第2話 カフェ・ボール

「では……この自転車はレンタルしているものなので、返却してからご一緒します。どこのカフェに行けばいいですか?」

 そう、その自転車は市内で貸し出ししている自転車ですね。カゴにりんごのマークがついている。私は乗ったことはないけれども、好評なシステムだと聞いたことがある。


「駅裏にあるカフェに。カフェ・ボールというお店に来ていただければ」

「分かりました、駅のほうだと一時間くらいで行けると思うので」

 男の人はそれでは、と言い自転車で去って行った。そういえば三台くらいで走っていたな。友達は先に行ってしまったのかな。

 

 それよりも私は、なんということを言ってしまったんだ。いきなり初対面の男の人に「一緒にカフェに行って」だなんて……。


 いつも引っ込み思案な自分が嫌だった。変わりたい、いつもそう思っている。

 言いたいことを言えたらどんなにすっきりするだろう。自分の発言を誰かに認められるって、どんな気持ちなんだろう。思っているだけで実行は出来ない自分が大嫌いだった。


 それがどうしてさっきはあんなことを言ってしまったんだろう。

 順を追って考えてみる。

 恐らく……自転車にスカートを汚されたこと、人がいるのに自転車の勢いを緩めなかったことに腹が立ったのだと思う。

 つまり怒りに任せて言ってしまったということか。冷静になった今、恥ずかしくなってきた。


 それに一時間後はカフェで知らない男の人と向き合っているんだ。緊張してきた。

 こんな落ち着かない気持ちで展示会には行けない。残念だけれどいましめもこめて今日の観覧は諦めた。空が晴れてきた、私の心とは反対に。


   〇〇〇


 一時間後、あの男の人はカフェ・ボールの入り口で待っていた。

 本当に来た。連絡先も知らないし、来なくたってこの人に被害はないのに。


「こんにちは、さっきは本当にすいませんでした。とりあえず店内で自己紹介をしましょうか」

「はい……」

 男の人は笑顔でカフェ・ボールの扉を開けて、私が通るのを待っていた。扉を開けてくれる、こんなことをしてもらったのは初めてだった。

 カフェ・ボールの店内はそこそこ賑わっていた。扉からまっすぐ進むとスイーツなどのお菓子が入ったケースがあり、そのすぐ横に注文カウンターがある。


「いらっしゃいませ」

 店員の元気な声が響く。私はお菓子を選ぶためにケースの前で立ち止まる。


「どれにしますか?」

「あ、ここで選ぶんだ? 僕この店っていうか、青森に来たのが初めてなんで」

 そうか、だからレンタルの自転車に乗っていたのか。あのレンタル自転車は地元の人にも観光客にも人気だと聞いた記憶がある。


「青森だからアップルパイにしようかな」

「そうですね、ここのアップルパイは有名ですよ。私はいちごのムースにします」

 一人ずつレジで注文と会計をすませる。

 先に会計をすませていた私はドリンクとお菓子の載ったトレイを持って「どこに座りますか?」と聞いた。店内を見渡して、いている窓際の席にした。



「改めて、僕から自己紹介をします。野田川のだがわようといいます。普段は神奈川県で会社員をやっています」

岸田きしだ美和みわと申します。私も普段は青森県で会社員をしております」

 野田川さんは笑顔でよろしくと言った。


「あの……服の汚れ、大丈夫ですか?」

「はい、軽く土がついただけなので洗えば落ちると思います」

「それなら良かった。あ、いやすいません。お怪我がなくて本当にそれが救いです」

 野田川さんは再び申し訳なさそうに謝る。野田川さんはクリーニング代を出すとまで言ってくれた人だからきっと、ちゃんとしている人なのだろう。

 それによく見ると髪の毛がサラサラしていて、なかなかのイケメンだ。

 しかし会話に詰まり、焦る。野田川さんは目を輝かせて「いただきます」と言ってアップルパイにかじりついた。


「美味しいですね、このアップルパイ。とてもサクサクしているしりんごが甘い、さすが本場のりんごは違いますね」

 野田川さんは本当に美味しそうな表情をした。


 ここのアップルパイは四角い形で、パイ生地の上にりんごが載っている。

 よく見るアップルパイは中にりんごが入っているけれども、カフェ・ボールのアップルパイはオープン型というやつだ。

 それにりんごをコンポートさせず、生のりんごを載せているのでシャキシャキとした食感がする。生地のサクサク感とりんごのシャキシャキ感が美味しさに追加点を与えている。

 一応フォークはついてくるけれども、そのままかじりつくのが一番美味しく無駄なく食べられると思っている。下手にフォークを入れると生地がポロポロとこぼれてしまうから。

 野田川さんはそのままかじりついていたので私はなぜかホッとした。

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