6
きょろきょろと周囲を、とくに家のほうを気にする子供たち。そのひとりが手に持っていたのは、一匹の金魚が入った透明で小さなビニール袋。
おれはそいつに見覚えがあった。夏祭りには人間が金魚を捕まえる遊びがあって、捕らえた金魚を同じ袋に入れて手渡されるのだ。
「……本当に大丈夫、お兄ちゃん?」
「大丈夫だって。みんなもこの家に逃がしてるんだから。この金魚も、友達と一緒のほうがしあわせに暮らせるよ」
子供たちが小声で話しながら、忍び足で睡蓮鉢に近づいていく。その様子からして、この家の子供ではないだろう。そして、あの金魚も。
この時おれは、川で釣った鯉をなぜか逃がす人間の姿を思い出していた。せっかくの獲物をどうして逃がすのか──不思議で仕方がなかったが、もしかすると、この子たちも同じことをするつもりなのかもしれない。
事件の鍵は、この子供たちに違いないはず。
おれは、ここぞとばかりに大声で鳴いて騒いだ。
子供たちが驚いていると、さっきの年配の男が網戸を勢いよく開けて現れる。相変わらずその顔は真っ赤になって怒っていた。
「こん畜生め! 近所迷惑になるから、静かにしろ! ……ん? なんだぁ、おまえたち? ひとんちの庭でなにしてやがる?」
「お兄ちゃん!」
「ご、ご、ごめんなさい!」
男と子供たちがなにやら言葉を交わし始めると、男が豪快な笑い声を上げて何度もうなずく。そして、金魚が入った小袋を笑顔で受け取った。
すると突然、段ボールの蓋が開いて、おれの体が人間の手に抱きかかえられて宙に浮く。狭くて暗い段ボール箱から解放されても、外はまだ蒸し暑かった。
「お義父さん! こんな狭いところに猫を閉じ込めるなんて、かわいそうじゃないですか!」
若い女は怒鳴り終えると、おれを地面にそっと降ろしてくれた。それと同時に、おれは全速力でその場から逃げた。
遠くからまた年配の男の怒号が聞こえるが、構わずにそのまま走り続ける。気がかりなのは、おれとサイモンの疑惑が晴れてないことだ。とりあえずは当分のあいだだけでも、この近辺には近づかないほうがいいだろう。
それから数日後、
それからというもの、あの家で飼われている金魚に手を出すのは野良猫仲間のあいだでは御法度となった。
おれも金魚を見ると、段ボール箱に閉じ込められた嫌な思い出がよみがえってくるので、そのルールにはおとなしく従っている。
猫の名探偵 ~幻影金魚~ 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala
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