第3話 生クリーム
私は紅茶といちごのムースをいつも通り味わう。
それにしても一つ気になることがある。私は基本的に、お菓子には紅茶かコーヒーを合わせる。
けれども野田川さんはアップルパイにスムージーを合わせていた。コーヒー味のスムージーなんだけれど。くどくないのかな。それに……。
「ここのスムージー、珍しいですね。カップの外側に生クリームがついてるなんて。映えを狙ったんですかね?」
「あっ、いや。それは多分……」
ずっと気になっていたことだ。私が言い終わる前に野田川さんはプラスチックカップの外側についた生クリームをストローですくいあげ、スムージーの中に入れてかき混ぜてしまった。
「ああ、でもカップに生クリームが残っちゃうのは気になりますね、仕方ないんでしょうが」
野田川さんは使い捨てのペーパーで、カップに残った生クリームをふいた。
「あの、ここのスムージー、いつもはスムージーの上に生クリームが載っているんですよ。多分それは間違えたのではないかと……新人ぽい人がいましたから」
そう、生クリームの位置がおかしかった。どうしてカップの外側に生クリームがついているのか。下手したら落ちるじゃないか。映えにしてはひどいアイデアだ。
でも珍しいものを見ても「青森県だから・違う土地だから」と思い込んでしまうのだろうか。言い出せない自分に後悔した。
「ええーまじですか。僕本当ばかだなぁ……。まぁでも生クリームが忘れられるよりいいですよね」
「そうですね……」
それ以外に言葉が見つからなかった。野田川さんは照れているように見えた。
言い出せなくて、本当に申し訳なかった。
「野田川さん、青森には旅行ですか? さきほどお友達と一緒に自転車こいでましたよね」
私は一番気になっていたことを聞いた。旅行なのか仕事なのかは分からないけれどもさきほどは私服で自転車に乗っていた。仕事ということはなさそうだ。それに友達はどうしたんだろう。
「僕、実はバンドをやってまして、今日はツアーで青森に来ました」
「ツアーということは……有名なバンドですか?」
私は驚いた。ツアーで神奈川から青森に来るようなバンドの人だったとは。そんな人気のありそうなバンドの人がどうして私とお茶をしているのか。
「全然有名じゃないですよ、ツテがあってここのライブハウスを紹介してもらったんです。ライブハウス・
「知ってます、行ったことはありませんが」
ライブハウス・磁石。あの博物館が建っている公園の近くにあるライブハウス。
県内で一番大きいライブハウスらしく、行ったことはないけれども話は聞いたことがある。会社の人がイベントを見に行ったと言っていた気がする。
ライブがある時は、磁石の周りにそれっぽい人がいる。怖そうな人やオシャレでかっこいい女の人などが。同じTシャツを着た若い子が大勢いたこともある。
「美和さん、よかったらライブに来ませんか? チケット代とドリンク代で二千円かかるので興味があったらですけど」
野田川さんは笑顔で、でも申し訳なさそうに誘う。
ライブハウス。私には縁のない場所だと思っていた。
友達が多くて流行のファッションを好む明るい性格の人たちが行く場所だと思っていた。それか、タトゥーやスキンヘッドの怖いお兄さんが行く場所だと。
「どうして私を誘うんですか? ライブハウスって行ったことなくて怖いです」
「怖いところじゃないですよ。美和さんは自分の【好き】を貫く人だと思います、そういう人はきっとライブハウスは心地良いですよ。もちろん、ライブに興味があることが前提ですけれど」
野田川さんは少し控えめな笑顔で発言する。きっとチケット代で二千円かかることが、強く誘えない要因なのだと思った。私の負担を考えてくれている。
「どうして私が【好き】を貫く人だと思ったんですか?」
私は友達が少ない。断られるのが怖くて自分から誘うことは出来ない。
会社でも仲間外れにならないように「ふつう」を意識している。
同僚が話題にする流行のものを一緒に興味があるふりをして必死で会話に喰らいついている。とてもストレスだった。
だから休日は自分の好きなことをしようと決めている。貫けているかは分からないけれども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます