第3話 ギルド

「魔王の呪い…?まさか…いやそんなはずは!」


「ババ様!いったいどうされたのですか?ボン爺何か薬を!」


 その場に座り込み、震えているババ様をメルが支える。ボン爺は奥の部屋から禍々しい色の液体を取り出し、ババ様に飲ませた。


 いったいどういうことなのだろうか。魔王の呪いとは?

 ババ様の震えは激しく、寒い場所にいるものとは大違いであった。

 あれは恐怖の類のものだ。


「落ち着きましたか?ババ様」


 液体を飲んだババ様は震えが収まり、すこし落ち着いた様子であった。

 ババ様の背中を支えていたメルはほっとした表情を見せる。


「ああ、ありがとうよ。ちょっと今日は休ませとくれ。」


 そう言ってババ様はゆっくりと立ち上がり、それをメルが心配そうに見つめている。

 

 「大夢さんも手伝ってくれるかな」


 突然の出来事に呆然と立ち尽くしていた俺は我に返り、「ああ」と小さな返事をしてババ様の左手をとった。

 メルは右手を取り、ババ様を支えながら出口へと向かった。

 

 出口まで到達するとババ様が俺のほうにゆっくりと顔を向け、口を開いた。

 

 「若いの、君の持っている能力は思っているよりも強力なものだ。誰ふり構わず教えていいもんじゃあない。それだけは頭に置いておきな。」


 ババ様は少し強い口調で忠告した。

 メルも何度も首を縦に振っている。


 やはりステータスを確認できるのは俺だけなのだ。確かにこれをできることによるメリットは計り知れない。ステータスを確認されることをよく思わない人が多いだろう。


 忠告通り他人にこのことを言うのはやめにするべきだ。

 まさかステータス確認がこんなにも希少な世界があるとは…。


 「それと、今日わっしに会ったことは忘れてくれんかねぇ。その代わりわっしもステータスに関しては他言無用とする。メルちゃんもいいかな?」


 ババ様がメルのほうを向くと、メルは一度だけ首を縦に振った。


 「わかりました、ババ様。もう一人で歩けますか?」


 「ああもう大丈夫だねぇありがとう二人とも」


 ババ様そう言うと少し笑顔で会釈し、店を後にした。

 

 嵐のように去っていったババ様の言葉は、俺の脳裏に深く刻まれた。

 その余韻に浸る間もなく、メルが俺の顔を覗き込む。


 「あなたはこれからどうするの?手ぶらみたいだけど」


 メルといることで忘れていたが、俺は服をまとっているだけの無一文なのであった。俺の知っている異世界では宿があるはずだが、いかんせん金が無い。野宿をしようにもスライムにすら勝てない俺ができるわけがない。


 幸いまだ明るいので何か仕事がないだろうか。

 

 「こういう時はギルドか」


 そう、お決まりのギルドである。ここに行けば冒険者として登録でき、仕事を受けることができるはずだ。


 「ギルド?まあよそから来た人が稼ぐにはあそこしかないか。じゃあ頑張って!」


 メルが颯爽と店から出ようとしたが、どこにあるかわからないので


 「場所がわからないんだ。案内してくれないかな?」


 と聞いた。案内くらいならしてくれるかと期待したが、俺の顔を合わせないようにして


「もうババ様に会うって用事は終わったから。それにあなたのことは他言無用にすべきって言ってたでしょ。だからあなたも私のことはもう忘れて。それじゃボン爺もまたね!」


 と言って駆け足で外に出ていった。しかしすぐにゆっくりと歩きだし、俺に聞こえるくらいの声で


「ギルドってこっちに行って道に出たら右に向かうとあるんだったかなー。別に私は用があるわけじゃないんだけど急に思い出しちゃったー」


 と言い、今度こそ走り去っていった。俺は苦笑して


「結局お人好しだな。いつか絶対に恩返しさせてくれ」


 とつぶやいた。


 俺はメルの言った通りに歩くことにした。そしてその間にババ様との会話やステータスからわかったことを整理した。


 まず表示される名前は本名か怪しいこと。これはババ様という名は愛称みたいなものだと思っていたためである。(本名だったら申し訳ない)


 使用可能スキルや魔法はかなり抽象的で、どの属性が使えるかくらいしか見えないこと。(メルも氷結魔法は使えたが、いかんせん情報が少なかったので、すべての魔法が抽象的に表示されるとは断定できなかった。)


 数字の表示に矢印が付加されることがあること。これはまだ種類がありそうだ。


 そして人によって項目が追加される可能性があること。


 まだわからないことだらけだが、多くの人のステータスを確認することで明らかになっていくだろう。勝手にステータスを見ることは俺の良心を痛めるので、必要最低限としたいところだが。


 メルの言った通りに歩いていると、冒険者ギルドらしき建物にたどり着いた。


 「ここか、なんか緊張するな」


 胸の鼓動を感じながら扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。異世界に来て間もないが、それを実感させる建物が目の前にあるのだ。緊張と共に高揚感もあるに違いない。


 扉が開くとともに大男が吹っ飛んできた。間一髪でよけたのだが後ろに転倒してしまった。


 「おう兄ちゃん見ない顔だな。大丈夫か?」


 建物の中から大男を吹っ飛ばしたと思われる男が現れた。

 筋骨隆々な男で、背丈は180後半くらいか。ステータスを見るまでもなく俺は勝てないとわかる。(そもそも俺が勝てる相手がいるのだろうか)


 「ぎりぎり大丈夫ですけど、この吹っ飛ばされた人は?」


 吹っ飛ばされた男は気絶しているようだった。やりすぎだろ、と思ったが間違っても口にしてはいけない気がした。


 「ああこいつとはよく遊ぶんだ。いつも俺が勝つがな」


 ああ喧嘩とか殴り合いのことを遊ぶっていう人は関わってはダメだ。

 

 「そうなんですか、じゃあ大丈夫ですね」


 そう言って男の横をすり抜け建物内に入った。

 建物内は野蛮そうな輩が多くいたが、ちらほら女性の姿も見えた。


 「新規の方?初めて見る顔出し、組合員証を持っていないみたいだけど」


 ふらふらと中を回っていたところ、案内人のような女性に声をかけられた。


 「ええそうです。登録が必要ですよね」


 「あらわかりがいいわね。ではこちらへ」


 俺はその女性に受付のような場所へ連れていかれた。周りの輩は俺を好奇の目でじろじろと見ている。ああ早く着替えたい。


 「ではまず登録料として銀貨一枚を」


 受付についてそうそう言われたが、残念ながら無一文だ。これでは仕事が受けられないということか。これは…他の仕事を探すべきか…。

 

 「お金を持っていないんですけど…それでもできる仕事ってあります?」


 「登録していただかないとちょっと無いわね。銀貨一枚をもってまた来てね」


 ああやっぱりだめか。何とかして銀貨一枚を手に入れないとその先が無いなんて。

 そう落ち込んでいた俺に二人の男が声をかけてきた。


 「兄ちゃん困ってるのかい?俺が助けてやろうか」


 「お前登録料さえ払えないらしいな。俺と簡単な取引しないか?」


 兄ちゃんと呼んできたのは先ほどの筋骨隆々の男だ。人を吹っ飛ばすことを遊びという男だ。助けるという言葉にも何か別の意味がありそうで怖い。


 もう一人の男は、背丈は俺と同じくらいだが、筋肉はそこそこ。細マッチョといったところか。ただ目つきと口調が悪い。


 二人はほぼ同時に声をかけてきた後、にらみ合っている。どうやら別件のようだな。

 しかし怖そうな二人とはいえ望みがつながったのはありがたい。


 「ええっと、助けてもらえるのはありがたいんですけど。二人から来られると…」


 「じゃあまず俺が話をしよう。俺はここによくいる冒険者で—」


 と筋骨隆々の男が話し始めた。が、目つきの悪い男が


「おい、俺が先だ。勝手に話し始めるな」

 

 と割り込む。この二人は仲が悪いのか埒が明かなそうだ。


 「じゃあまず名前を聞いてもよろしいでしょうか」


 そう。初対面の人には名前を聞くことが重要だ。ステータスを確認して名前を知り、聞いてもいないのにうっかり呼んでしまうと怪しまれるからだ。


 「俺はジンだ。よろしくな、兄ちゃん」


 「俺はウール。覚えておけ」


 「ありがとうございます。ジンさん、ウールさん」


 俺は念のために二人のステータスを確認することにした。協力してくれそうな人の情報を知って損はないだろう。


 心の中でステータスと言っても表示された。二人ともステータスを確認したところ、気になる点が一つあった。


 ジンの職業の欄に王国直属諜報員と書いてあったのだ。

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