緑の夜

青山えむ

第1話 博物館

 空が暗い。どんより、という表現が合っている。最近は雨が多い。梅雨は六月だった気がする。まだ五月だ。


 青森県には桜まつりの名所がある。日本三大桜まつりの名所とうたわれていた気がする。その桜まつりは、某公園で開催される。

 日本最古のソメイヨシノに桜のトンネル、黒いこんにゃくなどが有名。

 最近は「花筏はないかだ」の単語をよく見る。水面一面にピンクの桜の花びらが散って、まるで桜のじゅうたんのようだとSNSに投稿されている。


 その公園内に実は博物館が建っている。いえ博物館が建っている場所が、公園の広大な敷地内と言ったほうがいいでしょうか。

 今日はその博物館に来た。浮世絵の展示会が始まるのです。私は浮世絵が好きなので愉しみにしていた。


 あまりにも愉しみにしていたのか、開館時間より早く着いてしまった。このまま車にいてもいいけれど、少し暑いかもしれない。

 開館まであと三十分ほどあるので少し散歩をすることにした。

 

 駐車場から博物館の敷地内へは、二つの道がある。左に行くと展示会が開催される博物館。屋根からは今日から始まる展示会の宣伝フラッグが垂れていた。胸が高まる。


 右に行くと公園へ続いているのであろう道、視線の遥か先までが緑だった。

 あまり遠くへ行くと展示会が始まってしまう。それに木々が茂っているので虫が飛んでいるかもしれない。今日はよそゆきの服を着ているので遠くへ行くのは諦めた。


 博物館の周辺は芝生がきれいに刈られていた。敷物しきものを敷いたら座れそうなほど清潔感がある。芝生にところどころ生えている木も丸くきれいな形に整えられている。SNSに投稿したくなるほどきれいな風景だ。


 けれども空は相変わらずどんよりとしていて、緑も少し暗く見える。それが私にはぴったりなのかも。変に浮足うきあし立たず、私は緑を満喫していた。

 いいこともある、風が適度にふいて気持がいい。あんまり暑いと服に汗がついて嫌なので、今日の気候は理想的かもしれない。


 突然シャー、と音がする。見ると自転車が三台ほど、こちらに向かってくる。

 この敷地内は全てが芝生なわけではなく、まん中に、車が一台通れるくらいの幅のコンクリート部分がある。関係者の車が通る道でしょうか、自転車はそのコンクリート部分を走っていた。

 自転車がよけるだろうと思っていたけれども、近づくにつれて勢いが強く感じた。私は芝生側によけた。けれども自転車は勢いを弱めることなく、最後尾さいこうびの自転車が私のスカートに触れた。


 バサッ、と音がした。自転車の前輪に私のスカートが触れ、汚れてしまった。信じられない。


「あっ」


 私はスカートのすそを見て声をあげる。自転車に乗っていた男の人は止まり、こちらに向かって歩いてくる。

 相手はなんて言うのだろう。私は少しどきどきした。「道路のまん中にいるなよ」と言われたらどうしよう。けれどもここは公道ではない、公園内だ。文句をつけられたら博物館のスタッフに助けを求めようと思った。



「すいませんでした、お怪我けがはありませんか」

 自転車に乗っていた男の人は申し訳なさそうな顔をして、そう言った。

 拍子抜けしたというか、一瞬感動したのかもしれない。お怪我はありませんかと、私のことを心配した発言に。

 文句を言われたらどうしよう、そんなことばかり考えていた自分を恥じた。こういう人もいるんだ。


「あっ、服が汚れてしまいましたね……本当にすいませんでした。クリーニング代をお支払いします」

 私の手にあるスカートのすそを見て、男の人はさらに謝った。クリーニング代、そこまで言うことに私はさらに驚いて言葉が出てこない。


「あの……クリーニング代だとお詫びになりませんか?」

 私がなにも言わないので、男の人は困った顔をしました。


「お詫び……クリーニング代は頂けません。代わりに私と一緒にカフェに行ってくれませんか」

 考えるより先に言葉が出ていた。私の発言に、男の人は驚いていた。それはそうでしょう、私も驚いている。


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