってこないんじゃねえかって心配したぜ!」


 「うるさい。別に荷物持ちくらい誰でもいいんだから見つかるだろ。」


 「はは、相変わらず不愛想だなお前は。で、君が荷物持ちってわけか。名前は何て言うんだい?」


 金髪の男が笑顔で俺のほうを向く。


 「俺は柊大夢。よろしく!」


 「ヒイラギ?あんまり聞かない名だがまあいいか。俺はギルだ、よろしくな!」


 と言って握手を求めてきた。もちろん握手をしたが、ウールとは性格が正反対なのが面白い。


 「んで、今が昼の一時。約束の時間は三時だ。ウールが代理を思ったより早く見つけてきたから時間ができた!どうしようか?」


 そういえば時間を気にしていなかった。まだ明るいとは思っていたけど真昼間だったとは。

 でも時間があるなら魔物に対するステータス確認を試してみたい。この二人の実力も知りたいし。


 「あのー俺は全然戦えないんだけど、二人が魔物を討伐しているところを見て勉強したいなーなんて」


 と遠慮気味に手をあげて声を出すと


 「おおいいぞ大夢!俺も準備運動をしたかったところだ。町の外は道が整備されているが少し行くと森に入る。森は弱い魔物がそこそこいるから肩慣らしには十分だ。さあ行こうか!」


 と食い気味にギルが言い、すぐに町の外へ向かって歩き始める。


 ウールは小さくため息を吐き、


 「もう少しおとなしく出来ないのか。約束の時間に遅れたら洒落にならん」


 とボソッと言った。ギルは耳がいいのか、この声が聞こえていたようだ。


 「まーな、あの怖いフロスト家だから遅れられん。でもすぐ戻るから大丈夫だぜ!」


 と振り返って親指を立てる。


 その時俺の頭には、数十分前に別れたばかりの少女の顔が思い浮かんだ。

 メル・フロスト。この依頼は彼女の家系に関係しているものかもしれない。

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