さっきまでの騒ぎがウソのように、庭先は静まり返っていた。そして、誰の気配も感じない。塀から地面へ軽快に飛び降りたおれは、睡蓮鉢がある縁側に向かう。

 前足を上げて中をのぞき込めば、優雅に泳いでいた金魚の群れが驚き、いっせいに浮き草の下に逃げ隠れた。

 おれたちが金魚泥棒に間違われたことをあらためて確認してから、睡蓮鉢を離れて足もとを注意深く見つめる。水が撒かれた土の上にあるのは、人間たちとおれの足跡だけだった。ほかの野良猫のにおいも感じるが、そいつを取っ捕まえても仲間を売るようで後味が良くない。かと言って、このままだと温室育ちのサイモンが野良になってしまう。

 頭を悩ませていると、なにかの気配がすぐそばまで近づいて来るのを感じた。

 そいつを予知したおれは、壁際の植木鉢の裏へ走り去ろうとするも、視界にもやが突然かかり、その途端に身動きが出来なくなってしまった。やがてそのまま、体が後ろへ物凄い力でズルズルと引っ張られていく。


「やっと捕まえたぞ、この泥棒猫め!」


 靄の正体は、虫取り網だった。

 先ほどの年配の男が、虫取り網でおれを捕まえたのだ。

 なんてこった!

 いくら暴れても網は破れない。

 一生の不覚とは、まさにこのことか──


「保健所へ連れてってやるからな、観念しやがれこん畜生い!」


 首根っこを掴まれて網から出されると、塀の上の隅からこちらを見ていた見知らぬ野良猫と目が合った。そしてすぐに、そいつは反対側へ飛び降りてどこかへ逃げて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る